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第3話 スコップと水出しの緑茶


「あれ、俺たちもしかして、詰んだ?」


 慈悲を求めるように彼女の方に視線を向ける。

すると、思い立ったかのようにスクッと立ち上がった。そして、ジャケットのような上着を脱ぐと、空中でたたんで机に置く。


「...いや、抜け道はある。」


 そういう彼女の手には、いつの間にやら木製のスコップが握られていた。


「安心しろよ。自力で掘れば消費DP0で済むし、安上がりだろ?

そんでもって、私が頑張れば1時間くらいあれば1m以上は掘れる。ということで、マスターはそこで周囲の監視でもしてて。」


 そう言いながら、麻でできた紺のシャツを肘まで捲ると、スコップを強く握りこみ、部屋にある唯一の扉を引き開けた。

 扉の先には空間も何も無く。あるのはぎっしりと積み上がった土の層のみ。



「まあ、とりあえず十数メートルくらい掘り進めるつもりだけど、それでいい?」


 強く握られたスコップが勢いよく土の中に突き刺さると、彼女の手でゴソリと土を掘り出す。

 

彼女の、その横顔はどこまでも真剣だった。



「俺の分のスコップも、ある?」


 俺もシャツの袖を捲ると彼女の隣に立つ。


 すると彼女は一瞬虚をつかれたように目を丸くした。が、察したのか、もう一本のスコップを取り出すと俺に投げ渡した。


「意外と、いい性格してるじゃん。マスター。」


 こちらの事は見ずに仕事を続けていく。

しかし、その口元はほんの少しだけ上がっていた。


 ...というか、流石にここで悠々自適に見てられるほど、俺も人間捨ててない。甘く見ないでくれたまえ!

なんて思いつつも、俺も作業に加わるのであった。

 


─────────────────────────────────

───


薄暗い密室の中で、2人の影が揺れる。


「ふうっ、ふうっ...!

アリサ先輩。おれっ、もうっ限界ですっ!」


「はあっ、はぁつ! もっと、行けるでしょ?マスター」


 数珠のような汗がアリサの頬をつたい、ポタリと地面に垂れる。

密室に響くのは、男女二人の吐息だけであった。



「うわぁぁ!!もう、マジで無理! 穴掘るの疲れたぁっ!!!肉体労働きらいっ!!」


「おいっ、疲れたからってスコップ投げんな!ものは大切にしろ!」


 ありのまま、今起こったことを話す。


 1時間くらい頑張ったのに、2、3メートルしか掘れてねぇ!!かつ、その主な活躍も、9:1かそれ以上くらいでアリサによるものだった。

 カッコつけてスコップ握ったのに、正直ほととんど何も出来ないまま、俺の体力は底を尽きたのだ。


 いやもう、面目なさすぎてアリサ先輩とお呼びしているところだ。


「あのー、アリサ先輩は疲れないんですか?」


 掘り出した土の上に胡座をかきながら、休憩ついでに俺は先輩に尋ねた。


「そりゃ、万年不摂生みたいな、雰囲気の、お前よりはな。 あと、種族の性質的にも!!」


 土にスコップを突き立てては土を放り投げなながら、途切れ途切れにそう答えた。

 というか万年不摂生って、確かに筋肉のある方でもないが、太ってるわけでも、やせ細ってる訳でもないぞ。


 まあ、そんなことによりも気になるフレーズが俺の耳には残っていた。


「種族って、やっぱ耳尖ってるし先輩はエルフなんすか?」


 すると、ほんの少しばかり沈黙の後、ぽつりと答えが帰ってくる。


「...いや、ゴブリン族。」


 ...え? ゴブリンってこんな美人なの?

え、こんな美少女がゴブリンなの?ってか肌の色も白くね?俺のイメージはもっと緑なんだが?


 なんて考えている間も、アリサは黙々と土を掘り続ける。スコップを土に突き刺す度に彼女は小さく吐息を零し、ショートパンツから伸びる肉付きのいい足が揺れる。

 その姿に思わず俺の視線は惹き付けられる。

というような具合に、へばりながらも、ちょいちょい、セクハラになりそうな観察をしていたら。


 数分ほど掘り進めてから、急にアリサはスコップを盛り上がった土の上に突き刺すと、濡れそぼった額を服で拭いながら、俺の前まで歩いてきた。


「ちょっと疲れたから、一旦休憩する。

それと、肌が君の思ってるのと違うのはただの偽装魔法だよ。」


 あっ、心読まれてた…バレバレだったか。

彼女は疲れた様子で俺の前に座り込むと、一言、魔法の詠唱のようなものを唱える。


「マジック.リセプト。」


 そう言うと徐々に彼女の肌が変化し、最終的には緑がかった肌の色に変わった。


「ほれ、こんなもん。ガッカリでもした?

...って言おうと思ったけど、相変わらずチラチラと太ももとか胸とか見てくるの、やめろよ?気がついてるからな?」


「あ、いっ、いやこれは! その!不可抗力というか、目に入っただけというか!?」


 しょうがないだろ!わざとじゃなくても目に入っちゃうんだよ!

 汗で湿った髪とか、健康そうなふくらはぎとか、女性と2人きりなんてシチュエーションの経験が殆どない俺からしたら、刺激がいささか強すぎたのだ。


 でも、「不快にさせてすんませんでしたっ!!」


「...まあ、マスターがこういう肌の色とかに、なんも思わないってことはわかったよ。」


 呆れたように頭を振る彼女。しかし、その口元は独り言を囁くように小さく動いていた。

 もっとも、視線を逸らすことに必死の俺は気がつきもしなかったが...



─────────────────────────────────

───


 あれから2、3時間ほど経ち、俺もちょくちょく休憩をとりつつ掘っていたのだが、何度目かにしてついに力尽きた。


 もはや汚れとかもどうでもいい、四肢を投げ出すと、地面に転がって大の字になる。


「おいおい...

まあ、とりあえずマスターが完全にバテたから休憩にしよう。ついでにお茶の出し方、教えてやるよ?」


 おや、ナチュラルにアリサさんに煽られたのか?お茶の入れ方なんて、さては俺、バカだと思われているのかな?


「いや、俺も茶の入れ方くらいわかるぜ?上司に何度お茶コールされたことか!」


「...そういう事じゃなくて、食品とか道具とか、そういう物がDPで作り出せるんだよ。」


「え、マジで?」


 面白そうな情報を聞いて、五体投地から起き上がる。


「さっきみたいにコアに触ったら、物質生成なんて名前のがあるだろ?その中からなんかのお茶なり水なりを選択して触れ…」


 と言い終わる前に、パッとコアが光をあげると、ゴトンという音を鳴らして樽いっぱいに入った水と、どこかで見たメーカーのお茶パックの箱が落ちてきた。


「出すのせっかち過ぎない?

まあ、そんな感じで安いものなら1DPくらいで買えるってことだよ...」


 目の前の彼女は、俺のスピード着いてこられなかったのだろう。ちょっと面食らったような顔をしていた。

 面食らったといえば、俺も「樽に入った水」という物に面食らった。

「ああ、ペットボトルじゃないのね。」って思った。てか声に出てた。


「ぺっとぼとる?マスターの故郷の茶葉か何か?」


「いや、プラでできた容器...

あれ、なんでそんな事は覚えてるんだ?」


「───つ、

多分、言語みたいな、忘れると支障をきたすようなものと結びついて単語の知識も覚えてるんじゃない?」


「あぁー、なるほど?なら、まあいいか!

とりあえず、火は起こせないだろうから、お茶は水出しで。ちなみに、コップとか持ってる?」


「ほい、コップ。」


 何となく、スコップなり机なりから予想してたけど、コップも持っていたらしい。

どこから出してんだ?魔法かな?でも何となく聞くのが怖いな。


 とりあえず、もらったコップに適当に水を注いで、ティーバックを浮かべたら、パックを上下にちゃぷちゃぷする。

 すると彼女も、俺の見よう見まねでティーバッグを上下させる。なんの素材でできてるんだコレ?というような真剣な顔がちょっと面白かった。


 やがて徐々に、緑色がパックから染み出してくる。

やがて味が出た頃合いで、ゴクリと一気に飲み干す。


...別に大したことでもないのだが、

お茶を誰かと飲むという事。そして近くも遠くもない彼女との距離感が、何となく今の俺には心地よかった。


「う"っ、苦っ!?」


 初めて飲んだのか、アリサが、びっくりしたように舌をつき出す。

それを見て今度は、俺が苦笑を浮かべるのであった。


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