第11話 絶望とぶん投げられた机
その体表は隙間なく鱗に覆われ、入口から漏れる日光を反射して黒光りする。彼女の2倍はあろうという巨躯を震わせ、そのトカゲは、力任せに尻尾を押し付ける。このまま力比べて押し潰す気なのか体重を載せ、その分アリサは苦しそうに耐える。
「サラマンダーの劣種!?下級って言っても、竜がなんでこんなとこにっ!」
苦しそうに言葉を紡ぐアリサ、そして一瞬の膠着。
しかし、なかなか潰れないその少女に対して面倒くさくなったのか。するりと尻尾をあげると、素早く横蹴りを叩き込んだ。
アリサは、何とか短剣でその一撃を防ぐも、その衝撃で刃が弾け飛ぶ。
やがて、竜は彼女に目もくれずにするりと数歩ほど後ろへ、およそ洞窟の出入口の所まで後退した。
あきらめたのか?そう思っていたら、何やら牙の生え揃ったその顎を何度も打ち付けながら、喉元を膨張させていく。威嚇か? なんて思っていたら。
「まずい、ブレスがくる!」
アリサは素早く地面に倒れたツヴァイを抱えあげると、手荒に洞窟の奥に投げこんだ。
ツヴァイの意識は無いようで、近くのゴブリンたち、アインやドライがなんとかその体を受け止める。
それを一瞥すると、先程のような凄まじい速さで竜の眼前へ向かい、何やら魔法の詠唱のようなものを呟く。
その直後、炎が洞窟を照らした。
目を閉じてしまいたくなるような赤赤しい閃光がダンジョンの壁を染め上げ、大量の火花が嵐のように飛び交う。竜の口からは炎が湧き上がり、洞窟のちょうど入口で炸裂した。
俺よりも前に出ていたゴブリンたちは、その熱気に怯えたようで盾に身を隠す。
…しかし、洞窟の奥、つまりこちら側に向けられたはずのその炎は、いつになってもこちらに向かってくることはなく、全てが入口付近で爆発したのだった。
「うっ、なんだこれっ、一体何が起きたんだよ!」
ジュゥゥというような音ともに、徐々に煙が晴れる。
いや、煙...?
燃えるもののない土だらけのこの洞窟で、視界を遮る程に広がるわけが無い。
そんな疑問は、煙が晴れると同時に顕になった。入口付近には大量の焼け焦げた物体がバリケードを作るように積み重なっていたのだ。大型の家具、テーブルや棚の残骸である。
そして、そのバリケードの前では、辺り一帯焼け野原の中、満身創痍で経つアリサの姿があった。
「けほっ...この量でも、炎が貫通すんのかよ。」
上着は所々が真っ黒に焦げて穴があき、手足や顔も一部、火傷で酷く爛れていた。
体もよろついて今にも倒れそうだ。彼女の眼前に積み上がる障壁。恐らく、竜のブレスを防ぐために例の魔法のようなもので即席のバリケードを作ったのだろう。
「おいアリサ、大丈夫か!!?」
「マスターは来ちゃダメだ。」
俺がコアルームを出ようとしした時、彼女が鋭い制止の声をあげる。
それとほぼ同時に、バリケードがメキメキと音を立てて崩れ落ち、こじ開けたその隙間から、この炎の元凶が顔をのぞかせる。
しかし、その竜の顔面は以前より遥かに凶悪な姿になっていた。
恐らく、アリサが直前でバリケードを貼ったおかげで口から出した炎が跳ね返り自身も火傷のおったのだ。頑強そうな黒い鱗は、鼻先から目元までが焼け焦げて剥がれていた。
「カッラララララララララッ!!!!」
威嚇だろうか?それとも怒りの咆哮か。激しく舌を打ち付けるような、そんな音とともにバリケードを崩し終えたのかまたもや洞窟に入ってきた。
「どうだサラマンダーモドキ、自分の炎で自分を焼いた感想は?」
対面するアリサは満身創痍にもかかわらず、竜を煽るように不敵な笑みをうかべる。
しかしその実、立つのもやっとのようで特に火傷の酷い右足は、その体を支えきれずに震えて──
そのままバタリと倒れ込んだ。
「やば、さすがに焼かれすぎたかな、足の感覚がないんだけど。」
目の前には、物理だけでも十分以上に厄介な魔物。対するは、大口叩いといて立ち上がれもしない自分。
そんな惨状に、彼女の額を汗が滴り落ちる。
───まずい、どうにか助けないと。
「ゴ、ゴブリンたちファランクスで突撃してあの魔物に攻撃!!アリサを助けてくれっ!」
「ゴァァア!」「グキェァ!!」
先程までは炎に怯えていたゴブリン達だったが、仲間がやられたからか。それとも彼女が身をもって自らを守ったからか?力強い雄叫びをあげると、俺の号令とともに盾を前に掲げつつ槍を向けて一斉に走り出した。
やがて、密集陣形のゴブリンたちが彼女の前にたち、龍にたちはだかる。その隙にクノッヘンがアリサを抱えると、まだ安全なコアルームまで駆け込んだ。
それを確認すると、ゴブリンたちは一斉に竜へと迫る、そして彼らの突き出した槍はその横腹を捉えた!
「行けっ!突き刺せ!!」
しかし、その槍は”捉えただけ” だった。
その刃はことごとく受け流され、摩擦音を鳴らすも鱗の表面を滑るのみである。尚且つ、攻撃が奴を捉えたということ、それは奴の攻撃範囲に入ったとも同義であった。
攻撃がまるで通らないことに驚くゴブリン。
しかし、そんな暇はなかった。
その竜はひょいっと尻尾を上げて後ろに回すと、仕返しとばかり遠心力を持って、その強靭な尻尾が振り出された。
グシャッ!!
たった一撃。しかし、そんなもので最前列の盾が鉄屑のようにひしゃげる。それだけでは終わらず、横凪のその攻撃は盾を持った体ごと前列のゴブリンたちを纏めて吹き飛ばしたのだ。
「グッゥ!!?」「ゴギェッ」「ゲボッ!!」
カエルを潰したような声。
宙を舞う血飛沫と彼らの体は、壁や天井に叩きつけられ、やがて重力によってボトリと地面に落ちた。
仲間が石ころのように吹き飛ばされて、二列目のゴブリンたちは怯えきった姿で背を向けて走り出す。
幸いなことに、洞窟の外まで逃げ出していく彼らの姿を見ても、この竜は追いかけもしなかった。
いや、あの蜥蜴は存外に賢いのか?
俺の指示でゴブリン達が突撃したのを見ていたのだろう。その瞳をギョロリと動かすと俺に視線を向けたのだ。
まずは司令塔を叩く、そういうことだろうか?
クノッヘンがすぐさま、その扉をしめる。
その数秒後、蹴りの一発で木製の扉は吹き飛び、やがてその大きな体を窮屈に曲げながらコアルーム、俺の居る部屋に入ってきた。
「カタカタッ!」
骸骨兵、クノッヘンが顎を鳴らしながら、抱えていたアリサを丁寧に下ろすと、槍を持ち直す。
差し違えてでも倒す、そんなように顎を鳴らした。
逃げるそぶりを見せず槍を構え直すとクノッヘンは...その骨の足で走り出した。
迎え撃つように横凪の尻尾が飛び出す、それをすんでのところで飛び上がって躱すと、竜の背中に回りこみ、首元へと槍を突き立てる。しかし、やはり威力不足でその切っ先が肉には届かない。
そして2発目の尻尾が飛ぶと、今度は躱しきれずその両足が砕け散った。その衝撃で槍も地面を転がる。地面にのたうち回るクノッヘン。それを見て竜はトドメと言わんばかりにクノッヘンに頭を下ろすと、その骨身に噛み付いた。
体は持ち上げられ、肋骨へと牙が食い込む。メキメキッと音を鳴らし彼の体が軋みをあげた。
しかし、彼はそれを狙っていた。
アンデッドの体ならば、噛み付かれていようが直ぐには死なない。何とか自身の腕の骨を掴むと、引きちぎた。それは即席の武器だった。
その骨の刃は振り上げられると、炎の自爆で鱗の剥がれた竜の頭部、そこ目掛けて突き立てられたのだ。
「ガッララララララ!?!!」
弱った部位を刺されたのが効いたのか、痛みに絶叫すると、竜は力任せにクノッヘンを地面にたたきつける。
そのまま、後ろ足を振り上げると、力いっぱいに振り落とした。
グシャッッ!
そして、吹き飛んだ彼の頭部が俺の足元に転がった。
「あ、ああっ。」
仲間であるクノッヘンが、俺の目の前で殺された。
確かにその攻撃は頭に刺ささり、その骨の刃は未だに飛び出したまま。しかしながら、それでは致命傷にはならなかったらしい。怒り狂ったような目をこちらに向けてくる。
「そっそんなっ...俺はっ。」
クノッヘンはコアルームを守るために殺られ、ファランクスは傷一つ付けられずに弾き飛ばされ、アリサは炎から皆を守って、もう立てそうにない。
でもそれは、俺が突撃なんか命じたから。そのせいで仲間がやられたのだ。
「カラララララ」
舌を連続で鳴らすような音。そんな鳴声を上げながらジリジリと、しかし確実に俺に近づいてくる。
ああ、俺死ぬのか。
俺の運が悪いからこんなダンジョンしか作れなくって。俺の召喚によって生まれた彼らは、俺のしょうもない命令で、使えない作戦のせいでアイツに殺されて。
あげく最後は俺も喰い殺されてダンジョン消滅。
恐怖が、悔しさが、苦しさが、謝りたいという気持ちが、溢れてくる。
俺の心を、やるせない罪悪感と絶望のみが包み込んで、やがてその絶望の元凶は、大きく口を開けて俺を丸呑みにしようと迫る。
ああ、でもこんなバカの責任を取れるだけまだマシか。
「グキャアア!!」
唐突に小さな影が立ちはだかった。
俺を庇うように前に立つ背の小さなゴブリン。それはシャイだった。頼りない槍をおぼつかない手で必死に掲げると目一杯に雄叫びを挙げる。
相対するは、勝てるはずのない敵。サラマンダーなどと呼ばれた竜。
「カラララララララッ」
そいつは、自身の目の前に立ち塞がるちっぽけなゴブリン。続いて、その後ろで震え上がる人間と、満身創痍で座り込む少女を見つめると、怒りから一点、嘲笑うかのように見下す。
ガチッ!ガチッ!!
また、その上下の顎を打ち付けだす。それに合わせ、その喉元は徐々に膨らんでゆく。
先程のブレスが来る。駄目だ、どうやっても勝てない。そう思った。
しかし、シャイは逃げず、俺に目を配る。その体は震えていて、怯えているようだった。しかし、その瞳は真っ直ぐ俺の目を見ていた。
なんで、なんでっ俺を守るんだ!?
「お前だけでも今すぐ逃げればもしかしたら助かるかもしれないんだぞ!逃げろシャイ!」
眼前の竜の顎が、また大きく開かれる。
喉の奥から燃料のようなものたゆり、今から繰り出すであろうその炎は、俺たち全員を焼き殺す。
着火させる気だ。間に合わない、大きくあげたその顎が、火打石のように打ち付けら…
「───飛んでけっ!!」
コアルームにあったテーブル。会議用のそれが無理やりに宙を飛んでいく。
やがてそれは、ブレスのために大きく開けたその口へと迫った。
邪魔な投擲物のせいで口内で炎が爆発するのを恐れたのだろう。すぐさま頭を下げると、投擲されたテーブルはすぐ後ろの壁にぶち当たり、砕け散った。
しかし、その回避行動のおかげでブレスは不発に終わったようだ。
「そのまま口開けとけよ。そしたら自爆したのにさ。」
投擲が飛んだ元には、立ち上がる彼女、アリサの姿があった。その足元には、彼女を支えるようにスライムが巻き付き、ほんらい立てないはずの彼女の、その投擲を可能としたのだった。
そうだ…
シャイは、俺の前に立って俺を庇い、猶予を作った。アリサはボロボロの体にもかかわらず、立ち上がってまた、俺たちを守った。
彼らは皆、諦めずに立ち上がっている。
俺が、絶望してうずくまる中、どうにかしようと武器を、機転を持って抗おうとしている。
だとしたら…
俺のやるべき事は決まっているはずだ。
「すまん、弱気になってた。ありがとうシャイ、アリサ。俺たちだけで倒すぞあの野郎を!」
腰を上げて、俺は何とか立ち上がった。
「グギェア!」
「任せろ。マスター。」
俺はダンジョンマスターだ。まだきっと、何か出来る手があるはずだと。そう思って、へたり込んで絶望してた心はもうない、そうして俺は竜と対峙するのだった。




