94.〈砂痒〉星系外惑星系―1『戦闘空域哨戒、あるいは豚の放牧/要員篇―1』
「深雪ちゃん、いい? 心の準備はできた?」
耳許で実村曹長の声が響いた。
「は、はい! だ、だいじょびでッす……!」
アタシは唾をひとつ飲み込むと、『平常心平常心』と心中に唱えながら返事をしたけど噛んじゃった。
実村曹長が、クスリとわらう。
「OK、OK。リラックス、リラックス。いつもと一緒。深雪ちゃんたち主計科員が連中の世話をする、日常業務と大して変わらないわよ。落ち着いて」
いつも通りのつもりでこなせばいいの――そう言って、最後に、『OK?』と訊いてきた。
「は、はい。オーケーです」
アタシは肺の底まで深呼吸してから、そう答える。
アスリートとして競技会に出る時とかだったら、気合い入れに自分の頬をパン! と張ってたところだ。
とまれ、
最後に、もう一回、ゴクッと唾を飲み込んでから、意を決してアタシは一歩を踏み出した。
微妙にゴツくて力感、重量感のある、でも滑らかな動きで鋼鉄の……って、あぁ、不朽鋼製? の脚が前に出る。
すぐに二歩、つづいて三歩、四歩五歩。
足裏サイズが四〇センチはありそうな靴? がズシリと、でも、猫足みたいなしなやかさでもって床を踏みしめ、実村曹長のもとへと進んでいく。
全高三メートルの金属鎧。
その内部が、いま現在アタシのいる所。
金属鎧――精確には九二式防弾衣という名の倍力機能付特殊艦内服。
元をただせば陸上戦闘用とかいう何とも物騒きわまりない個人兵装。
航宙船の構造材にも使われている不朽鋼と樹脂からなる人型の機械――装甲服。
それから武器類をはずし、代わりにいくつか装備をつけた極限環境用の作業服。
人呼んで〈鋼鉄の処女〉
って、もぉ、なんでよ!?
それって、まんま拷問用具の名前じゃん!
怖いじゃん! ヤバいじゃん! 意味不明じゃん!
制式名称が『防弾衣』なのに、それがどうして拷問用具の名にすり替わるワケ!?
……いや、わかってる。
なんでそうなったかなんてのは、説明されなくったって察しがつく。いわゆる自明の理ってヤツね。
あ~、もぉ! なんでかって言うとそれは――
「はいはい、慌てず急いでとっととおいで。イヤな仕事は巻きで終わらせ、その後のお風呂のこととか楽しいことを考えなさい」
アタシが渋っていることがわかるのか、実村曹長が、ホラホラ早く、と手を叩くような感じで言ってきた。
いや、実村曹長もアタシと同じ九二式防弾衣を着てるから、実際に手を叩いたりまではしてないけどさ。(なにしろ体格に見合った野球のグローブみたいな『手』だからね。拍手とかしたら、とんでも凄い音がしそう)
とまれ、
アタシは部屋の一角――五メートル四方くらいの床面を黄色と黒の警戒色で正方形にグルリと縁取りしてあるエリアに足を踏み入れた。
「はい、右手をあげてぇ。指さし呼称をはじめるよぉ!」
そう言いながら、自身も右手をもちあげ、こっちに人差し指をむけてくる実村曹長にアタシも倣う。
身長三メートル超の巨人ふたりが、接する近さで向き合って、互いに互いを指さし合っている状態。
異様でしかない絵図だけど、これからの作業のためには必要なこと。
「ほんじゃ、見合って見合って、まずは頭頂部からいくよぉ」
「は、はい」
実村曹長の指がアタシの頭上に向けられた。
すこし遅れてアタシも曹長の頭上を指さす。
「ヘルメット、よぉ~し!」
「ヘルメット、よぉ~し!」
「フェイスガード、よぉ~し!」
「フェイスガード、よぉ~し!」
指先の角度がすこし下がってお互いの鼻先をポイントする。
あくまで目視にすぎないけど、異常の有る無しの確認作業。
「ブレストアーマー、よぉ~し!」
「ブレストアーマー、よぉ~し!」
指さす箇所は次第に下がり、胸元~腹部~腰部~太股~脛と、お互いの防弾衣の外見に異常が無いかのチェックは進んでいった。
それが終われば、今度は握手。
つないだ掌と掌――ハンドシェイク式インターフェイスで防弾衣同士を接続し、内蔵されてる電子装置が電子機器類や気密状態、酸素供給、また分圧、倍力装置等の状態確認について相互チェックを実行する。
そうして一次チェックの済んだ項目を実村曹長がひとつひとつ読み上げ、HMDに投影表示される当該機器類の状態をアタシが復唱、問題がないことを(再)確認していく。
で、
目視確認の時と同じく、アタシの防弾衣が済んだら役割を交代――実村曹長の防弾衣の(再)確認をやるんだな。
正直、メンドウ。かったるい。
でも、おろそかには出来ない。
自分の生命がかかってるから。
と、
「よっしゃ、万事異常ナシっと。んじゃ、背中を向けて」
お見合いチェックが一通り終わると握手していた手をはなし、実村曹長が言った。
アタシはくるりとまわれ右。
天井から小さなモーター音。
そして、実村曹長がなにかをつかむ音。
「接続」そんな声と同時に身体が揺れる。
ちょうど首根っこのあたりに何かがガキンと繋がれた。
「接続具合は?」「問題ありません。負荷抵抗は正常値」
実村曹長の問いにHMDの表示を見ながら返答をする。
「よし。それじゃあ、今度はこっちの番ね」肩をぽんと叩かれ、そう告げられた。
「はい」と言いつつ振り向けば、早くも天井から今し方とおンなじモーター音が。
実村曹長が操作したんだろう――防弾衣の背中、その直上に何かが降りてきた。
それは見るからに頑丈そうな金属製のフックと、それを吊り下げてるワイヤー。
アタシはそのフックを宙で掴まえると、実村曹長の防弾衣――背中の着用者搭乗口、そのちょい上あたりに設けられてあるコネクタにそれを取り付けた。
「接続具合はどうですか?」
曹長が自分に向けてきたのと同じ問いを相手に向ける。
「問題ナシ。負荷抵抗は正常値をクリア」
アタシがしたのと同じ答が返ってくる。
まぁ、そうだよね~。望むべくなら、どこか異常があればいいのにさ。
実村曹長の返事――アタシと同じ返事に、そう思ってすこし落胆する。
加速度的に気が重くなるのを感じつつ、溜息をなんとか寸前で堪えた。
と、
「ほいほいほい」
カルい調子のかけ声(?)と共に実村曹長が再びまわれ右してくる。
「じゃ、行こっか」
そう言うと手首部分に設けられてるクラスタスイッチにタッチした。
Biii……!! Biii……!!
途端に響く警鳴音。
神経に障る鋭い音が空気を響もす。
減圧警報。
いま、現在進行形で実村曹長とアタシ(だけ)がいるこの部屋の空気、酸素、気体が急速に薄く薄く薄く……、呼吸ができないほど、生命が維持できないほどに希薄になっていっている。
HMDの気圧計表示がめまぐるしく数値を変えて、示度をゼロへと近づけていく。
言うまでもない。
実村曹長が操作した結果だ。
この部屋の空気をいったん抜いて真空状態にする。
要はエアロックと一緒。
でも、別に船外に――宇宙に出るワケじゃない。
実村曹長とアタシが向かう先はもっと別の場所。
「床、開くよ~。ワイヤー保持よろ~」
「は、はい! 了解! ワイヤー保持します!」
実村曹長の声にほぼ反射的、あわてて頭上に両手を掲げ、先刻フックで自分に繋がれたワイヤー――天井から垂らされてる命綱をアタシはしっかり握りしめた。
「保持できた? OK?」
「保持しました。OKです」
重ねられる問いに返答をかえす。
「了解。では、カウントダウンを始めるわね。十秒前から――十、九、八……」
六、五、四――と実村曹長は淡々と続け、そして、秒時が『ゼロ』を告げた時、
ズリズリズリ……。
唐突に足の裏から擦過感とでも言うべき感覚が伝わってくる。
自分の立ち位置自体は変わらない。
ただ、コンベアに変化した床が足下をズルズル動いてる感じ。
転の上に乗ってるというのが近い?
波打ち際で足下の砂が波にさらわれていく、どこか不安な感覚に耐える。
体感的には長く思えたけれど、実際には多分数秒。結末はすぐに訪れた。
ガクン。
「キャッ!?」
床が動く――ズレていく感覚が消えた、と思う間もなく、身体が落ちる。
踏みしめていた床が無くなり、脚が、身体がブランと宙にぶら下がった。
ちょうど落とし穴にはまったみたいな案配。
違うのは、それは自分でやったという一事。
実村曹長が実行し、曹長もアタシも事前に対応準備ができていたって事だった。
頭の後ろから太いワイヤーを繋いだコネクタがギシギシ軋む音が伝わってくる。
背筋がゾクッと冷たくなって、反射的に両手――こめてる握力を更に強くした。
大丈夫――大丈夫だってわかっちゃいるけど、これはもぉ生理的に仕方がない。
「降りるよ」
そう告げてくる実村曹長の声も気のせいだろうか、なんだか固い。
「は、はい」
アタシは頷くと、唾を飲み込んだ。
ゆっくり、ゆっくりと実村曹長とアタシは下方――奈落の底に向かって降下しはじめる。
向かう先は真っ暗……じゃないけど、常夜灯とも呼べないレベルの照明しかなく薄暗い。
その仄闇の中に曹長とアタシは足先からズブズブどんどん沈み込んでいくような感じ。
日常が五メートル四方ほどに切り抜かれ、そこから見えてる非日常に入っていってる。
床面の高さ(低さ?)にもう腰まで沈んだ。そして、おなか~胸~顔、どんどん沈む。
床厚は一メートル、それ以上もあったろうか――なにやら文字が手書きで書かれてた。
『Relinquite omnem spem, vos qui intratis』(この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ)
なんだよコレ!? なんて悪趣味!
誰が書いたの? アタシの先輩?
やがて、頭の上までスッポリ闇に覆われ、下降は止まる。
ぴちょん……。
いかにも粘い水音が足許で響いた。
水というよりタールみたいな感じかな。
大倭皇国連邦宇宙軍、逓察艦隊所属の二等巡洋艦〈あやせ〉の飛行(一)科要員室に入った瞬間だった。
別名、『地獄』――実村曹長とアタシがやってきたのは、本当そう呼ぶしかないような場所だったんだ。




