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92.防人の死

 その日。

 それまでと同じく退屈な日。

 星系最外縁の空域にあって、取り立てて急を要するような仕事もなく、ただただ淡々と日常業務(ルーチンワーク)をこなすだけの日。

 毎日毎夜、これまでとなに変わることのない一日。

 その筈だった。

 何の変哲もなく、それまでと同様、退屈なままに終始するだろうと思いこんでいた。

 だが、

 それが……、


「前方展開中の観測機一番、二番、三番とのデータリンクは正常を維持(まま)! 敵艦隊機動に依然変化ナシ! 敵先導艦の本艦有効射程到達想定時刻は八時間後と予測!」

「本艦直掩基群展開は完了済ミ! 直掩基を構成せる全索敵機雷のテレメトリは正常! 常軌機関のアイドルアップは全基完了! 常軌圧は正常閾値内! 遷移データは入力済ミ! 攻撃機動発令いつでも宜し!」

「防御力場ジェネレータの動作は正常を確認。現在、出力七二パーセントにて展帳待機状態にアリ!」

「本艦主砲、砲口照合異常ナシ! 発砲所要電力充電は完了! 充電状態は斉射三が可能! 射撃諸元はアップデートを継続中! 撃発回路は接続済み! 主砲、射撃準備はすべてヨシ!」

「本艦主機は正常動作を維持しアリ! 特機も同じく! 慣性中和装置動作は正常! 本艦咄嗟加速、緊急遷移ともに実行即時可能状態にアリ!」

「本艦乗員総員の心身健常状態は――」

 等々々。

 現在、艦橋内部は要員たちの殺気だった声で満たされ、空気は触れなば切れると感じるほどに一触即発なものとなっている。

『敵』が(らい)(こう)してきたのだ。

〈USSR〉――大銀河帝国の軍勢、戦闘航宙艦の艦隊が。

 艦橋内の自席にあって、アームレスト上に私は拳をかためる。

 表情は能面を保ったまま。

 指揮官としてそれは当然のこと。部下を必要以上に不安にさせてはならない。

(いつか来るだろうとは予想されていた。そうだろう? 覚悟はしていた筈だ)

 そう自戒しながらも、苦い思いをどうしようもないまま想をめぐらせていた。

「艦長、本艦戦闘準備はすべて異常ナシ! 戦闘発起いつにても可能!」

 最終的な態勢の確認が完了し、それらすべてに問題がない――良好であると副長が私に報告してきた。

 そして、

()()()()()の無事も確認しました」

 ついでのように、何気ない口調でそう付け足してくる。

「……よろしい」

 変わらず、表情を無に保ったままで私も頷いてみせた。

 心中の安堵や踏ん切りが付いたとの思いは秘めたまま。

 そう。

 短艇分遣隊。

 戦闘航宙艦に艦載されてある小型航宙船にして乗員脱出用宇宙機が短艇。

 その短艇に、若年層を筆頭にここで命を散らすことが許されない乗員たちを詰め込んだ。

 そうした上で、まだしも安全だろう星系内部へむけ逃がした……、いや、()()したのだ。

 が、

 本艦の置かれた現状からして即座の遷移実行はもちろん、通常の発艦作業もおこなえなかった。

 ほんの僅かであっても、母艦位置を暴露してしまう行為は、これを避ける必要があったからだ。

 したがって後方へ退避する短艇の発艦作業は、艦載機射出用のカタパルトを使用し実行された。

 結果、カタパルトは破損し使用不能となってしまったが、なに、多分は二度と使うこともない。

 それよりイレギュラーと言うより、いっそ無茶な発艦で過大なGに晒された乗員の方が心配だ。

 なにしろ百G単位の加速度を喰らっても平気な人外漢(でぶっちょ)……、いや、()()()()()()と同じ扱いをしたのだ。

 他に取り得る手段がなかったとはいえ、死なないまでも重篤(じゅうとく)なケガをしてしまう可能性は多分にあった。

 その気がかりは、だが、副長の一言で消え去った。

 であれば、思い残すことなど、もう何ひとつない。

 私は通信機のカフを操作し、全艦通達に令達モードを切り替えると声を張り上げた。

「総員傾聴。こちらは艦長。

「分遣隊をのせた短艇は、先程、本艦噴射後流の危険域から無事離脱した。短艇搭乗者たる分遣隊員たちにも大事なく、つまりはこれで、本艦は後顧の憂い無く、存分のはたらきが出来る状況となった。

「皆も知っての通り、率直に言って現状は本艦にとって非常に不利だ。しかし、だからと言って、この〈砂痒〉まで銀河間隙を渡り〈アメイジア〉肢より遙々お越しのお客様方をもてなさなかったなどとあっては皇国軍人の名折れ。ここはどうにも手厚く歓迎の意を表さねばならない」

 いったん言葉を切ると、そこでニヤリと笑って見せた。

「複数の機雷堰からなる本星系防塁は突破された。かつ、その際、敵にあたえた打撃はさしたるものではなかったようだ。こうした経過状況からみるに、敵はこちらを訪問するにあたり、かなりの下調べと対抗策を用意していたのだろう」

「それ故、敵は現在、油断し弛緩している」

 すこし語調を強め、断定的にそう言いきった。

「皇国中期防衛整備計画にて策定された恒星系防衛のための新たな仕組み――BADGEシステム。

「皆も知っての通り、それは星系最外縁に索敵機雷群からなる機雷堰を置き、後背の安全空域を(ゆう)(よく)するAWACSに堰――〈LEGIS〉に取るべき対敵行動を指揮統括させるというものだ。堰にて敵の侵攻を食い止められれば良し、それが出来なくとも遅滞戦闘、漸減戦闘を戦うことで敵の勢いを削ぐことを目的とし、構築されていた。

「だが、それは叶わなかった」

 ふたたび言葉を切ると、私は続けた。

「具体的に敵のとった手段はわからない。わかっているのは、今言った通りに機雷堰が想定していた通りの効力を発揮せず、敵の堰空域航過を許してしまった結果だけだ」

「故に――」

 私は声を張り上げる。

「故に、敵側は、自分たちの進路前方にいる我々のことを楯であり矛であった機雷群を喪失した無力なAWACSに過ぎないと考えている筈。本艦が、元を正せば戦艦だったという事までは知らない筈だ。

「そこにつけ込む余地がある」

 笑みを深くした。

「機雷堰を抜け、安堵し、皇国が築いた防衛体制の詳細を知っているが故に我々のことを舐めてかかってくる筈だからだ。

「教育してやらねばならない」

 そうだろう?――そう言った。

「いまや戦闘に専心できる状況、環境はととのった。ここで敵を迎え撃つ名誉を担えるのはひとえに我々のみ。観客に欠けているのは残念なものの、名実ともに戦場の華、主役ということだ。というわけで――

 私はふかく息を吸い込む。

「本艦乗り組み総員の、より一層の奮励努力を期待する! 私からは以上だ!」

 ふたたびカフを操作し、全艦通達モードを解除する寸前、回線の向こう側――このフネの至る所から、歓声が沸き返る様がつたわってきた。

 柄にもない……、へたくそなアジだったが、それを承知の上でこちらの意を汲み、ノッてくれているのだろう。

(すまない……)

 呼吸を整えるふりをしながら今現在、このフネに乗り組む乗員すべてに心の中で謝罪する。

 いま私が口にしたことはすべてが事実だ。

 この星系に侵攻してきた敵は、機雷堰の次に排除すべき対象となるのはAWACSだと想定しているだろうし、それが非力な的だと侮ってもいよう。

 下調べはおこなっただろうが、つい先日、ここに回送され新たに配備されたばかりのこのフネについてまでは調べようもなかったはずだ。

 いま言った、このフネが元を正せば戦艦であり、それをAWACSとして改装したものだということは。

 戦艦〈しきしま〉

 今から約四〇〇年以上も過去に建造された戦艦。

 聯合艦隊を除籍された後、遣支艦隊所属に転籍。

 界防艦への艦種変更をうけ、AWACSとして運用するべく改装工事をほどこされた。

 時代にそぐわなくなった兵備をおろし、代わりに最新鋭の電子戦装備を組み込んだ。

 艦体こそ『超』がつくほどの(ベテ)(ラン)とは言え、このフネの〈砂痒〉星系着任までピンチヒッターを務めていたAWACSとは土台モノが違うのだ。

 主兵装たる収束(ビーム)砲は口径三〇五センチ。

 現在の主力艦群に比較をすれば確かに非力。だが、無力ではない。

 我々は死ぬ。

 機雷堰を突破され、もはや我々に『逃げる』という選択肢はない。

 であれば、その結末がどうあれ敵には立ち向かい、わずかなりとも手傷をあたえ、味方が勝利をおさめるために貢献をしなければならない。

 このフネの指揮官として、艦長として、あらがえぬ運命に対して戦うことを選択し、その身命を私にゆだねてくれた部下たちには心からの謝罪と、それから最大の感謝を捧げたい。

 そして、我々の死が、かなうならば皇国の勝利の一助とならんことを(こいねが)う。

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