90.〈砂痒〉星系外縁部―28『Turn End』
「定時報告-二〇。敵味方識別および認証手続きの経過は依然順調。現在、進捗率73パーセント。フェイズ4、ステージ6が進行中」
稲村船務長の声が響いた。
「ほ本艦に対するこ攻性アクセ、スあるをかか確認。こ攻撃者は〈LEGIS〉。バッファエリアにて攻撃はそ、そ阻止。ほ本艦主電算機の情報漏洩、情報汚染ともにか、確認されず」
続いて羽立情務長の声が。
他にはなにも聞こえてこない。
〈あやせ〉の艦橋内は、まるで墓場のように静まりかえっていた。
音的な要素だけでなく、雰囲気そのものがそうなっていたのだ。
理由は、といえば、まぁ、言わずもがなではあったのだが……。
とまれ、
現在、〈あやせ〉はかなりな航行の自由を取り戻している。
周囲をビッシリといったレベルで取り巻いていた機雷群がやや距離をとるようになったからだ。
戦闘機動や防御戦闘にフリーハンドが得られるほどではないが、それまでの身動きひとつままならないといった状態からは解放された。
それと同時に機雷群の全体的な配置もかわっている。
同航状態にあるのは同じなものの、ほぼ均等に漂遊していた機雷群が、進行方向前方が密となるようになった。
つまり、
完全に警戒態勢を解除――〈あやせ〉を味方とみなしたワケではないにせよ、〈LEGIS〉が警戒レベルをゆるめた結果と判断できる。
いっそ、〈LEGIS〉が〈あやせ〉のことを排除すべき対象から保護すべき対象へと認識を変えたのではないか? と思えるほどに。
が、
そうした好転と言ってもいい状況変化のなかで、〈あやせ〉の艦橋――そこに位置するコマンドスタッフたちがかもしだす空気はドンヨリ淀み、なんなら背景としておどろ線など幻視できかねない程に沈滞してしまっている。
まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。
敵が実施したのに違いない機雷の埋伏、そして、それによる自艦への攻撃。
自艦周辺に展開していた味方機雷がその攻撃を迎え撃ち……、と状況が推移したなら誰にだってわかる。
自らは指一本うごかすことなく敵を排除する――すべてはこの為の布石だったのだと。
正直たまったものではなかった。
正義、正当性はこちらにあると確信し、戦犯を糾弾した挙げ句が大・どんでん返しを喰ったのだ。
立つ瀬がないし、面目、感情の持って行き場もない。
この場からいなくなりたい、穴があったら入りたい。
もし、叶うなら時を巻き戻したりはできないものか。
悔恨、羞恥、無念……、ネガティブ一色な感情の沼。
こうした負の情念に場が支配され、〈あやせ〉の艦橋内はなんとも居たたまれない空気で満たされ、深海の如くに沈滞し淀んでいたのだった。
まさしく、仕方がないとしか言えない成り行きであり、また状況なのだった。
が、
そんな、最悪ムードの室内に、
ぷぅ……。
ちいさな……普段であれば、まず耳に届くことのないだろう音が響いたのだ。
可愛らしい、と形容しても、まぁ、おかしくはないかも知れない音、それは、
たぶん、おそらくは……、人間のお尻が奏でる気体の放出音かと思われたが、
反射的に、(え……?)となったコマンドスタッフたちが推理するより早く、
「あ、アタクシ様じゃないわよ!」
真っ赤に染まったきいろい声が、不都合な事実への道を断ち切ったのだった。
「〈香浦〉に微弱な熱反応」
稲村船務長が言った。
〈あやせ〉に先行するプローブ群から送られてきた情報を口にした。
声の響きには最前までの敗北感や打ちのめされた感じはなく、すくなくとも表向きには常態に復すことが出来たようである。
「反応の規模は極微弱。低緯度域に、おそらくは複数アリと思われる。有意味成分は確認されず。反応は、有人施設生活行動の排熱に近似」
「え!?」
「マジか!?」
「虚探知ではないのよね!?」
そして、その報告を受けた艦橋内部――そこに位置する要員たちの反応もまた同じく。
意気消沈振りは消え、あらたにもたらされた状況の変化ににわかに色めき立っている。
〈香浦〉――〈砂痒〉星系の最外周を公転する惑星。
〈あやせ〉に課された任務における最初の偵察目標。
そして、星系防空部隊の司令部、また艦隊根拠地。
その地に熱反応が確認された。
しかも、それは、『有人施設生活行動の排熱に近似』しているのだという。
もしかすると生存者がいるのかも知れない――そう受け止めて当然だった。
『敵』――おそらくは〈USSR〉宇宙軍の戦闘航宙艦群による侵攻があった。
推移は知る由もないが、いずれにしても敵艦隊の侵攻進撃は防げなかった。
〈香浦〉を根拠地に展開していた防空部隊は、壊滅は免れたが被害をうけた。
その防空部隊――惑星上に観測された位置からして司令部と思える施設から通信、それから熱反応あるが観測されたのだ。
艦橋内部が昂奮にわいてもおかしくなかった。
だから、
間髪入れず、
「飛行長、プローブに――」
難波副長が、言いかけた時、
「アクティブセンサ、対地センシングの輻射量を最大に設定。熱反応の発生源をターゲットにして、明々、照らしたんなさいと送ってねン」
それに被せるかたちで、きいろい声が指示をとばしたのだ。
「な」にを……と出かけた声をその直前で難波副長は嚙みころす。
自分の浅慮で大恥をかいた事実がそうさせた。
『観戦武官』――艦長から告げられた言葉も思い出してもいる。
「あ、アイアイ・アム」
すこし間があき、腰が引けた感じだったが、狩屋飛行長は、ハイと返事した。
今は逆らえない――普段は知らず、負い目のある現状ではしたがうしかない。
そうした内心の動きが透けて見えるような、それは歯切れのわるさであった。
そして、そんな葛藤は、横目で様子をうかがっていた他のコマンドスタッフたちにも共通していたに違いない。
言うなれば、難しい問題を解きなさいと教師から指名されないよう祈る学生にも通じるものでもあったろうか。
とまれ、
指示を実行にうつそうとした矢先、狩屋飛行長に村雨艦長はまた声をかける。
「あ、そ~だ、まぁちゃん」
「は、はい」
同僚を含め、艦内で他に誰も使う者のない(勝手につけられた)渾名で呼ばれて、狩屋飛行長は、反射的に、ピンと背筋を直立させる。
連続する直の声掛けに警戒の念がジワリと頭をもたげていた。
「このフネに先行してるプローブは全部、通信中継用のアクセスポイント設定だったよね? 誰かがいじって変更してたりなんかしないよね?」
「は、はい。モード変更はなされておりません」
「それは結構結構、コケコッコー♪」
澄ましていれば天使とも見紛う造作をにちゃりと邪悪に歪め、村雨艦長は満足げにわらう。
その様は、あたかも獲物を目の前にした肉食獣が、舌なめずりしているかのようでもあった。
「そんじゃ、追加で命令あたえとこうか。プローブを経由し、熱源に向けて通信を送ってちょうだいな。――送信内容は遭難者救助用のテンプレート文。あと、プローブ全基に順次減速噴射を実行させること。OK?」
「お、オー……、と、りょ、了解しました」
指示の末尾をオウム返ししかけて、飛行長は、あわてて言葉遣いを改めた。
指示内容については吟味しない。
一見して(一聴して?)妥当と思えたからだし、なにより、味方の機雷堰を利用して敵の機雷を排除する鬼手とも言うべき手練手管を見せつけられてもいたからだ。
これまで〈あやせ〉……、特に艦橋内部に満ち満ちていた、艦長に対する一種、反抗的とも思える空気は、消し飛ばされてしまっていた。
その上で、なおも『No, Mom』などと対応しつづけるのには勇気がいる。
現状を思えばいっそ、掌返しで唯々諾々と艦長に盲従する方が楽だろう。
未だブツブツ不満を呟き続ける鳥飼砲雷長。
憮然とした顔を隠そうともしない難波副長。
塞ぎ込んだ様子の稲村船務長、羽立情務長。
戸惑い続けている埴生航法長、大庭機関長。
兵科でないが故に沈黙している後藤主計長。
艦橋に位置する誰しもが、すくなからぬ傷を心に負ってしまっている。
可能なかぎり、この上さらに自分の言動を後に悔やんで、のたうちまわりたくなるような葛藤を抱えこむリスクは減らしたい――狩屋飛行長が、内心ひそかにそう願っても、それはまったく無理からぬ仕儀ではあった。
そして、
母艦との距離に応じた時間経過の後、〈香浦〉の目前にまで迫ったプローブ群は、新たな指令に対応しはじめる。
互いに手分けし、〈香浦〉の観測、通信文発信、減速噴射を順にこなしていく。
〈あやせ〉の側は、送られてくるデータを元に、〈香浦〉の状況把握にはいった。
光学センサーや電磁波、重力波他の各種センサー群が捉えた〈香浦〉の映像、データの類いが、時々刻々と、表情や数値を変えながら艦橋各処のディスプレイに表示をされていく。
画面の中で惑星〈香浦〉の姿が次第次第におおきくなり、先にキャッチした熱反応の発生源が特定され、遭難者救助の信号を送り、先行プローブの各基が機位を反転させて減速し、更に接近していき、再度反転。正位置に復し、基速も落ちたことから明瞭度を増した〈香浦〉情報、画像のなかで、一面クレーターに覆われた地表面、ギザギザに割れた底知れぬ渓谷……、それから地上施設の残骸だろうか、微弱な金属反応。あれはアンテナ? もしくはセンサー?――鋭利なシルエットをもつ形状物を光学センサが捉え、詳細を確認しようとクローズアップしていき……、
いきなり画像が白化した。
画面が許容値を超えて眩しく光り、リミッターが問題ないレベルにまで輝度を落とした。
光学センサー以外の検知器も、示度や数値が、最大限を振り切っている。
すべては一秒にも満たない刹那のことだ。
「な……ッ!?」
艦橋内部で驚愕を声にしたのは誰だったのか……。
「ば、爆発……?」
艦橋内部に呆然とした呟きがただよった。
「ほ、本艦に先行せるプローブ、ぜ、全基との通信が途絶しました。お、おそらくは、今の突発反応に巻き込まれたものと思われます」
狩屋飛行長の感情が抜け落ちたような報告が、それにとどめを刺す。
「置き土産に対艦地雷まで設置していくたぁ、随分ご念の入ったことじゃない?」
ケッケッケ……。
不意のわらい声に、コマンドスタッフたちが〈纏輪機〉画面に目をやると、村雨艦長が不敵な顔でクスクスやっていた。
「た、対艦地雷M18……!」
稲村船務長が呆然と呟く。
「ピンポ~ン。ご名答♡ さすがはジェーン。先客がアタクシ様たちのために、わざわざご用意してくださった間抜け罠だよ~ん♪」
いやぁ、危うく引っかかるとこだった。あっぶないねぇ~と、村雨艦長はまた、ニヒヒとわらった。
対艦地雷M18――通称〈クレイモア〉は、その爆発に指向性をもたされた撒布型の定置兵器である。
超・高強度の莢体に包まれ、弾丸状に整形されたそれは、宇宙空間にある戦闘航宙艦より射出され、与えられた運動エネルギーでもって目標天体の地表を貫通。地殻内部に深く潜り込む。
莢体は、地表面接触時に自壊し、爆発部位たる弾体とセンサー類が組み込まれた信管部位のふたつに分離。
信管部位は、天体内部に貫入していく弾体から取り残されるかたちで地表面に露出し、欺瞞情報を発しつつ受動センサーで接近してくる『敵』を探り、また自らの元へと誘引する。
そして、まんまとおびき寄せられた『敵』を弾体が自爆し、その爆発によって巻き上げられた大量の地殻、その破片群の中にとらえて撃破するのである。
「爆発規模からして、二、三発といわず、てんこ盛りでお土産を奢ってくれてたみたいだにゃ~」
地殻深くまで貫入していたM18地雷の弾体――その爆発により、地表面から遙かな高さにまで吹き飛ばされた〈香浦〉の地殻、粉々に粉砕された構成物質の奔騰に目をやりながら村雨艦長。
惑星そのものが破壊されたのでは、とも感じられる噴出量もさることながら、噴火ともまごう破砕物噴出の勢いは、たとえバリアーを張っていたとしても直撃をうけていたなら只ではすまない――そう思わせるに十二分すぎるものだった。
声もない部下たちを前に、村雨艦長はニヤニヤわらいつづけている。
やがて……、
爆発で生じた粉塵を雲のように上空にかぶった惑星〈香浦〉の近傍を〈あやせ〉は沈黙のうちに航過する。
その地に置かれてあった〈砂痒〉星系防空部隊の司令部は、収束兵器、また爆撃を受け、完膚なきまでに打ち据えられて、その痕跡をとどめることなく壊滅していた。




