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8.出征―8『〈幌筵〉星系警備府―5』

「まったく……!」

 そう言うと、後から待合室に入ってきた人物は、口をへの字にむすんで、自分が叱った相手をかるく(にら)んだ。

 その人物もやはり女性で、今は床の上にしゃがんで叩かれた頭をかかえこみ、痛そうに(うめ)いている先の女性と同じデザインの服を着けていた。

 長袖長ズボンのつなぎ服(オーバーオール)

 いかにも密閉性の高そうなデザインで、素肌が露出しているのは首から上と手首から先の部分だけ。

 首まわりはカッチリとした詰め(えり)になっており、袖口もまた、ちらりと見えた小口から、それが硬質素材を筒状に成形したものとわかった。

 腰には赤い(サッ)(シュ)ベルトを締め、足には少しゴツい見た目の(ワー)(クブ)(ーツ)

 あちらこちらに外部の機器類と接続するためのものだろうコネクターやコントローラー、アタッチメント等が設けられている、とにかく目にうつる要素すべてが実用一辺倒でまとめられてある服。

 プロの宇宙空間作業者(スペースマン)たちが、宇宙空間にあって普段着がわりに着用していると聞く簡易宇宙服――その中でも、対応可能な用途をかなり多目的にふった重装タイプ。

――軍用品だ。

 自分が宙免を取得する際、滞在していた空間施設で着せられていたものとは似て非なるそれを見て、そう確信した。

 つまり、(軍施設の中にいるんだから当然だけど)今、アタシの前にいるのは、二人ながらに宇宙軍の兵士。

 それも、地上施設や宇宙港勤務ではなく、戦闘航宙艦に乗り組む本物の(?)兵隊――宇宙船(ふな)乗りだ。

 見れば全体的に紺色を基調とした服の胸元には、宇宙軍の徽章(エンブレム)が鈍く輝いている。

 そっか。さんざん待たされたけど、ようやく迎えにきてくれたんだ。

 アタシは思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

 最初の女性の熱烈歓迎にやられ、とっちらかってた頭の中が徐々に徐々に落ち着いてきて、とうとう『戦争』が自分を迎えにやってきた――そう理解できたら、今さらながら急に怖くなってしまったのだった。

 と、

「気をゥつけッ!!」

 後から入室してきた女性がふいに叫んだ……、もとい、怒鳴った。

 いや、その声と言ったら、どちらかと言うとスレンダー目な体格なのに、どこからそんな声量が? と思うレベルで、アタシはもちろん、痛みに頭をかかえ、背筋をまるめていたもう一人の女性と二人ながらに()ぜる速さで直立不動の姿勢をとったほど。

(え? エッ!? な、なに?)

 自分へ向けてのものじゃない――頭の片隅ではそうわかってるのに、その後も気をつけするのがやめられない。

 うんと小さな子供の頃、学校でしでかしたイタズラがバれ、おっかない先生にしこたま怒られた時みたく、完全に硬直しちゃってた。

 コツコツコツ……。

 落雷とまごう号令をかけた女性が、指示出しした相手の前まで移動してくる。

御宅(みやけ)やよい曹長」

 両の手を腰に、叱った相手の名前なのだろうを口にした。

 口調と同様、表情は平静だったけど、でも! 瞳が凍り付くほど冷たくて、(くだん)の御宅曹長の直近に立つアタシまでもが背筋が冷たくなるのを禁じ得なかった。

「警備府に着くなり仕事をほっぽらかして一目散ってどういうこと? 短艇に需品を積み込む作業は、あなたの担当でしょう? いくら本艦への新規乗船者が待っている旨、連絡があったからといって、それが仕事を放棄して良い理由にはならないわよ。再出撃まで、もう時間が無いことはあなたも重々承知している筈。だったら、曹長という職責相応に、処理すべき案件の優先順くらいキチンとしなくてどうするの」

 (サラ)(リー)分の仕事くらいチャンとなさいと、一つ、また一つと積み重ねるように、お小言の言葉を羅列(られつ)してゆく。

 けっして声を荒げてるワケじゃないのに、淡々と理詰めで責めてくるその論調が、感情的でない分、よけいに怖い。ホント、叱られている当人じゃないのに、聞いてて冷たい汗が止まらない……、

 が、

「だって、中尉殿」

 必死の抵抗、みたいな(はかな)さはあれ、御宅曹長と呼ばれた当の相手は、それでもモグモグ口をうごかし、圧力に抵抗、踏ん張ってみせた。スゴい。

 まぁ、言いかけた言葉の(はな)で、中尉殿と呼ばれた女性が声をはりあげ、弁明は完成することなく未然に断ち切られてしまったのだけれど。

「『だって』じゃない! そんな言葉は宇宙軍には無い! って、あぁ、もう本当、新人の前だというのに恥ずかしいったら! 何なの、あなた!? 新しい仲間を歓迎したい気持ちはわかるけど、時と場合と相手に接する態度を考えなさい! あなたは曹長――兵を律する下士官なのよ!? それがそんなじゃ示しがつかないじゃないの! まかされている仕事はサボる。組織にあって、人と人との上下関係は頓着(とんちゃく)しない。自分の立場をわきまえもせず、プライベートな案件を職場の席で(わめ)きちらす。ほんと、一から十までなってない! ちゃんとなさい! って、ねぇ、私の話をちゃんと聞いてる!?」

 しだいにヒートアップしてくる中尉殿。

 言葉をつづけていくうち、やはり感情面で、クるところがあったんだろう――最初の頃の冷静口調はどこへやら。ビシビシ(ムチ)打つような激した物言いになっている。

 叱られている当の相手にあんまり反省の色が見えないせいかも知れない。

 現に、逃げることもできずに叱責の言葉を聞かされていて、(()()事ながら)アタシも頭をかかえたい気分になっていた。

 毎度そうなら、そりゃ目から火が出るくらいに怒られたって仕方ないよね。

「聞いてます。聞いてますから、そんな怒鳴らないで落ち着いてください、中尉殿。新人ちゃんがビビってます」

 オマケにと言うか、踏みつけられてもなお立ち上がる雑草みたいなしぶとさで、見計らっていたとしか思えないタイミング――相手が息継ぎをする瞬間に、御宅曹長たら、そんな言葉を差し込むんだもの。

 慣れっこなんだろうな――全然、チッとも(こた)えてない。

「え!? ウソ……!」

 逆に、そう指摘され、中尉殿の方がショックを受けたようだった。

 焦った様子でグルリと顔をめぐらし、アタシの方へ振りかえった。

 これ以上ないくらい目を見開いて、どこか必死な様子でこちらを(のぞ)きこんでくる。

 今にも、『ホント? 怖かった? 大丈夫?』とか質問してきそうな感じ。

 ってか、近い近い近い! 同性なのに&中尉殿にそんなつもりが無いのはわかってるのに、綺麗なお顔を視野いっぱいにクローズアップされるとドキドキして呼吸が苦しくなるからやめて下さい! お願いします。やめて! やめて! やめて……!

 と、お見合いし続けること、数秒? 数十秒? 数分?――納得いったか、中尉殿が視線をはずしてくれたので、アタシはなんとか呼吸不全で死ぬのをまぬがれた。

 美人にほぼゼロ距離で見つめられ、まぢ、キュン死寸前の瀬戸際、危機一髪だった。

 そう。

 美人――言い忘れてたけど、中尉殿はとっても綺麗な女性だったのよ。

 御宅曹長も綺麗だけれど、曹長が小悪魔的な感じなのに対して、中尉殿の方は健康的な美人。

 髪型をアタシと同じポニーに()わえているから、よけいにそう見えるのかも知れない。

 そんな健康美人に、困ったような心配顔で、(ぎょ)(うし)されたら身がもたないってば。

 特にアタシはこの四日間、まともにお風呂に入れてない。万が一にも、『臭い』とか言われようものなら恥ずか死しちゃう。

 そうよね、ここは点検しておくべきね。

 心の中でウンと頷き、さりげに顔を(うつむ)かせると、(えり)元あたりをそっとクンクンやってみる。

 ウン。大丈夫。くさくない……と思うんだけれど、自分自身のにおいはセルフじゃわからないとも聞くし、確信もっては安心できない、か。何をするにも油断(?)は禁物……と、自戒(じかい)していると、身体の左側面に、何かがどんとぶつかってきた感触。

 え? と、首をめぐらしてみれば、御宅曹長が、アタシの肩に腕をまわしてた。

 そうして、グッとアタシを自分の方へと引き寄せて、

面子(メンツ)も無事にそろったことだし、ぽちぽち()()を変えますかい」

 (ひょう)(ひょう)とした口調で言ったのだった。

 握手の時も思ったけれど、御宅曹長、メチャ力持ち。言い終えるや、ドアへ向かって歩きだしたのに、肩を組まれてるアタシは引きずられるばかりで抵抗できない。

「なるほど。一刻も早くフネに戻って臨時収入をその手にしたいという事ね。それで一体、いくら(もう)けたの?」

 そんなアタシたちについてきながら、中尉殿が訊いてくる。

 つい今し方までの険しいそれと違って、世間話みたいな口調。

 だからか、それとも自慢したかったのか――御宅曹長の顔がにんまりと緩んだ。

「そりゃもう大枚、大枚。賭のあがりで倉が建つってノリですよ……って、エッ?」

 つらっと、言わずもがななことを言っちゃった。

 途中で、あ……、と気づきはしたんだろう。

 でも、時すでに遅し、

「この、おばか」

 つぶやくような中尉殿の一言と同時に、スパーン! と切れの良い打撃音が、室内に再び(こだま)したのだった。

 そして、


「自己紹介がまだだったわね。私は後藤郁美。階級は中尉で、あなたの直属の上官よ」

 春風のようにやわらかな()()で……、(あし)(もと)にうずくまってる者など存在していないかのように目もくれないで、

 ヨロシクね、と中尉殿が握手のかたちに手を差し伸べてくる。

「は、はい! よ、よろしくお願いいたします!」

 やわらかな手をおっかなビックリ握りしめながら、アタシは任務(?)の達成をじんわり心の内で実感していた。

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