81.〈砂痒〉星系外縁部―19『Ghost In The Realm―5』
「は……?」
アタシは呆然となった。
『おんな殺し、油地獄……』
なに、それ?
いきなり現れて、なにを言ってくれちゃってんの?
『おんな殺し』?
は?
それってアタシのこと?
初対面の人にそう言われるくらい、アタシってば男前?
いや、そりゃ、アタシ、アスリート……でしたし、そうじゃなくなった今も鍛錬は欠かしてませんし、顔つきはともかく、おっぱ……、ゴホン! 胸部装甲は薄々ですし、
だから、男に見えちゃった、ですか?
美少年?……じゃ、語感的になんだから、美青年に見えちゃったから、アタシのことを『おんな殺し』と……?
いやいやいや……!
嬉しくないよ!
ちっとも、全然、うれしくない!
そりゃ、これまでも、『カッコイイ』とか、『凜々しい』とか言われたことはあるけど、それはほとんど競技選手の出で立ち時だった。
アスリート状態限定。
ここ大事だからね?
家業が畜産農家だもんだから、プライベートでもスカートなんかはおよそ身につけたことはなく、個人的にもそんなに女の子女の子したオシャレに興味もなかった。
でもさ、だからって、こうまでハッキリ『男』認定されたことも無い。
えぇ……?
エェ~~?
アタシ男?
二枚目だって思われた、言われたのはともかく、男に見えちゃうのぉ……?
やっぱ、軍服ってか、実用一点張りの船内服なんか着てるから?
それで女に見えないの……?
でも、実村曹長や御宅曹長だって、おンなじ格好をしてるのに? アタシだけ?
曹長ふたりとは面識があって、新入社員(?)なアタシだけ初対面だったせい?
だいたい、
「誰なのよ、アイツ……」
アタシは言われたセリフを胸に、心の内で不平? 不満? をめぐらせる。
もしかすると、口からこぼれ出たかもだけど、そうだとしたら、それだけ地味にショックだったんだろうな。
『おんな殺し、油地獄……』
いや、初対面の人間にむかって、イキナリそれはないでしょう?
しかも、言うだけ言って、来たとき同様、こちらが何をどう対応するより早く、クルッと踵をかえすと、とっとと懇話室から出て行っちゃうし。
ホント、なんなの?
美少女だったのは確かだけれど、アイツ一体どこの何様なのよ?
と、
「古森みこ伍長。通称『みこみこ』――情務科所属で、このフネに乗るただ一人の特技兵、な」
「つまり、〈巫女士〉よ。〈巫女士〉のことは聞いたことがあるでしょう?」
いつの間にか――これまた、いつの間にか、アタシの両横を実村曹長と御宅曹長がそれぞれ挟む位置に移動してきていて、口々にそう言ってきたから思わず反射的に、「うひゃッ!?」と飛び上がってしまうとこだった。
って言うか、唇がふれる寸前にまで顔近づけて、それで耳の中に息を吹き込む感じで囁いたりするのはやめてください。まぁ、もちろん、そんなになるまで気がつかなかった……、仕事中に呆けてたアタシが悪いんですけども……。
「……に、しても」
と、カウンターを挟んだ元の席にもどった御宅曹長が言った。
「『おんな殺し、油地獄』、ねぇ……」
こちらは同じく、アタシの真向かい位置に復帰した実村曹長。
「たしか、古典演劇のタイトルよね? まぁ、深雪ちゃんは、『おんな殺し』と言われたことの方が気になってたみたいだけど」
二人して、なんかこう、『わるい顔』してニマニマこっちの方を見てる。
「なんですか」
二人してふくむところありげな言い方。
そりゃ、いろいろと恩義はあるし、階級的にも年齢的にも経験値的にもお二人の方が、アタシよりかはずっと上。
それはわかっているけど、でも、だからってオモチャにされるのは嬉しくない。
玉子酒のはいったグラスをカウンターの上に置くと、だから、ぶすりと言った。
スネていると言うか、まぁ、我ながらなんとも子供っぽい態度だったとは思う。
「まぁまぁ、そんな、スネんなって。ほら、グラスが空になってンぞ?」
と、御宅曹長。
そう言いながら、手にしたボトルからお酒をアタシのグラスにドボドボドボ……。
「ちょ……! それってお酒じゃないですか! アタシ、まだ仕事中なんですけど」
「まぁまぁ、深雪ちゃん。固いことは言いっこナシ。それに玉子酒はお酒でしょ?」
「オウとも。なんてったって『酒は百薬の長』だぜ? 飲んで悪かろうはずがない」
「そもそも、みこみこの注文分が、ひと口も飲まれず廃棄はもったいないんだろ?」
「それは……、たしかにそう言いましたけど、それとこれとはちょっと別なような」
「いっしょいっしょ。第一、もう先の一杯を飲んじゃってるんだ。今さら、今さら」
「給努員のお仕事も、もう終わりが近いし、接客や引き継ぎはやるから安心して?」
実村曹長も。
なんだかなぁ……。
なんか、二人してアタシにお酒を飲ませようとするけど、なんだろう。
まぁ、実際、さっきの美少女――古森みこ伍長……? みこみこ……?
このフネに乗ってる〈巫女士〉サンが注文して、受け取らなかったエッグノッグは確かにそのまんまだともったいないけども。
実村曹長も、御宅曹長も、二人して、『甘ったるい酒は口に合わない』とか言って、代わりに飲もうとはしてくれなかったし。
だったら、アタシが飲むしか……、って、もとい、自分の口の中に廃棄するほかないじゃない。あ、甘くておいしい……。
胃袋……、もとい、おなかの中からポカポカするって言うか、名前の通りタマゴが入っているからか口あたりが優しくって、ついつい何口もイケてしまう。
曹長ふたりが言うほど甘ったるくもないし、このフネに乗るまでアルコールの類いは意識的に敬遠してきたけれど、たまの息抜きくらいだったらいいかも。
リラクゼーション効果?――『百薬の長』はともかく、心身両方の癒やしには確かになるのかしらん。だんだん気分もふんわりしてきたし、落ち着く……。
「深雪、だいじょうぶか……?」
「眠くなった? 寝ていいわよ」
視界にぼぅっと霞がかかり、どうにも目蓋を開けつづけてはいられなくなる。
そんなに重たいはずがないのに、気がつけば上と下とがくっついている。
実村曹長と御宅曹長――ふたりの姿が揺れているのは、もしかしてアタシの方が揺れているのかな? アタシ、上官ふたりを前に、フネを漕ぎだしてしまってる……?
だとしたら、ヤバい。でも、どうしようもない。
アタシにかけてくれてる声もまるで綿にくるまれたよう……、というか、声質をことさら柔らかく、ボリュームも低めに抑えてないかな? それはともかく、言ってることはわかるのに、言葉の意味がイマイチわからない。
あぁ、アタシ酔ってる。酔ってるなぁ。思考能力が何割減かで朦朧としてる。
「アンタ、それって〈ヴァレンタイン〉の、それも二一四年ものじゃない。この子、まず間違いなくマトモにお酒とか飲んだことないわよ。いきなりそんなお酒飲ませちゃって大丈夫なの?」
これって実村曹長の声なのかな……?
目の焦点がブレブレにボケててよくわからない。
そして、それに対して、『ふふん』と鼻を鳴らす音。
「なぁに、さっきも言った通りに我が国じゃ、『酒は百薬の長』だし、この酒の産地だっても、『混合燻火酒』――『命の水』って言ってるくらいだ。だいじょぶだいじょぶ」
「ッたく、いいかげんな。……でも、それにしたって、よく持ってたわね、そんな高いお酒」
「何を隠そう、医務室の薬品棚にありましたぁ。ボトルに『気付け薬』ってラベルしてあった」
「あッきれた! じゃあ、それって後藤中尉の私物じゃないの? 後でどうなったって知らないわよ」
「いやぁ~、だいじょぶだろ? あくまで『気付け薬』なんだぜ――オ・ク・ス・リ。それが証拠に、ちゃんと部下の精神状態を安定させるのに役立ったじゃん」
「……まぁ、その言い訳が通用するならいいけどさ……。でも、にしたって……」
「あぁ、そうだな。『にしたって……』だ」
うつらうつらを通り越し、なんだか、もう半分以上、夢のなかに微睡んでいるアタシの耳に、実村曹長と御宅曹長?――ふたりの会話がずっと入り続けてる。
もはや意味をもつ音――言葉ではなく、音楽か何かのようにしか、アタシにはわからなくなっていたけれど。
ただ、
『にしたって……』――そのフレーズを境に二人の言葉のトーンがガラリと変わった。
「『おんな殺し、油地獄』、か……」
「〈託宣〉、ね」
「あぁ、そうだ。〈託宣〉、だな」
「はじめて現場を見たけど、入神状態って、ああなのね。顔つきはおろか、声まで違ってしまうんだわ」
「ナルフィールドが展帳中である現状、フネは、言うなら半幽冥界にあるからな。知覚域拡張装置に接続してなくったって、神降ろし……ぽい事はできるんだろうさ」
「なんにしたって意味不明だけどね」
「〈託宣〉だからな。〈御神籤〉と大してかわらんさ。ま、突然すぎたし、表現が抽象的にすぎたしで、深雪のヤツが言葉の意味を斜め上にとってくれたんで、まだ助かったけどな」
「カテゴリ7……?」
「かもな」
「後藤中尉に報告は?」
「とりあえず、メールで一報しといた」
「そう」
かすかに溜息のもれる音。
「かわいそうに……」
それを最後にアタシの意識は夢界に溶けた……。




