73.〈砂痒〉星系外縁部―11『戦闘詳報―2』
「それで、曹長」
「うん」
なんとなく曹長と通じ合えた(?)ところで、アタシは口をひらいた。
「結局のところ、曹長はどう思ってるんですか?」
艦長の指示について疑問を抱いた――そのあたりを重ねて訊いてみた。
いわゆる一つの仕切り直し。問題点の洗い出しだね。
うやむやにされて終わらないよう念押しだよ、ウン。
そしたら、
「深雪はどう思う?」
コレだよ。
わかんないから訊いているのに逆に問い返される。
「いや、わかんないですよ。なんてったって、アタシ、軍艦に乗るのもはじめてなら、他所の恒星系を訪ねるのもはじめてですもん」
ムチャ振りやめてよ――我が事ながら、ちょっと唇が尖ってたろうと、そう思う。
でもさ、はぐらかしたりしないで、チャンと答えてくれてもいいんじゃないかな?
そんな内心が透けてたんだろう――曹長が苦笑して、ゴメンゴメンと謝ってきた。
そして、
「結論から言うと、だな」
「ハイ」
「なんか企んでる。なんかやらかそうとしてるって思ってる」
「え……」
ちょっと唾なんか飲みつつ頷くと、曹長はなんとも不吉きわまりない答をこっちに投げて寄こしてきたのだった。
「え、えっと、その……、た、たとえば、副長サン、情務長のお二人に、お手本を見せようとか、あるいは少しの間ノンビリ休んでなさいとか労いの意味で口にしたセリフって可能性はないですか?」
ある程度、予想してたとはいえ、やっぱり全然うれしくない。
ここまでの道中でだんだんとわかってきたけど、そもそも任務の遂行途中で乗員を――それも不慣れどころか使えない事がハッキリしている新兵を乗員に迎え入れるだなんて、普通に考えたらありえない。って言うか、非常識にも程がある行為なんだとアタシは知った。
そりゃ、乗員の脱走騒ぎとかよんどころない事情はあったろう。
だけれど、だからと言ってアタシみたいなシロウトを出先でチョイと気軽に徴兵するかとなるとそれは無い。
奇行であり、無謀であり、デタラメである。
そんなメチャクチャな事をやったのが、このフネの指揮官な子供艦長。
その子供艦長が、ルーチンと言いつつ誰もが緊張しているこの時に、『なんか企んでる。なんかやらかそうとしてる』だなんてイヤすぎる。
だいたいおンなじフネに乗ってるんだもの。
一蓮托生でも運命共同体でも何でもいいけど、もし万が一があったら道連れよ?
単独行動してる航宙船で、自分だけは、なんてこと絶対にありえないんだから。
だから、度をこした悪ふざけで皆を――アタシを不幸や不運に巻き込まないで!
と、とにかく曹長からの同意が欲しくて、祈るような気持ちでそう言ったのに、
「ないないない」
あの艦長がぁ? と、ブハッと吹き出すようにして一言の元、切り捨てられた。
「ぜんたい、『たまには上司を敬って、ゆっくり休ませたげようとか心配りをするのが今よ、今なの』なんてほざいてもいるんだぜ? なのに、自分が指揮采配を振るうって言うんだ。あのクソガ……、艦長が、なんの見返りもナシで部下に――それも副長や情務長に甘い顔を見せる筈もナシ、こりゃ、ウラがあるなって考える方が自然だろぉ?」
「う……。そ、それは……、確かにそう、ですけど……」
そうなんだけどもさぁ……。
縋る思いをバッサリ蹴っとばされて、アタシはもぐもぐ口ごもる。
「いったい何をされるつもりなんでしょうか……?」
結局のところ、そう言うしかなかった。
どうせロクでもない事に決まってるけど。
それで周囲が……、って言うか、部下たちが、引っかき回された状況やら、最終的にはその後始末やらにてんやわんやで右往左往させられるんだ。
「そうだなぁ……」
呟きのようなアタシの問いに、曹長も腕組みをして首をひねった。
「兵科じゃないんで、その種の教育をうけてないから、悪ぃけど、アタシにも艦長の企んでるだろうことはわからんな」
でも、と続けて、
「船務長に機雷堰の行動プログラムが最新版かどうか訊いたこととか、飛行長に遠心分離でプローブを放出するよう指示したことなんかは気になる。
「無駄な言葉や脱線がやたらと多いけど、その中にまぎれて大事なことをポツッポツッと混ぜ込むってのが、ウチの艦長の指示だからよ」
だから、何か意味があるはずなんだと、そう言った。
あ~、まぁ、そうかも。
無駄で無意味な駄口をただ垂れ流してるだけだったら、まず間違いなく副長サンが中途で割って入るはず。
アタシがこのフネに乗って、はじめに出頭報告に行った時みたく、きっと折檻まがいな制止がかけられるのに間違いない。
でも……、
「何かって、なんなんでしょう?」
肝心なそれについてはわかんないまま。
曹長に重ねて質問してみたけれど、今度返ってきたのは両掌を上に、両方の肩をすくめて、下唇をつきだし吐き出された、
「わっかんね」の一言だけだった。
「まぁ、あの艦長のことだ。日頃の言動やら、なによりチビっこい外見についつい引きずられっちまうが、腐っても天下の〈リピーター〉様だぜ。なんかビックリ箱みたいなことを考えてるんだろうのは間違いない」
「問題は、そのビックリ箱に驚かされる主な相手がアタシたちってところなんですが……」
慰め? なのかな。でも、曹長のそんな言葉にも、表情が渋くなるのはどうしようもない。
あ~、そぉね。確かに我らが子供艦長殿には、曹長が言ったとおりに能力はある。
それは、もぉ、軍や国から〈リピーター〉認定されるくらいだから間違いはない。
だけども、オリジナル当時や最初の再生時はともかく、今現在の艦長の感性はあきらかに『子供』
それも、頭に『ク○』とか、『ワル』とかが付いてる類いの子供なんだと確信してる。
それを今この時に当てはめるなら、誰かに贈り物をする場合、それならサプライズは絶対必要だとか信じちゃってるでしょ? な節があるんだね。
相手を喜ばせるのと同じくらい……、もしくは、それ以上に自分が楽しみたい。
他人のために動くのであれば、その労苦に釣り合うくらいの見返りは絶対必須。
そんな感じ。
あのさぁ、子供じゃあるまいし……、って、肉体は子供なんだけどもさ、中のヒトは艦乗員の誰より年嵩なんだろうしさ、もぉチョっと、こう、優しさ? 年長者としての思いやり? みたいなもんが無いものかなぁ。
たとえ悪気がなかろうと、逆に善意からだろうと、不意を突かれて、意表を突かれて、盲点を突かれて、心の底から驚かされて、それで、『わぁい♪』とか喜ぶ人間ばかりじゃないですよ?
そりゃ、プレゼント貰えば誰でも嬉しいだろうけど、それとビックリがもれなくセットっていうのは、ハッキリ迷惑。
それならいっそ、何も無い方がいい。
そこがわかってないんだなぁ。
いや、存在そのものが迷惑だとか、さすがにそこまでは(口に出しては)言わないけどさ……。
多分、全般的に見ればフネ――アタシたちにとってプラスになりそうな事を艦長が考えているだろうことは間違いないんだろう。
『――と、ここまで言えばわかったろうけど、難波ちゃん、はだっちゃんの二人は、これからしばらく観戦武官ね。課業のかたわら、アタクシ様のカッコイイところを見てなさい。事後に講評を聞くから、それがあんた達へのテストよ、しっかりね』
今一度、自分の席のコンソール――戦闘詳報作成のため、開きっぱなの作業画面をまじまじと見る。
だらららら~~ッと垂れ流された子供艦長の長広舌のほぼおしまいの方、副長サンと情務長サンに向けられた指示の結びの一句。
「……こんなの、わかる方がオカシイわい」
明らかに楽しんでいる。そこに意地の悪さがあるかどうかまではわからないけど、『それがあんた達へのテストよ』というくだりに、内心が垣間見えている。
たとえるなら、落とし穴とかそういう罠に友達だとかが、いま引っ掛かるか、いま引っ掛かるかとワクテカしながら影に隠れて見ているようなそれ。
(クズだ……)
おっと! いくら何でも、コレは声にはだせない。
「深雪」
アタシが言葉を唾といっしょに飲み下していると、曹長から名前を呼ばれた。
「はい」
「ま、思うところはイロイロあるだろうけどよ、ちょうど折良くってか、こうして戦闘詳報をまとめてるんだ。いっちょ二人で精査をやって、艦長の真意とやらをあぶり出してみるとしようぜ。もしも、『なにか』が掴めたら、上の連中の助けにもなるだろうからよ」
「は、はい」
ありゃ~、バレてる。
ギリ言葉にはしなかったけれども表情に出てたかな?
それを〈纏輪機〉越しだけど曹長に見透かされた?
こーゆーところは、さすが、『先輩』か。
ともあれ、返事は、『はい』しかない。
正直いうと、とってもタルい。
何故って、まず一つには、戦闘詳報の作成は主計科所属の曹長とアタシだけでなく、電脳は電脳でやってることだから。
ぜんたい、アタシたちの手許にとどく資料にしてから、データ回線を通じて送られてきてるワケだし、届け先が電脳だったら人間相手に送るよりかロスも無いはず。
それをわざわざ機械と人間とで同じ報告書をダブって作成させているのは、精確さの確保というより、その時点での現場の人間たちの情緒反応も含め、経緯を知りたいかららしい。
機械に感情は無いし、その時々で判断し、決定をくだしていくのは人間なんだしね。
だから、第三者目線と乗員目線の情景をつきあわせて確認、評価をおこなうため、と理由については聞いている。
ぶっちゃけ、電脳がまとめたそれが味気なさすぎるんで、人の手になる資料の方をおエラいさんたちは求めてる、その結果なんじゃないのとも疑ってるけど。
とまれ、
「行間を読む、紙背に徹す――コレな、コレ」
よし、始めるぞ――そう号令した後、曹長が追加で言ってくる。
アタシたち二人が揃ってこれから向かい合うのは生の素材。
艦橋内にてかわされたやり取り、っつ~か、子供艦長が垂れ流しまくった戯言まがいな指令、その数分間。
曹長があらためて口にした通りに、ニュアンスを含め読み取るために今度は音声を省略しないで再生をおこなう。
口調によって、字面からだけでは判別できない匂わせなんかもあるからね。
それを見落とすことのないよう、念には念、だ。
正直、苦痛。
気分はほとんど暗号解読か、『読者に挑戦』的なミステリの謎解きをやるのと変わらない。
報告書の作成って、絶対こんなのじゃないよねぇ――そんな思いはメチャクチャある。
だけど……、
アタシたちが苦労することで、諸悪の根源と間近に接してる艦橋要員サンたちの――中尉殿のそれを僅かにしても減らせるのなら……、
頑張らなくっちゃ!




