72.〈砂痒〉星系外縁部―10『戦闘詳報―1』
「をいをい、マヂか……」
静かな室内――でも完全に無音ではなく、背景として聞こえるか聞こえないかレベルで環境音楽がながれている中、ふいにそんな呻き声が耳に届いた。
適度な緊張状態を維持するのには、完全な静寂はむしろ逆効果ってことで、風、木々の葉ずれ、鳥の鳴き声、清流のせせらぎ、潮騒――そうした自然の音とか、ヒーリングミュージック? とかで、四六時中、フネの中は満たされている。
もちろん、乗員の業務をさまたげる音量じゃないし、BGMに気を取られて、つい……、なんてレベルでもない。
でも、まったくの無音でもないワケで、正直、機械の閾値がどう設定されているかはわからない――ほんの小さな呟きだったんだけど、〈纏輪機〉の集音機能は優秀だ。
すぐ隣からの声みたく伝えられてきて、アタシはピクリと身体をふるわせた。
〈あやせ〉主計科室内でのこと。
声の主は御宅曹長。
つい先刻、艦長から第一戦闘配置の発令があって、現在ふたりで科室に詰めている。
中尉殿はいない。
艦橋の方に向かわれたから。
「ど、どうしたんですか?」
反射的にアタシは訊ねた。
が、しまった。どもった。
出来るだけさりげなく訊ねるつもりが、ちょっと失敗。
こんなんじゃ、アタシが緊張してるって思われちゃう。
そしたら、またぞろ悪がらみされてからかわれちゃう。
そう思って、条件反射的に身構えた、ん、だけど……、
「ん? んん~? あ~、まぁね、今の艦長のセリフに、ちょっと気になるところがあったんだ。そンだけだよ、そンだけ」
予想に反して、曹長はフツーに答えてくれた。
って言うか、気のせいかしらん、なんだか、ばつの悪そうな顔をしているような……。
気まずい、って程じゃない。でも、心の内で、『しまった』って思っちゃっている顔。
まさかにアタシが自分の呟き声を拾うと思わなかった?
でもって、それがアタシを怯えさせたと思っちゃった?
う~~ん。
〈纏輪機〉の画面越しに、いかにも普段通りな感じでこっちに向けてヒラヒラ手なんか振ってる曹長の様子に、アタシはすこし首をひねった。
まぁね、宇宙生活者としては、ようやっとお尻から卵の殻が取れたかなレベルになれたと思ってるけど、当然、兵隊としての実戦だなんて経験ないですし?
ドラマだとかで、いわゆる新兵を罵る言葉なところの、『戦闘処女』なワケですし?
イタズラ好きで、怠け心が旺盛で、『裏技』だとか『抜け道』なんて言葉を聞くと目を輝かせる――中尉殿曰くで、『マネしたり、ましてや見ならったりしちゃダメ』な先輩であっても、こういう場面じゃ、やっぱり気をつかってくれてるのかなぁ……?
ついつい、そんな風に思って曹長……、と言うか〈纏輪機〉の画面を凝視しちゃった。
そしたら、
カクンと肩を落とすと、曹長が、はぁ……と深く溜息をついた。
それまで貼り付けていた、どこかわざとらしい笑顔が素面に変わると、
「艦長がさ――」と言ってきた。
あれ? あれれ?
な、なんかアタシやっちゃった?
曹長から、自分の言葉に納得しなかったか~とか思われちゃった?
い、いや、全然そんなことない。
今の返事がごまかしだとか思わなかったし、なにか言いたくないことがあるんだとか疑ってもなかった。
言葉は言葉で額面通り受け取って、ただ、なんか様子がいつもの曹長っぽくないなぁ、なんて思ってただけですぅ。
……とも、今更いえるワケないしなぁ……。
とまれ、
「艦長がさ、さっき砲雷長に非在場を展張するって言ってたじゃん?――これからその中をくぐってくことになる機雷堰の中に不具合をきたしてるヤツがあるかもだから、その用心にって」
「は、はい」
曹長がそう言葉を続けてきたから、アタシは頷く。
「で、我らが主計長には、艦内環境監視装置をつかって全乗員の心身健常度チェックをすぐに実行するよう指示を続けた」
「そうですね。でも、それは『変』なことなんですか?」
一本、二本と、曹長が指を立ててみせるけど、その果てに言わんとしているだろう事がアタシにはまだわからない。
ナルフィールドというのは、裏宇宙航法――常軌機関を搭載している戦闘航宙艦がもちいる最も堅固なバリアー。
より正確に言うなら、光の速さを超えるため、裏宇宙に跳び込む航宙船が周囲に張りめぐらせる常空間/裏宇宙間の圏界面――保護膜であり次元断層でもあるものを自艦防御に応用したもの。
具体的には、裏宇宙に遷移するまでには至らない弱い『狂度』で常軌機関を作動させ、自艦を半分だけ常空間から切り離すことで、外部からの影響を一切シャットアウトするものだ。
事実上、無敵の楯と言っても良いが、裏宇宙航法のいわば亜種であるから、遷移の時と同様、乗員に(悪)影響をおよぼしてもしまう。
故に、その使用は交戦時――他に取り得る手段がない場合に限る、いわば最後の手段とされていて、可能な限り、その展張時には乗員心身の健常度合いを高く保っておく必要アリとされるもの、だそうだった。
詳しいでしょ?
何故なんだって、そりゃ当然、〈A・B・C〉プロトコルの第七階梯者なアタシ――そのせいで人生初体験の遷移時にひどい目にあったアタシとしては、それ関連の事どもには敏感にならざるを得ないじゃない。
だから、〈砂痒〉星系に至るまでの道中で、中尉殿からひとくさり受けた説明を一言一句もらさぬレベルで記憶してるのよ。
と、まぁ、それはさておき、
「うんにゃあ。それだけだったら、別に『変』じゃあないよ」
アタシの問いに、曹長は頭を振った。
「アタシが気になったのはその次――副長と情務長にむかって艦長が、しばらくの間、ただ見てろって言ったこと。
「確かに現状、いろいろイレギュラーな要素は多いけど、でも、基本的に戦闘航宙艦の星系主権領域進入なんてのは面倒くささはあっても、つまるところ只のルーチン作業にすぎないんだわ。それをどうして、序列二位の指揮官と情報分析担当者が、ことさら見物してなきゃなんないの?」
万が一の用心にしたって、そこまでする必要性も必然性も無いじゃんか――そう返されて、アタシはパチパチ目を瞬いた。
(確かに……)
あらためて指摘をされれば、確かに、そう。
曹長の懸念にも一理ある――そう思って、アタシは艦橋内部でのやりとりを逆再生させてみた。
そしたら、
「ホントだ……」
言ってる言ってる。
曹長の指摘通りに子供艦長がそのまンまなセリフをだらららら~~ッと垂れ流してた。
曹長の言うとおり、送られてくるデータの状態をTXTオンリーにあらかじめ設定しといて良かった。
標準のままで、この一部始終を聞いていたら、きっと恐怖で震えあがってたと思う。
いや、空気読めないってか、ホントにこういう人いるんだね。
いくら実績があるっていっても、あの副長サンの前なんだよ?
勇気(蛮勇?)があるのかそれとも周囲が見えていないのか。
役職上、仕方ないけど心の底から中尉殿が気の毒でならない。
だって、音声だけでも艦橋内の空気の悪さが想像できるもん。
それで、つい、
「どうして、こんなこと言うんだろ……」
そんな呟きを口からこぼしちゃったんだ。
そしたら、
「だろ?」と御宅曹長の巻きな同意。
『こんなこと』で指し示した対象が、曹長とアタシじゃ、多分ちがってるんじゃないかと思うけれども、ま、いっか。
お互いの席のコンソール、それぞれが開いてた作業画面をのぞきこみながら、〈纏輪機〉の画面越しに曹長とアタシはうなずき合ったんだった。
そうして次には溜息も……。
といったところで、
遅まきながら説明すれば、現在、アタシたち二人は戦闘詳報の作成作業中。
戦闘詳報というのは、戦闘部隊が作戦行動や戦闘行為をおこなった後、その部隊が自分の所属している司令部に提出することとなる報告書のことね、ウン。
これによって司令部を構成する将官たちが現場の状況を知り、また、戦訓を得ることを目的としてる報告書なんだそう。
たとえば一個の戦闘に、勝ったにしても負けたにしても、或いは艦乗員の総員に呼集がかかった事象で、結果的に変事がおきても逆に何事もなくっても、振り返り、見直す作業は必要だからね。
そうした情報を宇宙軍全体に行き渡らせて、将来に備え、情報共有をはかるためのデータベースを構築しておく――その一環と思えば有益だろうと思うわよ。
そんなデータベースの基たる戦闘詳報作成の作業を担当するのは主計科で、これは兵科と異なり直接に戦闘行為に参加をしないためなんだって。
で、
中尉殿を除く、科室に詰めてる御宅曹長と、それからアタシの二人とで、艦橋をはじめ、艦内各所からデータ回線を通じて送られてくるフネの一挙一動を文字起こしして書類にまとめる作業中なワケなんだ。




