71.〈砂痒〉星系外縁部―9『防空識別圏―4』
「ちょっとジェーン!――ジェーンったら!」
稲村船務長へ向けての呼びかけにはじまる村雨艦長の口撃は凄まじかった。
なにしろ息継ぎをまったくしないのである。
小ッさな身体のくせして、その肺活量は一体ナニ? と唖然とするしかないレベルで言葉を吐き出しまくるのだ。
しかも、口の回り具合がまた尋常ではない。
正真正銘、矢継ぎ早やの指示。
超・早口で、単語どころか音と音とが繋がって聞こえる、ほとんど回転式機銃掃射の連射音なのである。
文字通り、言葉の破砕射撃で居並ぶ部下をめった打ちに打ち据えまくり続けているのであった。
そんな調子で意味ある指示と、時宜わきまえぬ戯れ言どもが、玉石混淆にないまぜにされ、まくしたてられるのだから、聞く側はまったく堪ったものではない。
立て板に水というか、滝行よろしく瀑布の直下に立たされているようなものだ。
口調の伝法なことは言うに及ばず、宇宙軍の文法に悖るその内容を聞き取るだけで精一杯で、到底ツッコミをいれるまでには至れない。
とてもではないが、そこまでの余裕などもちようがなかった。
一聴にて、「はい、わかりました」と頷くどころか、声をひろって言葉の意味を解釈するのが限界で、際限なく押し寄せてくる言葉の津波、指示らしきものの濁流に、溺れないようするのがやっとな有り様なのだった。
その実相を当初から再現すれば、それはこういうことになる。
「ちょっとジェーン!――ジェーンったら!」
両手をブンブン振りまわし、村雨艦長はわめいた。
「おいおいおいコラ。このフネで一番エラい艦長さまが呼んでるんだぞぉ。――聞こえてンだろ? 部下のくせして無視してンじゃねーわよ、おい、稲村ジェーン!」
繰り返し呼びかけてみても、いっかな応答をかえさない部下にイラついたのか、フルネームだろう名前を語気を強めて口にする。
ちなみに稲村船務長の本名は、稲村泉。
村雨艦長がしつこく繰り返している、いかにも混淆名な稲村ジェーンなどではけして無い。
そうではなくて、『ジェーン』というのは、航宙船関連情報の調査・出版を生業とする、とある星間国家が本拠の企業の社名、また、そこが刊行している情報誌の誌名であった。
軍用のそれを中心として、〈ホロカ=ウェル〉銀河系内を航行している(或いは、していた)古今東西、国籍数多、大小様々、用途多様な、およそありとあらゆる航宙船を網羅した宙軍年鑑の誌名なのである。
一民間企業の刊行物ではあるが、こと、そのジャンルにおいては最も権威あるものと見なされていて、〈ホロカ=ウェル〉銀河系内にある諸国、また、宇宙軍が、ほとんど公式資料として採用している程のものなのだ。
決して安くはない……どころか、官公庁や企業が予算を計上するのでなければ、目が飛び出るほどに高価なその年鑑を稲村船務長は、自分の俸給の大部を割いて個人で購入しつづけていた。
だから、渾名が稲村ジェーン。
要するに、稲村船務長は、きわめて重度の航宙艦好き――趣味が高じて宇宙軍の軍人、それも志願して士官にまでなったと噂されるレベルのマニアだったのである。
とまれ、
「〈砂痒〉星系の機雷堰って、〈LEGIS〉のヴァージョンはいくつなの? 確か最新版のⅣβ版がリリースされたって小耳にはさんじゃいるけど、もうそれにアップデートをされてンの? それとも、まぁだ? どーなの? どーなの? 毎年毎年、何が楽しいンだか、薄給はたいて借金しょって、飯やら服やらガマンしてまで宙軍年鑑購入している変人だから、当然、チェックしてンでしょ~? ほらほら答えて。とっとと蘊蓄たれちゃって。時は金なり、餅は糧なり。情報はナマモノ、鮮度が命。命短し襷に長し。ちょうど時間となりましたぁ。さぁさぁ答えて。さぁさぁさぁ……!」
「埴生航法長、大庭機関長コンビは、艦位反転のち減速噴射の準備を急ぐ。減速にともなう予定針路の変更はナシ。噴射強度は、次回予定分の実行を前倒しするものとして手配。――準備できたらすぐ実行よ。全乗員向け艦内告知はもちろんのこと、近距離系通信と、それから艦外皮信号灯つかって近傍空間作業者向けの回頭予告の発報もちゃんとやってね。理由はわざわざ言わなくたって、賢いあんたたちにはわかるよね?――ナニ? わかんない? へぇ~~ほぉ~~ふぅ~~~ん。ンな程度なのに、このフネ乗り組みの誰もを不快全開でのたうちまわらせたあんな遷移法を自慢しいしいでやらかしちゃったんだ、そ~なんだ。そんじゃ、宇宙軍の偉いサン連中にもその努力と功績の程を知らしめなきゃね。あんたら二人は、新機軸とやらの遷移法をレポートにまとめて提出なさい。アタクシ様がそれを軍令部技術院宛てで出したげるから。提出期限は、この作戦行動が完了するまで。レポートのタイトルは……、そうね、『星間空間における超光速移動についての新機軸考察および技術手引き書・草案』とでもしときましょうか。キリキリ気張ってまとめなさいよ。イッヒッヒ……」
「飛行長、艦尾電磁射出機を起動準備して。急ぎも急ぎ、大急ぎでね。ただし、使用は架台のみ。射出軌条、また撃発回路への充通電はナシ。機動浮標三基をアクセスポイント設定にて遠心分離放出する。――放出方向は本艦進行方向。時期は本艦回頭開始後、放出最適解に即して随時。はぶちゃん、おばちゃんとタイミング合わせてしっかりやってねン♪ と、急なはなしでそのうえ急ぎでやってほしいから、アンタってよりかは、アンタの部下たちには、ちと申し訳ないとは思うけどもサ。ま、取り扱う相手は機械。――飛行二科がいつもやってるあのクソデブどもを送り出すよっか、気も楽だしょ? なにせ穢くないし、チョ~臭くもない。手に脂だってつかないし、なにより放り出したらそれきりで、お出迎えする必要もないんだからサ♡ だから、とにかく納期は必達ね?」
「砲雷長、非在場発生装置の今の状態は? うんうん。ちゃんと暖機を維持してンのね。よしよし、さすがやればできる子、たいへんよろしい。そのまま即時展張待機状態を続けとくのよ。すぐに使うことになるからね。――え? ホントですかって? なにそれアンタ。あのね、これからウチらは索敵機雷からの私刑をくぐり抜けてくことになるのよ、わかってる? アタクシ様の見立てによると、まぢで攻撃しかけてくるヤツがいるだろうから、気を抜いてたら一撃でOUT。――一巻の終わりとなっちまうから夜露死苦ね? 本艦の安危、アタシらの生命、ひいては我らが祖国の命運さえもが、あんたの肩にかかってンだから、ゆめゆめヘマしでかさないよ~にして? にしてもさ、あぁ~~ん、機雷堰ふたつか三つ分の機雷からなる砲列にオマケが付くって、一体どンくらいの迫力なのかねぇ。ホント長生きはするもんだって、なんかこう、オラ、わくわくすンぞ♡」
「主計長は、艦内環境監視装置で全乗員の心身健常度チェックをただちに実行すぐやって。――今のはなしに聞き耳はたててた? 理解済み? だったらオッケー。それでヨシ。ナルフィールドを張りめぐらせることになるからね、その用心に事前に対策しときたいのよ。Are You OK? ンだからアタクシ様が総員戦闘配置を下知したってのに、まぁだグースカやってる不届き者がいたらば問答無用で叩き起こして喝いれて……と、もといもとい、ついつい本音が、アッハッハ……。あ~あ~、そうじゃあなくってネ? まぁ、イクミンが妬ましいようなら、キッツい目覚ましかましていいけどアタクシ様は止めないけどね、いずれにしてもそうじゃあなくって、現在時点での心身健常値を全員分あたって把握して?――それがイクミンへの指示、ヤることね。でもって、もし、基準値を割り込んでる娘がいたら、可能な範囲で戦闘配置からハネといて。あ~、指揮系統? 自分にそんな権限ありませんって? いやいや頭固いな~。あんた医者でしょ? 未病も病――ゴネるヤツには、半病人はおとなしく居眠りでもしてろと言っときなさい」
「難波ちゃん、羽立情務長には、テストをします。正解できなかったら、キッツい×を喰らわします。とは言え心配いらない無問題。簡単お手軽気休め程度の軽ぅ~~い実力テストみたいなもんだから♡ 我が国宇宙軍きっての英才俊英のあんたらだったら出来て当然、出来なきゃオカシイ。だから出来なきゃキッツい×ゲーム、ってね♪ 二人もペナルティがあった方が張り合いあるだしょ? ウンウンそうよねそうだよね。アタクシ様も、これ終わったら久方ぶりに甘味喰い放題だって思うとヤル気モリモリ元気ミナギルって感じだもん♡……って、アレレ? アタクシ様にはご褒美なのに、あんたら二人のほうはお目玉なのか。んん~~、それって何か不公平かなぁ。どうなんだろう……。なぁんて、ンな事ぁど~でもいいけどねぃ。――てなワケだから、はだっちゃん、敵味方識別の認証手順はもう完了した? あ、まだ終わってない。あ、そぉ。トロいな。え? 向こうさんからの応答信号待ちなの? ふ~ん、了解。じゃ、手順が完了したらば、その旨、はぶちゃんに教えたげるんだよ。そしたら状況開始だからね、ハイ、手を動かして。――と、もちろん最後は難波ちゃんだってば、お待ちかね♡ ハブったりなんかしやしないから、そんな寂しそ~な顔はしないのよ。あんたは本艦No.2だから、下の連中の取りまとめをキチンとこなしなさいね? いくら頼りがいがあるからって一から十までアタクシ様を当てにはしないの。たまには上司を敬って、ゆっくり休ませたげようとか心配りをするのが今よ、今なの。世間様でも、『親孝行したい時には親はナシ』って言われてるでしょ? ここを先途と頑張りなさい。――と、ここまで言えばわかったろうけど、難波ちゃん、はだっちゃんの二人は、これからしばらく観戦武官ね。課業のかたわら、アタクシ様のカッコイイところを見てなさい。事後に講評を聞くから、それがあんた達へのテストよ、しっかりね」云々かんぬん、etc.
……。
…………。
……さすがに狩屋飛行長も後藤主計長も、心の底から後悔した。
自分の名前を呼ばれた科長が、都度ビクッと身体を痙攣させるのを見て、その度に公開懺悔か、いっそ土下座で詫びたくなった。
(クスリが効きすぎた。ってか、ナニこれ? ほとんど覚醒剤なみのはっちゃけ振りじゃない)
予想していた以上の村雨艦長の頑張り(?)に、その仕掛け人として、二人ながらに頭を抱えることになったのだった。
「うぅ……」
誰かが呻く。
昂奮しきったきいろい声が、キンキン響いて鼓膜――脳に突き刺さり、修辞的表現でなく、聞く者皆に頭痛を生じせしめて参らせている。
誰もが、(助けて……)、(もう勘弁して……)と思っている。
艦橋内部は、いつ終わるとも知れず村雨艦長が垂れ流しまくる言葉の羅列でパンパンに満たされ、全員、その膨大な量と勢いに圧倒されて、今にも溺死しそうな顔になっていた。
頼りの難波副長は……、表現はともかく、内容が(一応)真っ当なので、口こそへの字に結びはしたものの、村雨艦長にキレることなくこめかみをヒクつかせながらも黙認している。
コマンドスタッフたちは皆、誰もが担任している科の長として、上官の指示を実行するのに注力し、ただただ今を耐え忍ぶしかなかった。
そうして、
艦橋内でただひとり上機嫌でいる村雨艦長は、手をパンパンと打ち鳴らすと、
「ハイハイみんな、それじゃあお仕事がんばろ~~!」
これ以上ないニコニコ顔で声高らかに宣言し、部下たちへの指示を(やっと)終えたのであった。




