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70.〈砂痒〉星系外縁部―8『防空識別圏―3』

 接近中の〈コールバード〉各機が〈あやせ〉に対し、船籍要求――身元確認の問い合わせをしてきている。

「情務長、主電算機より演算区画および記憶区画を三ブロック、これよりセパレート作業を開始します。現在、分割処理中……。作業完了まで、あと四〇秒(よんまる)

 間髪入れず、そう告げてくる稲村船務長に短く(?)「了解」と応えると、羽立情務長はコンソールの上で(せわ)しなく手指をはしらせた。

「ぜ全受信装、置、ささ作動状態はグ、リーン。――(チェ)(ック)()()()()()()(アナ)(ライ)(ザー)こ構成変更スタン、バイOK。――チェック。機能ぞ増強部分は(バック)(アップ)にてせせ接続運用。――チェック。電子戦準、備。(ウィ)(ルス)妨害(ジャミング)防御(プロテクト)()()()()、すすすべて良し。――チェック」

 八八式()()()()()()()端末機が視界の中に映しだすデータを読み取りながら、対応状況を口にする。

 箇条書き的に羅列してゆく内容のうち、敵性の航宙船が接近しつつあるのならばともかく、味方の機雷が相手であるのに、まず必要ないだろう電子戦における攻勢準備まで整えているあたりが羽立情務長らしいといえば羽立情務長らしい。

 慎重、懐疑的、完璧主義……、自他がくだす評価は種々あるが、なんでも、『こんな事もあろうかと』という言葉が彼女の座右の銘であるらしいから、性格というより何か職業的なこだわりの類なのかも知れない。

 そして、

()()!」

 一方、難波副長もまた、稲村船務長が接近中の索敵機雷から自船に対し、船籍要求信号を送ってきていることを告げるのと同時に村雨艦長に声をかけている。

「ただちに総員戦闘配置発令を願います!」

 瞳の中に、『この段階でおちゃらけやがったら、只ではおかない』――言葉よりも雄弁な意志を(らん)(らん)(たた)え、目を開けたまま寝てるんじゃないかと疑うくらい存在感を薄くしている上官を〈纏輪機〉越しに眼差(まなざ)した。

 声量を大に叫んだのではない。

 しかし、声の響きに鞭打つ鋭さ……と言うより、もはや殺意がこめられていた。

 声音はまるで刃物のようで……、しかし、まことに残念ながら、その()()によってシャンと居住まいをただしたのは村雨艦長でなく他の人間――現状、艦橋内で特段仕事の無い狩屋飛行長、後藤主計長の二人であった。

(まずい……)

 期せずしてほぼ同時に二人はそう思っていた。

 なんなら背筋に冷たいものがはしるのを憶えた――そう言ってもいい。

 そして、それぞれがそれぞれにチラリと目をやった先――〈纏輪機〉画面のその中で、まるで呆けたかの如く、ひたすら、ぼ~~っとしている村雨艦長の姿を確認し、二人ながらにいよよ危機感を強くする。

 嘘か芝居か(狩屋飛行長も後藤主計長も、本当に()だとは思ってもいない)、村雨艦長の妖精のように整った顔に浮かんでいるのは能面の無表情さで、その生気の無さは、まんま生き人形のそれである。

 口もとが微かに動いていたから、()()()の感度を最高に上げ、スピーカーの音量もさりげなく上げして、耳をすませば、「おなかへったおなかへったおなかへったおなか……」と際限なしに繰り返されている呟き声が伝わってくる。

……過日の会議の席上で、難波副長が激怒した一件以来、酒保や食品庫まわりの警備(ガード)が艦内最奥部に秘められてある機密情報保管庫並みに厳しくなった。

 あらかじめ乗員個人に割り当てられてある分量以外、つまみ食いが事実上不可能となって、銀蠅常習者ほどダメージが大きいこととなっていたのだ。

 村雨艦長の現状は、つまりはそれが、如実にかたちとなったものなのだった。

(このフネの最高責任者のくせして、一体どンだけ犯罪(ちょろまか)してたのよ……)

 自業自得だ、ざまぁみろ。

 そうも思いはするのだが、このまま放置はヤバすぎる。

 現在、〈あやせ〉の指揮権は、なし崩し的、成り行き的にだが、難波副長が握っている。

 いや、まぁ、実質これまでずっとそんな具合ではあったから、今更なにがどう変わった訳でもないのだが、ここで問題(?)になるのが、難波副長の規則遵守に厳しい姿勢であった。

 一見して明らかなかたちで上官が使い物にならない状態にあるのだから、その上官当人のお墨付きをもらっている事でもあるし、指揮采配は難波副長の思うがままにすればよい。

 誰も文句は言わないし、多分はそうした方が万事がウマくいく筈、なのに……、

 難波副長はそうしようとしない。

 あくまで自分は黒子にとどまり、どこまでも副長として裏方に徹しようとする。

 おそらくはそれは、指揮官としての責任を負いたくない等の(きょ)(うだ)からくる理由ではなく、フネに乗り組んでいる兵のため。

 士官以上の()()の事情を知悉(ちしつ)している者ならともかく、そうでない一般の兵たちが不安に感じたりすることが無いよう、自艦の指揮、命令系統は盤石なのだと、事あるごとに示そうとしての事だろう。

 主役をはるのはマリオネットな人形芝居よろしく、村雨艦長をとにかく表舞台に立たせよう、演技をさせようと、だから、難波副長は頑張っているのに違いないのだ。

(いや、でも、艦長がこのザマとあっては、さすがに今回はムリじゃね?)

 他人事、と言ってしまうと語弊があるが、それでも村雨艦長との関係にはワンクッションある科長の狩屋飛行長、後藤主計長などは、まだしも冷静な目でそう考えてしまう。

(そもそも、艦長の(うつ)け者ぶりはフェイクじゃないかって説もあるしなぁ……)

 出所は主に難波副長だったが、そして、狩屋飛行長や後藤主計長を含む部下の過半は、さすがに過大評価がすぎるのでは? と思っていたが、ともあれ、それも問題だった。

 チャンス(?)があれば、事の真偽を難波副長は確かめようとするに違いないからだ。

 もたらされるものは阿鼻叫喚。

 悪口雑言、罵詈讒謗(ばりざんぼう)の飛び交う混沌の(ちまた)。カオスである。

〈纏輪機〉越しに、ふたたび目と目を交わした狩屋飛行長と後藤主計長は、互いにウン、とうなずき合った。

 今にも『総員戦闘配置』が発令されかねない状況。

 そこにくだらないゴタゴタを勃発させる愚などは絶対避けなければならないし、比較的手すきと言うだけの理由で、自分たちにその調停のお鉢がまわってくる事などは断固として拒否しなければならなかった。

 そのために……、

 科長ふたりは、ほとんど同時に〈纏輪機〉の通話設定を一対一の秘話に切り替えた。

 唾を飲み、んんッと咳払いして、いつしか干上がり強張っていた喉を整えると、まずは狩屋飛行長が口をひらいた。

「そ、そうだ、主計長と約束していた次の休み時間、いっしょにケーキバイキングに行こうって件なんだけど、二人だとイマイチ盛り上がらないだろうから、他にも誰か誘わないか?」

 喉にからんだ、すこし掠れて引き()れた声。現状を思えば、それを今言う? な話題を口にした。

「え、ええ。いいわね。都合(ローテーション)の合う人がいたら、ぜひ声をかけましょ。そ、それと、実は私、()()()()分のお菓子を食べきれてないので、欲しい人にお裾分けしようかと思ってるの。飛行長、誰か心当たりはない?」

 狩屋飛行長も多分にそうだったが、後藤主計長もまた、大根役者もいいところな棒読み口調でそれに応じる。

「ああ、だったら、やっぱり常日頃からの感謝と敬意をこめて、まずは艦長にお声をかけてみるべきかな」

「そうね。艦長が甘いモノをお好きかどうかもわからないし、そもそも間食をされるのかについても不明だけれど、そうすべきだよね」

 誰が聞いても、わざとらしいとしか取らないだろう不自然さ大爆発な掛け合い。

 アドリブなのは間違いないが、演技の程度を除けばそれは見事な小芝居だった。

「まぁ、それも、この状況(ピンチ)が片付かないことには動きようがないんだけどね……」

 最後にもらした溜息までがワンセット。

 途端――

 ウ~ガ、ウ~ガ……! と、緊急事態発生(エマージェンシー)を告げる警報音が艦内各処に響きわたった。

総員傾注(アテンション)! 総員傾注! 現刻をもって本艦は交戦状態に突入せり! 総員第一種戦闘配置につけ! 敵は索敵機雷より成る機雷堰複数!――繰り返す! 現刻をもって……」

 これまでおよそ耳にしたこともない激しさで、()()()()()声が、そう告げた。

 声が黄色いのだけはいつも通りの仕様だが、口調、声音はまさしくまごう事なき指揮官のそれ。――常々、難波副長が、心中に斯くあるべしと考えている(であろう)艦長像にピッタリ適合するものな筈だった。

 まぁ、

 キュウゥ~~、クルクルクルクル……。

 腹の虫がたてるのによく似た、もの悲しい音がそこに混じっていなければ。

 そして、

「索敵機雷がなんぼのモンじゃい! たとえ幾万ありとても、ブリキ細工のオモチャの群など相手になるか! 向かってくるならアタクシ様が一基のこらず()()()()やるわさ!」

 余計な一言に加え、「ぅわははははは……ッ!」と、どこか(たが)がはずれたような高笑いが聞こえてきたりしなければ、ではあったが。

 なにはともあれ、狩屋飛行長、後藤主計長の二人は、そっと……、そして、深々と息をつく。肩の力を抜くと、ほんの少し脱力して、それから、目と目をかわし、(他の人間には気取られないレベルで)ニッとわらいあった。

 ()()()()()()()()、秘話状態での自分たちの会話を村雨艦長は盗み聞きしていた。

〈纏輪機〉設定の裏をかき、内緒話を盗聴するための手口こそわからないものの、とにかく、一見、茫然自失しているようでありながら、それでもご町内のスピーカーおばさんよろしく、艦内のゴシップに目を光らせ、()()()のプライバシーに聞き耳をたてることはやめていなかったのだ。

 それ故、その何がしかの手段でもって、部下ふたりが〈纏輪機〉の通話モードを変更したのを察知し、そこでかわされるであろう会話に注目していたにちがいない。

 二度も転生を経験している年()りた〈リピーター〉だし、本人には責任の無い事故の結果らしいから仕方はないが、外見幼女、中身老女(?)な、まったくもって迷惑きわまりないおばちゃんである。

 が、

 まぁ、いずれにしてもウマくいった。

 なにより素晴らしいのは、『正しい』宇宙軍士官たる難波副長には、艦長のこの豹変の理由が(まず確実に)わからないだろう点だ。

 狩屋飛行長、後藤主計長が、一時的にであれ〈纏輪機〉の通話設定を一対一の秘話に変更したことには難波副長も気がついたかも知れない。しかし、その部下たちの会話を村雨艦長が盗み聞きしていたなどとは、まさかに想像できない筈である。

 唐突に発揮してみせたやる気と、それまでの怠惰ぶり。

 科長ふたりにとっては、前者がなにより大事なのであって、事後に村雨艦長が難波副長から怠惰を責められ、いかな(せっ)(かん)その他を受けようと、それは関知するところではなかった。

 まぁ……、

 不可能任務(ミラクル)をなんとかキめはしたものの、猛烈に張り切りだした村雨艦長の発する(ハッスル?)怒濤どとう(ラッ)(シュ)の勢いにおされ、ホッと安堵する贅沢などは、ついぞ味わうことも出来なかったのではあるが。

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