58.超光速航行―11『遷移―6』
「ゆ、幽霊……? あ、アタシが……幽霊……?」
アタシがショックを受けるのと、
「曹長ッ!」
中尉殿が叱声をあげたのがほぼ同時。
「はい。部下に対する配慮が足りませんでした。申し訳ありませんが、説明の続きは中尉殿、お願いします」
そして、神妙な口調で曹長が謝罪するくだりまでがワンセットだった。
真っ暗闇の中での一幕だったけど、流れるような展開の末に一件落着(笑
「まったく……」
中尉殿が苦笑する。
多分は間髪入れずに曹長が謝罪した――そのことで曹長の発言の意図を察したんだろう。
言わなきゃいけない、でも言いづらい――それを自分に代わって口にしてくれたのだ、と。
魂(?)が半分くらい抜けかかっていたけど、今のアタシには、そうだと推察可能だった。
「まったく……。そんな風に変に気をまわして自分から憎まれ役をかってでなくてもいいの。そういうのは科長の役目なんだから」
礼のように、たしなめるようにそう言うと、アタシとの間の手を一旦ほどき、あらためて繋ぎなおしてきた――曹長と同じく恋人つなぎで。
二度目、ふたり目だけれど、でもって女同士だけれど、やっぱりチョッと(?)ドキッとしちゃう。
「深雪ちゃん」
中尉殿がアタシの名前を口にした。
深くて落ち着いた、情感のこもった声。
それは、演出なんだろうけど、それでも信頼できる感じでほっとする。
「本来、言うまでもないことだと思う。でも、不安でしょうからハッキリ言っておくわね?
「深雪ちゃんはちゃんと生きている。死んでなんかいないし、ここは死後の世界でもない。もちろん、幽霊になどなってはいないわ。その点は断言するし、私が保証する――いい?」
「は、はい」
「ウン。……では、どうして御宅曹長があんな物言いをしたのか。それについてをこれから話すわね」
「はい」
「曹長は宇宙連続体――無限数の宇宙を束ねた階層構造の、その宇宙と宇宙の境目がズブズブだと言った。そして、〈A・B・C〉プロトコルによる導通度区分――その数値が良好な者は、裏宇宙の、より深みへと引っ張られやすいとも」
はい。そうですそうです。曹長は確かにそう言いました。
そして、だからアタシが半分にせよ幽霊みたいになってたって。
そのふたつの関連づけが、よくわからないけど……。
いや……、
いや、ここは正直に言わないとダメか。
わかりたくない。
その関連性がわかってしまうと、恐怖でこころが壊れそうになってしまうだろうから、だから、アタシはすぐそこにある『真実』から目をそらし、必死でわからないフリをしてる。
望めばすぐ目の前に転がってくる答に気がついてないフリをしてるんだ。
でも……、
ずっとこのまま自分で自分を騙しつづけることも出来ない。
だったら中尉殿や曹長――信頼できるひとたちのサポートが期待できるこの機会を逃さず、問題点は把握しておくべきだよね。
アタシはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ひとつの恒星系から別の恒星系へ、数百、数千光年単位の隔たりを人間の生理時間から乖離させることなく渡っていく手段が超光速航行技術。そして、その一つである裏宇宙航法が根幹となしている理論こそ〈授学〉。
「その〈授学〉が告げるところによると、私たちが住まう常空間、更には常空間をも包含する宇宙連続体は、超・存在――言うなら、〈神〉がみている〈夢〉だとされているわ」
アタシの覚悟、というか内心の葛藤を察したか、一拍おいてから中尉殿はふたたび切り出した。
「こうした考察――宇宙観は、『世界』がいまだ単一の惑星と同義であった往古より、創世神話として語られてきたものだから、そう目新しいものだというワケでもない。
「だから、〈授学〉がそれらと一線を画しているのは、『世界』に対する考察――宇宙観を実際に証明してのけたその一点。
「〈授学〉を基本理論として実用化された裏宇宙航法によって、私たちが住まうこの宇宙――常空間の裏側に、巨大かつ摩訶不思議な超・領域が存在していることを立証したことよ」
中尉殿は言った。
「この宇宙――宇宙連続体は〈神〉がみている〈夢〉
「そして、夢は眠っている時にみるものだから、であれば、私たち人間の睡眠に浅い、深いがあるように、〈神〉にもそれがあるのではないか。睡眠のレベルに連動するかたちで夢にも深度があるのではないか。だから、宇宙は私たちが住まう常空間単独ではなく垂直方向に無限数存在していて、それらが連続体、階層構造をなしているのではないか云々云々。
「――という具合に、〈神〉がみている〈夢〉についてを〈授学〉は考察していた。
「常空間の裏側――裏宇宙へ入って、そこにひろがる連続体の階層を下へ下へと降りていくと、それに連動するかたちで光速度もしだいに上昇していく。
「光速度とは、その宇宙を規定している定理――〈律〉に他ならない。それが変化していくということは、即ち、それぞれの深度に存在している別の宇宙は常空間とは異なる法則にて規定されているということ。そこでは私たち――常空間での〈律〉は通用しないということだわ。
「その例証のひとつが、遷移途中は一切の外部の観察行為が不可能となること。私たち航宙船の乗員的には失見当識障害をおこすことね」
と、そこで、水が地面に染み込むのを待つように、今の自分の説明をアタシが咀嚼し、呑み込んでしまうだろうまでの間、中尉殿は一時中断してくれた。
そして再開。
「常空間の裏側には、常空間そのものを包含している宇宙連続体が隠れている。
「でも私たち、それから、もしかすると異なる階層に存在しているかも知れない知性体たちは、その実際を目にすることは無い――自分たちの世界の裏側に入り込む手段をもたない限りは」
アタシはごくりと唾を飲み込んだ。
中尉殿の説明を聞いていて、それで連想したのは舞台演劇のこと。
自分でも妙だとは思うけれども、プロとか玄人はだしの人たちがやる本格的かつ本番的なモノじゃない。ちいさな子供、あるいは予算がなくってプロジェクションマッピングとか背景、大道具の類が十分には用意できなかった素人演劇のことだった。
視覚的なイメージとしては、そこで使われる、たとえば書き割りが、いきなりバリバリと破れてそれまで背景として見ていた景色の向こう側から、なにやらおどろおどろしい異形の『真実』が姿をあらわすようなそんな情景。
高い予算や技術力を投じて上演される作品の演出でなく、いっそ安手のそれで起きてしまった事故の結果のようなハプニングだった。
そんなイメージでもって、裏宇宙航法によって光の速さを超越する――常空間から外へ跳び出すというのは、こういう事か、と、アタシはようやく納得した気になっていたのだった。
「〈授学〉の導きによって私たち――皇国、そして、その友邦は、光の速さを超越し、星々の隔たりを埋めて星間国家を実用的に営む術を得た。
「でも、それと同時に宇宙連続体――無限数の宇宙そのものである〈神〉の夢という底知れぬ深淵、恐怖とも対峙しなければならなくもなった。
「深雪ちゃん」
「は、はいッ」
ふいに名前を呼ばれて身体がピクンと跳ねる。
「さっき曹長が、宇宙連続体を構成している各宇宙の境は曖昧と言った。そして、私たちが見つけた時には深雪ちゃんが半分幽霊みたいになっていたとも」
「……はい」
「それはね、カテゴリー七者である深雪ちゃんが、その感度故、私や曹長――〈あやせ〉よりも深い階層へ沈みつつあったという意味合いなの。
「〈神〉の夢たる宇宙連続体の異形な構造に私たちのちっぽけな実存は素の状態では耐えられない。AIのように発狂してしまうか、艦載機搭乗員のように変態してしまうかの、いずれ『人間』ではなくなってしまう末路をたどることとなる。
「だから、その対策として〈A・B・C〉プロトコルや〈連帯機〉は生み出されたのだけれど、それでも十全というワケではなくて……」
ゴクリ……。
音、だったのだろうか、それとも空気?
いずれにしても、中尉殿が唾をのみこんでいるが伝わってきて、
「ハッキリ言うわね?〈あやせ〉が遷移を実行したのと同時に深雪ちゃんは行方不明になった。私たちの前から幻みたいに消えてしまったの。
「それは、私たちより深雪ちゃんのカテゴリー数値が高いから――平面座標は同じでも、垂直座標ではより深い場所まで潜ってしまった結果。
「だから、お互いにお互いが検知できなくなったし、こうして再会するのにも手間取ってしまった。
「宇宙連続体を構成している無限数の宇宙の、その境目は階層という言葉から想像するよりずっと柔らかい。いいえ、もしかすると大気圏や海水の温度みたいにそもそも明確な境目なんて無いのかも知れない。
「でも、それは全部いいわけ。私の失態だわ。謝ってすむ問題じゃないけど、ほんとに、ほんとにごめんなさい……!」
最後は、絞り出すようにして、そう言ってきたのだった。




