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34.恒星系離脱―3『ブリーフィング―3』

「やぁ、悪い悪いッ!」

 そう言いながら、艦橋に村雨艦長が入ってきた。

()()に寄ってたんだけど、おやつの調達に手間取っちゃってさぁ!」

 言葉とは裏腹、まったく悪いとは思ってもない口調でそう言いながら、艦橋最後部に設けられてある自分の席に腰をおろす。

 どれ見てもみんな美味しそうなんだもん。選ぶのに迷っても仕方ないよねぇ♪ と両手にギッシリ山盛りに抱えこんでいたお菓子を卓上に積み上げた。

(銀蠅……!?)

(銀蠅してて遅刻って、マヂかよ)

(うわ、最悪! ギンバイだよギンバイ)

 子供艦長の言葉にコマンドスタッフ達は一様に絶句し、心の中でそう叫ぶ。

――銀蠅。

 軍隊の(スラ)(ング)であるそれは、ほとんどの場合、食品泥棒、もしくは窃盗行為そのものを指し示す語だ。

 ハエが食べ物にたかる様子からきたとされるが、いやしくも艦のトップ自らがやることではない。普通(?)は下級の兵たちが犯す禁忌であり、紳士淑女であることを自らに課し、武士は食わねど高楊枝な士官の所業ではあり得ない。

 なにより軍隊としては例外的に将兵の生活環境の充実に熱心な大倭皇国連邦宇宙軍において、それはおよそ耳にされることもないほど(まれ)な犯罪であった。……と言うか、コマンドスタッフ達の誰ひとりとして、村雨艦長がまっとうな手段でお菓子を入手したとは思ってもないあたりが逆にすごい。

 とまれ、

「さぁて、それじゃあ、とっとと始めてちょうだいな!」

 部下たちのそうした思いもものかは、まったく気にした風も、ましてや反省の色など毛ほども見せず、村雨艦長はいけしゃあしゃあとそう言ったのだった。

 さっそく持ち込んだお菓子の袋をバリバリ破り、ムシャムシャばくばくやりはじめたのでもあろう――軍艦には似つかわしくない音が伝わってくる。

〈纏輪機〉画面の上にその姿は無い。

 そんな事はないと思いたいが、もしかすると制御卓そのものを起動させていないのか、ズラリと並ぶ同室者たちの画像の列にポッカリ空白ができていた。

 菓子袋が封を切られる音の回数、それから袋の中をまさぐっているのだろう音から察するに、とにかく食べることに忙しいらしい。

 なのに、『さぁさぁ早くぅ』などと進行を催促してくるのである。

 ほとんどこれからドラマを鑑賞しようという観客めいて、他人事風味な無責任さただよう態度なのだった。

「…………」

 あまりと言えば、あまりな成り行きに、たまらず、蹴る勢いで席から立った難波副長が、しかし、一言も発することなく再び着座する。

 その麗貌からは、まったきまでに感情が抜け落ち、怖いくらいの無表情となっていた。

 背後からの圧に思わず振り返り、こうした一部始終を目にする事となったコマンドスタッフ達の顔が一様に『うわぁ……』と数歩ひいたものになる。

 (しば)しの沈黙の後、食い縛るように引き結ばれていた難波副長の口がゆっくりと開いた。

「主計長」

 後藤主計長を指名した。

「は、はい!」

「酒保ならびに食品庫のセキュリティの見直しを至急お願いね。どうやら頭の黒いネズミが艦内に蔓延(はびこ)っているようだから。退治はひとまず後まわしだけれど、これ以上の被害は防ぎたい。

「在庫状況の見直しも忘れないように。なお不足が判明した場合、その全額は艦長の俸給から補填(ほてん)しておくこと」

「ちょ、ちょっと難波ちゃんッ!?」「了解しました」

 難波副長の指示に悲鳴と了解の声が交錯する。

「備品の棚卸し内容と消費財の使用経緯を全乗員分つき合わせた上で出た差異――特に使途不明かつ数量マイナス分については、最終的に本艦管理責任者たる艦長の落ち度となると考えます。悪しからず、ご了承ください」

 目を()き、抗議の声をあげる上官に、ふッと冷たく(わら)うと背後を振り向くことなく難波副長は押し切った。

 まぁ、自業自得なオチではあろう。

 余計な仕事を増やされた後藤主計長こそいい面の皮だが、これはもう必要な犠牲と諦めてもらうしかない。

 一件落着。

「では諸君。全員が揃ったことだし、これよりブリーフィングをはじめることとする。それぞれが担当するセクションについて、現時点での状況を各人から報告してほしい。

「まずは航法長、頼む」

 溜飲(りゅういん)が下がったか、表情をスッキリさせた難波副長だったが、そう言った直後に、何故だか眉をピクンとはねさせた。

 見れば、いつの間にやら〈纏輪機〉画面のなかに村雨艦長の姿が加わっている。

 難波副長がくだした(ジャ)(ッジ)に、かなりなダメージを受けていたものの、一応、会議に参加の意思はあるらしい。

 しかし、

 まだあどけなさの残るローティーンの幼女。

 天使のようでもあるその愛らしい顔を見て難波副長は、わずかに表情を渋くした。

 コンソール上に手指を滑らせ、なにやら操作をくわえる。

 すると、画面の中で『精神安定剤』と名付けられたフォルダが開き、内部にあった実行ファイルがRUNされ、副長席の〈纏輪機〉画面が変化した。

 自分自身を除くコマンドスタッフ達全員を映し出している画面の中で、村雨艦長だけ画像が変化したのだ。

 電子的に合成された架空の会議室――背景の無い部屋の中にはこのブリーフィングに参加している者すべての『像』がこちらを向いて並んでいる。

 その列の中央にたたずむ子供艦長の映像が、威風ただよう四〇代半ばと思しき女性士官のそれに切り替わったのだった。

 (ゆう)(よう)せまらぬ物腰で、端然とたたずむ女性士官。

 身なりがキチンと整った、ちゃんとした大人で艦長。

 士官の鑑のようとも思える女性のそれは映像だった。

 赤の他人の映像ではない……ようだ。

 どことなく、ではあるが、映しだされている人物をよくよく仔細に観察すると、村雨艦長の面影がある。

 より精確を期すなら、子供艦長が成長するとこうなるんだろうなという予感めいたものが見受けられるのだ。

 村雨艦長が〈リピーター〉だという事実から推測するなら、つまりはそれは、艦長の過去世――原初体(オリジナル)、もしくは()()当時の姿を記録した映像であるのに違いなかった。

 どういう経緯でかまではわからないが、難波副長は過去世の村雨艦長の個人画像を所蔵していた。そして、それを自分の精神の安定のため、〈纏輪機〉のディスプレイに映る現実の映像と差し替えた――そういうことであるらしい。

〈纏輪機〉で用いられている本人画像は厳密な意味では()()()ではない。

 あくまで実画像をベースにしたアバターなので、差し替えることも可能だ。

 本来は就寝、また入浴時点等での緊急通話や臨時会議にも身だしなみを気にせず即座に対応できるよう程度で実装された機能。

 だが、

 応用範囲は利用者しだいと言うか、映示させるアバターを自分のものだけでなく、他人のものまで差し替え出来るようになっているのは公式、と言うか、そもそもの開発者たちが意図したものではない。

 後から誰かが、教科書に載っている人物写真にイタズラ書きするのにも似た感じで追加されたツール――それが次第に広がり、今では非公認の機能となっている。

 一種の裏技なのだった。

 その裏技を難波副長は自分の精神の安定のため使った――そういう事であるらしい。

「どうして、この当時の艦長にあたらなかったんだろ……」

 難波副長の口から、ぽつりとそんな呟きが漏れる。

 そこはかとなく憧憬と哀愁が漂っていて、心の底からそう思っていることが察せられた。

 まぁ、言動が容姿と釣り合っていたのか否かまではわからないが、少なくとも、()()よりはまだマトモであった可能性が高い。なにしろ実績を評価されて〈リピーター〉に推されるくらいだったのだ。

 そして、実際、当時の村雨艦長が、外見通りの物腰の軍人であったとすれば、謹厳実直を地で行く難波副長とは実にウマが合ったに違いない。

「難波ちゃん、何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 一瞬もやすまず口と手を(せわ)しなく動かし、咀嚼音を周囲に振りまいているくせに、耳ざとく聞きつけたか村雨艦長が少しむくれた口調で訊いてくる。実に地獄耳である。

 いなすように答えはしたものの、〈纏輪機〉内の映像とスピーカーから流れ出る音声のギャップに難波副長は顔をしかめた。

 壮年の女性士官が、キャロリンパとした童女の声質で(しゃべ)っているのだ。なまじ差し替えた映像が音声と連動して動くよう〈纏輪機〉が自動的に()()()()するため、音声と映像が食い違いすぎていて違和感が半端なかった。

(音声データも、サンプリングするなりして改造が必要か……)

 そう思ったかどうかまでは知らないが、

「艦長、すこしのあいだ黙っててください」

 会議の席ではあるまじき要求を難波副長は上官に突きつけた。

「なんでよ~? 黙ってたら打ち合わせになンないじゃん」

「いいですから……!」

「え~~!?」

「そもそも口の中にものを詰め込んだまま、まともに話せるはずがないでしょう」

「できるよぉ。いつもやってんだから心配いらないって」

「心配などしておりません。意味不明な内容、かつ不明瞭な発音で部下たちを混乱させないでくださいと申し上げているだけです」

「アタクシ様はいつだって明瞭活発だよ?」

「それをおっしゃるなら(めい)(ろう)(かっ)(ぱつ)でしょう。そもそも用途も違ってますし、ほら、言ってるそばから不分明ではないですか」

「カッタいなぁ、もぉ! 身体はぷにぷにのくせに……。そんな()げ足取りばっかしてるとモテないわよ」

「大きなお世話です。それにセクハラ発言は慎んでください。だいたい――」

 と、

 しょうもない言い合いが、艦の最上級者ふたりの間で無駄にヒートアップしそうになった時、控えめな咳払いがそれを断ち切った。

「報告をはじめてもよろしいでしょうか?」

 難波副長が慌てて視線を転ずると、すこし多めの髪をふわりとミディアムにまとめた小柄な女性士官が〈纏輪機〉の中で微笑んでいた。

〈あやせ〉航法科の長、埴生大尉である。

 難波副長から指名され、口を開こうとした矢先に艦長と副長が()めだしたので、発言を控えていたのだ。

「あ、ああ。もちろんよ。はじめてちょうだい」

「ありがとうございます」

 一礼すると、埴生航法長は報告内容を口にしはじめた。

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