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33.恒星系離脱―2『ブリーフィング―2』

(Tプラス三〇〇、か)

 後藤主計長と話しを終えた難波副長は、ちらと時計を確認する。

――五分。

 本来、ブリーフィングが始まる筈だった刻限からの経過時間だ。

 三〇〇秒――まったく無為に五分もの時間がうしなわれたのだ。

 たった一人、決められた時間を守らない人間がいる事によって。

 一体どういう了見なのか。そもそも開催を決めた当人のクセに。

 宇宙軍伝統の『五分前行動』の正反対――遅刻も遅刻、大遅刻。

 しかも来ない。

 定刻を過ぎてもいっかな艦橋に来る気配すらない。

 難波副長は、胸の奥の方で溶岩のようなドロリと熱い感情がうごめくのを感じた。

 現在、フネは司令部からの命令に従い作戦行動地たる恒星系へと向かいつつある。

 任務にそなえ、補給の為に立ち寄った〈幌筵〉星系から離脱しつつある今――今こそが事実上最後となるフネの『今後』についてを話し合い、大方針を決定する機会なのだ。

 それなのに……。

 稲村船務長は、コールした後、当人の居場所を機械にあたったと言ったし、なんなら自分も自室を出る際、念のためと思って艦長の部屋に立ち寄ってみた。

 いなかった。

 部屋の中にまで入って確認したから居留守でないのは間違いない。

 という事は……?

 (たま)(たま)だとかは有り得ない。

 ブリーフィング間近なタイミングで、開催場所である艦橋以外の場所に行ったのだ。

 あきらかに狙いすましている。

 自分を含め各部門の責任者たちが一同に会する時間をチャンスととらえ、()()()()()()()()()()()がいないのを良い事に何か悪さをする気でいるに違いない。

(道理で自分から面()()()()()()事開催の事を言い出すはずだわ)

 見抜けなかったなんて……! と唇を噛む。

 が、反省や憤慨してばかりいても仕方ない。

 と言うか、後藤主計長から新人に関する報告を受けている間じゅう、難波副長は、その手を制御卓(コンソール)上ではしりまわらせていた。

 マルチタスクと言う程ではないかも知れないが、報告を受けるのと同時並行で、艦長の捜索を開始していたのだった。

 まずは艦内マップを卓上の奥、自動車のウィンドシールドよろしく机の端から端までいっぱいに立ちあがっているディスプレイ群に呼び出した。

 そして、思いつく限りの検索条件を入力し、機械に艦内のありとあらゆる場所を隈無く(スキ)(ャン)させていたのである。

 が、

 難波副長の指先が、テーブルトップ――タッチパネルをタン! とタップして、捜索命令を幾度RUNしても、それで得られる答は常に『該当ナシ(N/A)』だった。

(SEA)(RCH)(ING)』とマップの上に重ね書きされた文字が数秒の間チラついて、その後切り替わった表示は、指定された対象者を見つける事はできなかったというものばかりだったのだ。

『SEARCHING』→『N/A』――その繰り返しである。

 ピーッと小さく検索失敗のエラー音が鳴る度に、(表情や口調は変わらないものの)難波副長の背後になにやらどす黒いオーラのようなものが立ちのぼるようになったのは、だから、仕方ないと言えば仕方がなかったろう。

 要求された新人――田仲深雪一等兵に関する所感を伝え終えた後藤主計長が、

『私が直に接した時にも、不慣れな様子ではあったが、天球図の縮尺から本艦予定針路の総延長と所要時間を算出しようとしていたようだったし、利口な子でもあるようね。それならば大丈夫かな』

 大変だとは思うけれども、キチンと面倒をみてやってほしい――難波副長からそう(ねぎら)われ、無事解放された後で背中にびっしり汗をかいているのを自覚した程には空気が悪くなっていたのだった。

 今では思わしくなかった捜索結果を見た難波副長が(無意識に)ちいさく舌打ちする度、艦橋内部に在席している部下たちが、まるで(ムチ)打たれたかのようにビクッと身体を強張らせる――そんな状況になっていたのである。

(……どういうことなの?)

 難波副長は、この場の最上位者として、意識して(たい)(ぜん)としている風を装いながら首をひねっている。

 部下たちが自分の様子をそれとなくうかがっている事に気がつかないくらい激情に内面を支配されていたりするのだが。

 とまれ、

 難波副長がこれまでやった事――

 まずは普通に居場所の検索。

 これは、稲村船務長もやった事。

 トランスポンダ情報を利用しておこなう装着者個人の現在位置割り出しだ。

『該当ナシ』

 未装着だったら、これはむしろ当然か。

 外部に発信すべき生体情報がゼロであるため、自動で(スリ)(ープ)状態になっているのだろう。

 じゅうぶん予想の範疇(はんちゅう)だ。

 だから難波副長は二の手を打った。

 チョーカーからの情報を利用しないかたちの位置割り出しである。

 難波副長の手が、その(むね)の指示を与えると、〈あやせ〉の艦内マップ――いくつもの階層、区画に分割されている艦内のあちらこちらに光点多数が一斉にともる。

 現在、フネに乗り組んでいる全乗員の居場所をあらわす光点だ。

 その個人が所属している部門単位で色分けをおこない、フィルタにかけて、犯人(かんちょう)ではないと断言できるものから消していく。

 そうして被疑者の絞り込みを続けていけば、ついには目指す獲物をとらえることが出来るはず……だったのだ、が……、

「え……?」

 出てきた答に、意外と落胆の呟きをもらす結果となってしまった。

 光点がすべて消えていた。

 ひとつだけ――絶対にひとつだけは光点が残るはずなのに、全て消えてしまったのである。

 あり得ない結果に難波副長の目が見開かれ、唇がぽかんと少しひらいた。

 気を取りなおし、ふたたび手を動かしてタッチパネルの上をすべらせる。

 しかし、結果はおなじ。

 (あきら)めずに繰り返してみてもそれもまた……。

 難波副長は、その手を悔しさのかたちそのままに拳に固めた。

「あのく○ロリ婆ぁ……!」

 声量(ボリューム)こそ低いが、ついには声に出して(ののし)った。

 艦内各処に設置されてあるカメラが映した画像から、検索条件に合致する人物を捉えたものを抽出しようとして失敗し、

 どの部屋であっても入室する際には必須の認証行為――掌紋認証パッドの動作()履歴()から足跡を追おうとしてかなわなかった。

 まさかに、いつまでも通路をブラブラしているだけ、な筈もなく、しかし、そうでないなら、村雨艦長はこのフネの中にはいない事になる。

 ワケがわからなかった。

(……どういうことなの?)

 そう(うめ)くより他ないという手詰まり状態に追い詰められてしまったのだ。

 まさしく敵もさる者、引っ()くもの。

 遅刻の常習犯であり、規則は破るためにあるとうそぶく――ホントにそれで部下に範を垂れるべき指揮官か!? な傾奇(かぶき)者だけに、村雨艦長は対策をちゃんと(?)講じていたようなのだ。

(ホント、悪知恵だけは人百倍な……!)

 胸の中の()()()が更に温度を上げるがどうしようもない。

 艦内各処の監視装置を総動員し、名前やID、役職だけでなく、容姿の映像、録音してある声――思いつく限りの要素、項目を検索条件にぶち込み、〈あやせ〉艦内を隈無くあたった。

 それでも見つからないのだから、これ以上なにをどうすればいいと言うのか。

 いずれ何やら得体の知れない裏技でも使っているのだろうが、その手練(てれん)手管(てくだ)がなにか見当もつかない。

 こうしている間にも、貴重な時間は刻一刻と失われていっているのに……!

 仮にも国家英雄――〈リピーター〉なら、自分たち以上に真摯(しんし)に任務と相対し、国防最前線の場で常に刻苦勉励している様を部下に模範として示すべきではないのか……!

 握った拳の関節が、いや増す握力によって完全に血の気をうしない白くなる。

……仕方がない。

 これ以上の遅延は許容できない。

 艦長がブリーフィングをドタキャン……、もとい、不在状態がつづくなら、現時点での最上位者として、ここは自分が仕切らなければならない。

 艦内マップのみの表示にもどしたディスプレイを(にら)み、難波副長は高圧蒸気にも似た息をシュウと吐き出した。

 もう一度――今度は腹立たしさをムリに隠そうとはせず吐息(といき)をするとマイクを取った。

 フネのこれからについてを話し合うブリーフィングについては、もう自分が主導をすると腹をくくった。

 しかし、そうなるに至った件を()()()()にし、最終的に無かった事にされるようでは腹の虫がおさまらない。

 艦橋(こっち)はこっちでやらせてもらうが、悪さのやり逃げで落着するとは思わないことだ。

 ()くなる上は艦内一斉通達で、全乗員を(ハン)(ター)、そして、行方をくらましている(く○)(ガキ)を獲物に山狩り(?)をおこなってやる。

 電子的な(さじ)(ゅつ)は打ち破れなかったが、だったら人海戦術でそれを()し潰してやる!

 難波副長は、その為の(げき)をとばすべく、おおきく息を吸いこんだ。

(みごと(く○)(ガキ)をしとめた暁にはどうしてくれよう……)

 (くら)(しぎ)(ゃく)的な笑みを自分が浮かべていることになど気づきもしてない。

 そして、

 怜悧な顔を酷薄そうにゆがめながら、難波副長が声を発しようとした時だった。

『村雨艦長が入室されました』

 機械音声のアナウンスとともに、「やぁ、悪い悪いッ」とカルい口調で言いながら、遅れちゃった~♪ と、その場にいる全員が待ち()びていた当の人間が艦橋の中に入ってきたのだった。

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