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20.巡洋艦〈あやせ〉―10『オリエンテーション―4』

「一番上にタブレットが入れてあるでしょう?」

 ベッドスペースからスルリと抜けだし、今はタラップ脇に立つ中尉殿が、こちらに背中を向けた状態で声をかけてくる。

「はい」

「それは深雪ちゃんの専有物になるから、まずはユーザー登録をしてちょうだい。やり方は召集令状と同じでタッチパネルへの掌紋認証ね」

「わかりました」

 ベッドスペ-スの、ヘッドボードに当たるのだろうキャビネットに置かれてあった二つのバッグ――その内、表面に『衣囊(いのう)』と記されたバッグをアタシは覗きこんでいた。

 中尉殿のおっしゃる通り、中にギッシリと詰め込まれた物――衣服類の一番上にタブレットが一台かさねられている。

 それを取り出し、アタシをこんな所まで来させる契機となったレッドカードの受領――つい数日前の出来事を思い出しながら掌をタッチパネルに押しつけた。

 ピッとかるい電子音。

「それじゃあ次は、いま着ている服を下着までふくめて全部脱いで」

「え……?」

 電子音を耳にしたのか、中尉殿から間髪入れず指示がきた。

 その指示の、あまりのワケのわからなさにアタシは固まる。

 登録を済ませたタブレットをすぐ脇に置こうとした、その格好でピキッと硬直してしまった。

「ど……」/「念のために言っておくけど、今の言葉は決してセクハラなんかじゃないわよ?」

『どうしてですか?』――そう言い終えるより早く、中尉殿がアタシの疑念を否定してきた。

「詳しくは余裕が出来てからタブレット内の説明書を読んでもらうとして、要は、これから先、常時着用することとなる船内服は、軍支給品の下着をつけてることを前提に設計されているからセットで着替えてということなの」

「――わかりました」

 アタシは頷いた。

 どんなに妙なものであれ、納得できる理由があるなら従える。

 とりわけ、指示出しをした人が信頼するに足るなら(なお)のこと。

 なるほど、船内服を『設計』――衣服ではなく機械を製造するかのように言うのであれば、着用者が、その『動作条件』を満たしているのは必須なんだろう。

 セクハラ? と疑ってしまった中尉殿の問い――『下着』(うん)(ぬん)のくだりは、きっと、アタシが船内服を着用するにあたって、その前提条件を満足させているか否かを知るためだった。

 軍服ったって、服は服じゃん?――正直、そう思わないでもないけど、それはアタシが無知なせい。宇宙軍の常識をまだ知らないでいるせいなんだ。

(上官/部下と言ったって、はじめて会った人間相手に気配り、気遣いできる人なんだもの。疑ってかかるばっかでどうすンの、アタシ)

 そう思う。

 同性といっても会ったばかりの人間に裸を見られるのは恥ずかしかろうと、中尉殿は着替えの前に席を外し、かつ、後ろを向いてくれているのに違いないんだから。

(軍人さんなのに、とても優しい人だよね……)

 そう思うと心がほんわか温かくなる。

 が、

 いやいや、今は呆けてる時じゃない。

 急ぎアタシは衣囊をひっくり返した。

 透明な袋に小分けにされた衣服の束が、バサバサと音をたててベッドの上に散乱する。

 外袋(いのう)と同様、小袋のいずれにも内容物の品名が書いてあり、アタシは下着と、それから艦船勤務(オーバー)者事業服(オール)――船内服を難なく見つける事ができた。

 念のため、チラッと中尉殿の方に視線をはしらせ、こちらに背中を向けたままなのを確認すると、パパッと着ているものを全部脱ぐ。

 これまで陸上競技の遠征なんかに行った時、更衣室もロクに用意されてないフザケた大会もあったけどさぁ。おかげで、少々のことなら動じないメンタルを手に入れられたとも思ってるけど、恥ずかしいものは、やっぱ恥ずかしいし、でも、こうして気を遣ってもらったら、嬉しくない筈ないじゃない。

 グズグズ躊躇(ためら)ったりなんかしないで、準備を手早く整えちゃおう。

 アタシはまずもって手にしたブラを胸にあてがった。

 が、

「うひぃッ!?」

 途端、悲鳴とも奇声ともつかない声をもらしてしまう。

 生地が冷たくて驚いたとか、そんな理由からじゃない。

 いや、肌に触れた時の感触が声をあげてしまった原因というのは同じだけれど、冷たかったとか、チクチクしたとか、そういう不快感が原因だったわけじゃない。

 逆に、気持ちよかった。

 誤解を恐れずいうなら、胸に押しあてた瞬間、ビリッと快感がはしったの。

 背筋を電気が突き抜けたって言うか、胸を中心にブワッと鳥肌がたつ感じ。

 心臓が跳ね、全身がカァッと熱く()()ってアタシは焦った。

 なにコレ? ナニこれ? こんなの知らない。知らないよ!

「どうしたの!?」

「せ、静電気です! すみません! パチッときたんで思わず声が出ちゃいました。すみません!」

「え? 静電気? あ、ああ、そっか。静電気ね、ウン、静電気……」

 あ、アレ?

 咄嗟(とっさ)にウソ……、と、もとい! 返事をソフィスティケーションしちゃったけども、中尉殿の反応がなんか変くない?

 苦し紛れの言い訳にうまく誤魔化されてくれたと言うより、本当の理由に心当たりがあって、それで狼狽(うろた)えてる感じ。

 いやいや、まさか。アリエナイ。そう思いたいけど、『私としたことが、迂闊(うかつ)だったわ』とか呟く声が聞こえるし……。

 どゆこと……?

「深雪ちゃん」

「わ、あ……、は、ハイ!」

「教えるのを忘れていたわ。気密帽(ヘルメット)と半長靴はタラップ側の敷き布団(マットレス)の端をめくると、()()()がそこにあるから」

「わかりました。ありがとうございます」

 首をひねってる途中で呼びかけられて、何を言われるのかとチョいビビったけれど、中尉殿が言って()()してきたのは単に追加情報だった。

 お礼を言って、注意しいしいブラを着け終えると、締めのショーツを手に取った

 急ごう急ごう。とっとと済まそう。たかだか着替え――時間巻き巻きハリアップ。

 ブラと揃いで地味……ではなく、シンプル。いかにも官給品なそれに足を通した。

 数秒後、またも奇声をあげ(そうになって、必死に(こら)え)る事になるとも知らず。

 って、ホント何なの!? 恥ずいなぁ!

「ごめんなさい」

 身体に(うず)き……、いやいや、()()り……、もとい! 違和感の残滓(ざんし)を感じながらベッドスペースから出て、タラップを降りると、しかし、そこで待っていたのは中尉殿の謝罪だった。

「え? え?」

 アタシは当惑するしかない。

 中尉殿はなんで謝ってるの?

 アタシの不満(こころ)を読みました?

「私が軍に入って初めて船内服を身につけたのは、もう随分と前になるから記憶が薄れてしまっていたの。あのね――」

 と、そこで(何故だか)ひとつ唾を飲み込み、

「軍が艦船勤務者に支給する船内服は、実は生き物なの」

 そう言ったんだ。

(……………………)

(……………………)

(イミワカリマセン)

「あ、あの、それって、支給品は(フラ)(ジャ)(イル)を扱うように大事にしろとか、そういう事ですか?」

 精一杯考えて出した答を(違ってるよな~と思いながらも)言ってみる。

「いいえ、そうじゃないわ」

 案の定、中尉殿はかぶりを振った。

「船内服は、性格の異なる二層の機能体を接合した一種の(ハイ)(ブリ)(ッド)(スーツ)だと言いたかったの」

「はぁ……」

 まぁ、取説云々のくだりで、船内服を着こなすのは面倒くさ……、じゃなくて難しそ~とは思ってましたが、やっぱりそういう。

「服の表面側は偏在機能(ユビキタス)層、内奥側は生体恒常(ホメオスタシス)層。装着者をネットワークに接続し、また、気密、保温、倍力付与等をそれぞれが担う()()式機能皮膜――その二つによって構成されているのが船内服……なんだけど、別に難しく考える必要はないわ。服は服だもの」

 説明途中で口ぶりを変え、『ネ?』と小首をかしげて中尉殿。

 どうやら、『うわぁ……』という思いが顔に出ていたらしい。

「それでね、さっき深雪ちゃんが言った『静電気』だけど、あれは、その内奥層による宿(シン)(バイ)(オシ)(ス・)(ショ)(ック)――はじめて袖を通した装着者に対して船内服側がおこなう一種のユーザー登録なの。現状でも多分、着心地が良いと感じている筈だけど、今後、内奥側が最適化(チューニング)を進めていくと、深雪ちゃんの身体各処のサイズや動きのクセといった領域までもを服がトレースしていくようになる。事実上、『唯一無二』、『究極』――着ている者が、そう感じるレベルにまで精度を上げてフィッティング感が向上していくのよ」

 唖然呆然、開いた口が、アングリしたまま塞がらないとはこの事だ。

「進化する服……」

 つまりはそういう事かと、アタシは知らず呟いていた。

 視線を落とし、胸のあたりの生地をつまんでみる。

『艦船勤務者事業服』

 見た目は、さわり心地もふくめ、普通の服とそんなに変わるところはない(と思う)。

 裏地と言うか、服の内側は、なんか軟質ゴムみたいな素材で出来ているけど、まぁ普通?

 一分の隙も無いほど皮膚に密着してるのに、ラテックスみたいな独特な感じはしない。

 でも、この『内奥層』が、『シンバイオシス・ショック』なる悪さをしたんだよねぇ。

「気持ちよかった?」

「はぇ……ッ!?」

 いきなり問われて身体が跳ねた。

 顔を上げれば、間近な距離から中尉殿がこちらを覗きこんでいた。

「艦船勤務者を任じられて船内服をはじめて着る時、誰もがその(ショ)(ック)に驚くの。それを伝えるのをウッカリしてたのだけど……」

 眉をすこし不安げにたわめ、

「嫌悪感とかでなく、快美感を深雪ちゃんが感じてくれていたのなら良いんだけど……」

 どうだった?――そう訊いてきたのだった。

「え、あ……、それは、その……」

 セクハラじゃない――中尉殿の表情を見ればそれはわかる。

 でもさ、こんな質問、とてもじゃないけど答えられないよ!

 アタシは真っ赤な顔で、あうあう口ごもるより他なかった。

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