14.巡洋艦〈あやせ〉―4『出頭―2』
難波一子少佐――巡洋艦〈あやせ〉の副長サンは、(色んな意味で)『大人』な人だった。
大女とかガチムチじゃないけど長身で鞭のように引き締まった、よく鍛えられた身体つき――ただし、アタシのようなアスリートと言うより、格闘家を連想させる身体つきの人。
でもって、それと同じくらいにボンキュッボン! の(スんゴい)グラマーな人だった。
……え? どゆこと?
それって両立する……、両立可能な要素なワケ?
別に羨ましかないけど、それでも普通だったら、なんかズルいって感じで唇が尖っていたに違いない。
いや、フィットネスは本人の意識と努力の賜物だよ? それはアタシもわかってる。これでもアスリートのはしくれだからね。
でもさぁ……、
身体つきがそうなら、容貌の方もそうなんだよねぇ。
もう文句ナシで美人!
職業はモデルとか女優と名告って全然違和感ない……どころか、むしろ、どうして軍人なんかしてるんだろう? ってレベルなの。
同性ながら眼福だけど、だからこそ余計にズルいなぁって思っちゃう。
つくづく神様は公平じゃないわよね。
ただ……、
そんな副長サンだけど、でも多分、たとえば街を歩いても、男の人が振り返ったりはしないんじゃないかな、とも思った――どうにも近寄りがたくって。
研ぎ澄まされた剣にも似て、美貌の奥には苛烈な意思がひそんでいる――それが一見しただけでも、きっと透けて見えちゃうだろうから。
興味本位じゃ、とてもとても、じっくり見つめるなんて出来っこない。
ま、ろくに恋愛経験も無いアタシの感想だから、どこまで的を射てるかなんてわからないよ? でも、副長サンが、その身に纏ってる雰囲気――オーラみたいに周囲に漂わせてる空気が冷たく、重く、厳しいというのは事実。
アイスドールって言うのかな?
見たところ、二十代半ばから三十代のようだから、ドールって年齢じゃないかもだけど、とにかく迂闊に冗談のひとつも言えない感じ。
難しい言葉でいうなら峻厳?
つまりは完璧すぎるんだね、人として。
で、
そんな見るからに怖そうな人がだよ? すい、と艦長の座る机の角をまわりこみ、アタシの目の前に移動してきたの。
なにかな? なにかな?
艦長に紹介されたから?
だから近くに寄ってきた?
そんな律儀はいらないよ?
ザワリ、と背筋が冷たくなる。
ほんの二、三歩の所に立った。
近い近い近い……。
怖い怖い怖い……。
アタシ、何にもしていないよね? 子供艦長の長口舌をただ聞いていた……聞かされていただけだよね? 怒られないよね?
これまでだって気をつけの姿勢でいたけれど、すぐ目の前にまで副長サンに近づいてこられて、直立不動で硬直してしまう。
と、
「楽にしなさい」
気のせいかな?――眉宇のあたりに、ちょっと困ったような気配をのぞかせ、副長サンはそう言った。
そして、
「あまり時間がないので残りは私が説明しよう。田仲一等兵が」「コラ~! 見えな~い! 難波ちゃん、邪魔~!」
副長サンが話しはじめた途端、横槍が入った。
例の女の子――子供艦長が爆発したのだった。
落ち着いた声と、きいろい声とが入り混じる。
「そのデカいお尻と塗り壁みたいな背中をとっととアタクシ様の前からどけなさいよぉ! 部下のくせしてアタクシ様の視界をさえぎるなんて、不遜よ、不遜! 上官侮辱罪だわ、造反行為だわ!」
副長サンが口をつぐむと、キャンキャン声は更に勢いを強めて、その場の空気を不快な色に染めあげていく。
見れば、確かに子供艦長の姿は、副長サンの背中にスッポリ覆われ隠されて、アタシからは完全に見えなくなっていた。
あぁ、なるほど……。副長サンがわざわざ立ち位置を変え、アタシの前までやって来たのは、話が進まないから艦長はチョッと黙っていろとそういう事か。
でもって、当然、子供艦長の方は、それを不満不快に感じた、と。
でも、
「だいたい――!」と、きいろい声がなおも何かを言いつのろうとした矢先、
パンッ! と鋭い響きが、部屋の空気を引き裂いた。
副長サンが、小脇に手挟んでいたタブレットを筒状に丸め、それで自分の掌を叩いて鳴らした音だった。
途端、副長サンの向こう側――大きな机の後ろ側から発されていた、きいろい声がピタリとやむ。
「田仲一等兵が既に聞き知っていることもあるかも知れないが、本艦、および本艦がおかれている現状を概略ここで伝えておく」
背後の騒音源が完全に沈黙したと見極めた後、副長サンは説明の言葉を再開した。
……何て言ったらいいのか、中尉殿といい、このフネではタブレットは打撃武器として使用されるのが通例なのかしらん。
精密機械としては如何なものか、な使い方だと思うけど……、ウ~ン、効果的だからいいのか……なぁ?
とまれ、
「まず、本艦の所属は、宇宙軍に四つ設けられてある大艦隊のうち逓察艦隊――逓信偵察艦隊である」
謹聴に適した静けさが戻った室内に、副長サンの声が淡々と響く。
「偵察はともかく、逓信という語は、あるいは耳に馴染みがないかも知れないが、情報を伝え送るといった意味合いだ。日常生活に卑近な例をあげれば郵便だな。田仲一等兵も地図上で郵便局が『〒』の記号にて所在地を示されているのを見たことがあるだろう。あれは『テイシン』の頭文字を意匠化したものだ。
「我々が任務とするのは高位指揮連絡ならびに戦略情報収集――すなわち通信と偵察」と、そこで副長サンは、いったん言葉を切った。
「この宇宙において、もっとも速いものは光である――これはいいかな?」
「は、はい」
突然の問いに、ビクッとなりながらも応えると、頷いてくれる。
「結構。さて、光こそがもっとも速いとなると、広大な恒星間宇宙で人類が活動するのに際して大なる障害が生起してしまう。何をするにも無用に時間がかかりすぎてしまうからだ。
「隣の恒星系へ通信ひとつ送るだけでも年単位の時間が必要だなどという物理的な制約を課せられ、かつ、それをそのまま許容していては、到底、宇宙を生活空間として利用することなど出来ない。人類種族の寿命を含む生理時間との乖離が甚だしすぎて、とりわけ星間国家を実用的に営む上での、これは重大なネックとなる。何らかの手段でマッチングをはかる必要があるわけだ。
「そこで生み出されたのが超光速航行技術という事になるが、残念ながら、移動はともかく、こと通信に関しては、未だに光速を超える手段はない。
「通信だけは、古代・銀河帝国の往古から現在に至るもなお光速ででしかおこなえていないのが実情なのだ。
「そこで、単一の恒星系内部ならばともかく、他の恒星系への連絡が必要な場合は超光速移動の可能な航宙船の使用をもって、この不足面を補完する術となしている。この〈ホロカ=ウェル〉銀河系に存する国家群、我が国の官公庁、私企業――すべからくそうだ。
「そして、軍事力という側面から国家の安全保障を担任している軍組織においては、国家版図、時にはその境界を越えた外側までもを含めた上での指揮連絡、また種々の情報収集活動が必要で、だから、それ専門の部署をもたねばならない事となる」
「それが逓察艦隊……」
整然とした副長サンの説明に、知らずアタシはそう呟いている。
「その通り」
囁きにも似た小さな声を漏らさず聞きとめた副長サンが頷いた。
「つまり、逓察艦隊は、かかる必要性から生み出された国家戦略策定、また、遂行のための支援組織なのだ。
「従って、大倭皇国連邦宇宙軍の指揮系統上、逓察艦隊は国家大戦略を策定する大本営直属ということになり、大本営の隷下で軍事戦略を指導する軍令部の指揮下にはない。他に三つある大艦隊――聯合艦隊、遣支艦隊、護衛艦隊とは、建制上同格とされてはいるが、実質、その上位に置かれた組織と言える」
と、
「まァ、杓子定規に言えばそうなんだけどネ~、大本営経由で伝えられてくる軍令部からの仕事の依頼も受けてるしィ、実際のところは体の良い便利屋っていったところかなァ。だいたい、逓察艦隊だなんて看板ぶらさげちゃいるけど、そんなの書類の上だけのはなしだしィ。編成表とか作って、もっともらしく体裁を整えちゃいるけど有名無実もいいとこなんだァ。やってることが偵察とか連絡とかだからサ、聯合艦隊みたく徒党を組んでやるような仕事でもないしネ~。だから、基本、逓察艦隊所属艦艇は単艦で動きまわるっていうのがほとんどなのよね~」
どこかアンニュイな調子の声が、副長サンの背中越しに聞こえてくる。
「机上の艦隊~♪」などと妙な節回し付きの言葉に、時折、パリッとか、ポリッといった音が混じってるのは、どうやらお菓子か何かを囓っているかららしい。
アタシにも勧めてくれた、いただき物とやらを口にしているのかもしれない。
退屈しきっているようだった。
職責にふさわしいスタイルでの説明をしなかったんだから、その役目を取り上げられても自業自得と思うけど、結果、することがなくなってしまってヒマをもてあましているらしい。
いずれにしても、せっかくの(?)マジメな雰囲気が色々台無し。
が、
「逓察艦隊の任務については以上だが、次に本艦の現状を説明しておく」
そんな上官の余計言を踏みつぶす感じで、副長サンは言葉を続ける。
一瞬、ピクリと片方の眉が痙攣したようにも見えたけれども、(確認するのは恐ろしいので)さだかではない。
って言うか、役職者同士の修羅場に下っ端を巻き込むのは、どうか勘弁してください。