12.巡洋艦〈あやせ〉―2『乗艦―2』
「まずは艦長に着任の申告に行かなきゃね」
短艇から降りると、中尉殿は言った。
〈あやせ〉短艇格納庫の中。
傍にいるのは中尉殿ひとりだけ。
御宅曹長は、短艇の船倉に積み込んである補充の需品を〈あやせ〉内部に移す作業に取りかかるため、操縦室内で別れた。
つごう何時間いたのか、途中で寝落ちちゃったからよくわからないけど、とにかく、狭かった操縦室から、ぽんと開けた空間に出たからか、クラッと目眩じみた感覚に襲われる。
いや、それだけじゃなく、少し胸のあたりがムカつく感じも……。
と、短艇を後にして二、三歩のあたりで蹈鞴を踏んで気がついた。
(重力だ。ここ、重力がある)
警備府、ってか国際宇宙港と一緒。〈あやせ〉の艦内には、人工的に重力がつくりだされてあると、そこでようやく気がついた。
短艇の中は無重力だったから、その落差(?)に身体がちょっとビックリしちゃったみたい。こういうのも『乗り物酔い』って言っていいのかしらん。
とりあえず、片方の掌を胸に当てがい、気を落ち着けるべく深呼吸を繰り返した。
ついで、初めて目にする戦闘航宙艦の内部を前後左右、それから天井と、自分の周囲をぐるりと見まわしてみる。
天井はそんなに高くない。(と言っても、普通のビルの二~三階ぶんくらいの高さが吹き抜け状態になっている)
水平方向の広がりも高さに見合い、陸上競技場がすっぽり収まるレベルで広大だ。
でも狭い。狭く感じる。――だって、その空間の真ん中に短艇が鎮座してるから。
天井部から伸びてる見るからにゴツくて頑丈そうな機械の腕に連結された短艇のせいで、広い筈の格納庫内は、人間が動けるスペースが、ほんの余白程度しか残されてない。
その限られた場所に、これから整備作業にかかるのだろう人の姿が三々五々と動いているから、余計に手狭に感じてしまうのだった。
ウン。
これはアタシの知らない世界。
実家や学校、アルバイト先、陸上競技に関わるあれこれといった、これまでの人生で見聞きしてきた光景に含まれない、まったく見知らぬ世界の点景だ。
と、
「深雪ちゃ~ん!」
名前を呼ばれて我にかえった。
「落ち着いたら、こちらにいらっしゃ~い」
「は、はぁい!」
アタシがぼんやりしてる間に、格納庫からの出入り口前まで移動されてた中尉殿が、ジッとこちらに目を向けていた。
わぁ! アタシの馬鹿馬鹿! 乗り物酔いを覚ますつもりが、いつの間にやら、おのぼりさんよろしく周囲の景色に見とれていたなんて!
でもって、そう反省しながら同時に、ごぉん、ごぉん……と重たく低く響きわたって伝わってくる重低音は、一体どこで、どんな機械が動いてたてているんだろう? とか思ってるだなんて、阿呆か、アタシ!
「足許に気をつけてね。段差があるから」
「は、はぁい!」と、返事しながら中尉殿の元へとダッシュ。
TPOもマトモに読めないアタシを叱りもせずに優しく声をかけてくれたんだ。これ以上、迷惑をかけないように自戒しなければ……!
で、
見れば、確かに出入り口部分の床は、開口部の端から端までわずかではあるけど段差があった。
まぁ、一センチあるかないか程度で大して通行の邪魔でもない。ボンヤリしてたら躓くかなぁ、くらいのもの。
だけど、
「え……?」
その段差部分を踏み、出入り口を通り抜けようとした時、アタシは思わずそんな声をもらしていた。
出入り口部分にどうして段差なんかついてるんだろ? 真っ平らに仕上げた方が良いに決まってるのに――すこし首をかしげながらなにげに横に目を向けたら、信じられないモノをそこに見たんだ。
「ぶあつ……!」
つぶやきがポロリとこぼれ出る。
アタシが見たモノ――当然だけれど、それは出入り口部分の木口で格納庫の壁の断面だった。
でもねそれが分厚いの! とにかく厚い。すッごく分厚い。ザッと見、厚みが一メートルはある!
(ってか、これって壁じゃない。スライド扉の可動部分だ!)
目で見ているモノを頭が理解していくと、驚きが更に大きくなった。
バ○みたいに口がポカ~ンと開きそうになる。
だってさ、扉の厚さが一メートルだよ、一メートル! よくは見ていないけど、高さと幅が厚みに見合うとするなら、どう考えたって一〇メートル四方はあるんじゃない?
金属製で、そんなどデカい扉だなんて、いったい何トンあるっていうのさ!?
って事は、ナニ!? この段差って実は、ドアをスライドさせるための通り道のカバーか何か!?
ビックリしたあまりか、脳が全速回転してる気がする。
「ここの扉は防爆仕様になってるの。航宙船にとって格納庫まわりは直接宇宙空間と接する構造的に脆弱な場所だから、いろいろ対策が講じられているのよ」
またもや歩みを止めてしまったアタシが、何に驚いているのかわかったんだろう――わざわざ後戻りしてきてくれた中尉殿が、そう解説してくれた。
なるほど~。
航宙船アルアルなんですね。勉強になります。
格納庫から完全に出て、背後で扉が閉まると、それまで聞こえていた喧噪がスッとかき消える。
進行方向に向かってまっすぐ伸びた、クルマが一台通れるくらいの通路――その通路を一〇メートルほど歩くと、また扉。
すぐ間近まで寄ると自動でスッと開いて、中尉殿とアタシは、それで〈あやせ〉の艦内に本格的に(?)入ったのだった。
ちなみに後で知ったんだけど、二つの扉に挟まれた短い通路は、予備のエアロックとして使えるようになってるんだって。
さすがは宇宙軍? いろいろと万端だよね。
で、
それから先は、しばらくの間、しろく塗られた艦内通路を中尉殿にしたがい歩きつづけた。
途中、エレベーターに乗ったりもして、艦内を水平方向だけでなく、垂直方向にも移動していく。
道中、何人かの乗組員さんたちとすれ違ったけど、後藤中尉が先導してくれているからだろう、かろうじて怪訝な目で見られる程度で済み、助かった。
そういえば、格納庫でも、その場にいた人たちから遠巻きに、『ナニ、あの娘?』ってな目で見られてたなぁ。
やっぱり一目で新人……、ううん、部外者だってわかってしまうんだろうなぁ……。
とか考えてて、そこでバチッ! と原因に思い当たった。
アタシ、軍服を着ていない!
そりゃわかるよ。モロバレだよ! 軍艦の中に民間人とか、怪しさ大爆発で、よく逮捕(?)されなかったもんだよ。中尉殿の御威光のおかげかな。どうも有り難うございます。
って、それどころじゃない!
「ち、中尉殿、あ、あの……ッ!」
アタシは血の気が引く思いで、必死に声を絞り出した。
「なにかしら? どうかした?」
「あ、あの……、艦長にお目にかかる前に、アタシ、着替えなくても良いんでしょうか? その……、軍服に」
ダメですよね? そうですよね?『今頃なに言ってんの?』な感じですか? ああ、もっと早く気づいておくべきだった。
「え? 軍服?」
中尉殿がパチパチと目を瞬く。
一拍おいて、「ああ……」と納得したように、ひとつ頷いた。
「心配しなくてもその格好のままで大丈夫よ。と言うか、艦長のご要望なのよ――貴女が乗艦したら、そのまま真っ直ぐ自分の所まで連れてきてというのは。
「なんでも、若い女の子たちの間で流行しているご当地ファッションを是非とも間近で見てみたいんですって」
おかしいわよねぇと言って、クスクスわらった。
「は、はぁ……」
言われてアタシは自分の服に目をむける。
あらためて見るまでもない、普通の服だ。
普段着じゃないけど、とっておきの他所行きでもない。
なにしろ兵隊になる身だ。めかし込んでも仕方がない。
衣食住関連品は、すべて軍支給でまかなえるから不要。
持ち込み可能な私物は一〇キロまでって制限もあった。
そもそも自分をデコって着飾ってみるなんて発想がアタシにはない。
家業のせいか、オシャレとか女の子らしさとかに興味がないのよね。
畜獣相手は、どうしたって汚れるし、陸上の練習をすれば汗もかく。
だから衣服は、
清潔であれば良い。
丈夫であれば良い。
機能的であれば良い。
貧相でなければ良い。
それが購入する際のアタシの選択基準――決め手なのだった。
当然、流行なんて関係ない、ってか、ンなもんよく知らないし、わからない。
そんなアタシが着てる服だよ? いくら見たところで目の保養になんてなる筈がない。
ぜんたい、こんなおっきな軍艦の艦長になるくらいの人なワケでしょ?
こう言っちゃなんだけど、結構お歳を召してらっしゃる筈だよね。
ご当地ファッションが見てみたいって、自分の娘さんとかの参考にでもするのかな?
まさか、いやらしいオッサンとかじゃあないよね。もし、そうだったらイヤだなぁ。
と、
そんなアタシの内心を知ってか知らずか、中尉殿はずんずん先へ先へと進んでゆく。
そして、
「着いたわ。ここが艦長室」
とうとう一言そう言うと、とある部屋の扉に向き直ったのだった。
これまで脇に見てきた幾つかのそれに較べると、豪華な造りの扉。
見れば三〇センチ四方程の正方形の樹脂製パネルが扉の横に埋め込まれてある。
(???)
アタシは思わずガン見してしまった。
「これはね、俗に〈ノッカー〉と呼ばれる掌紋認証パッド」
例によって中尉殿が説明してくれながら、パネルの表面に片掌をあてた。
「扉を直接ノックしても手が痛くなるだけ。室内に来意が伝わらないから、訪問者があることを在室者に告げる仕組みよ」
なるほど。
アタシは頷く。
それは理解できた。
ただ……、その〈ノッカー〉に、『やさしくさわってネ♡』という文句が、(明らかに手書きで)書かれてある理由はわからない。
(まるで、初めて自分の部屋がもらえたちいさな子供が書くような……)
ありうる筈もないのに、どうしてもそんな想像をしてしまう。
「入りなさい」
中尉殿が訪いを入れたのに対して間をあけることなく応答があった。
いよいよだ。
「覚悟はいい?」
一体どういう意味合いか――最後の最後のこの瞬間に、中尉殿が、いたずらっぽい顔で笑いかけてきた。
「後藤中尉、入ります」
そして、アタシが質問する間もなく艦長室へと足を踏み入れる。
仕方がない。
意味深な言葉にドキッとしながらも、アタシもその後に続いた。
部屋の中には二人の人間がいた。
若い女性と、そして少女が。