113.〈砂痒〉星系外惑星系―20『前哨―5』
「恒星帆……ですって?」
難波副長はまばたきした。
「あれが、宇宙ヨットの残骸……?」
稲村船務長も、また、戸惑いまじりな声をもらす。
ソーラーセイル、そして、宇宙ヨット。
それは言葉の通り、恒星から吹き出す風――恒星風を帆に受け、その反動で宇宙空間を飛翔する宇宙機である。
より精確には帆に受けた光子の反射――光圧が動力源だが、イメージのしやすさからか恒星風を推進力にするとも取れる呼称が流布されている。
まぁ、それはともかく、
ソーラーセイル、または宇宙ヨットの宇宙機としての得失をあげると――
利点として挙げられるのはコストエフェクティブネス。
費用対効果に優れていることで、なにしろ航行に要する推進剤が(ほとんど)いらない。
宇宙ヨットと呼ばれるとおり、恒星からの光を帆に受け、燃料ナシで宇宙空間をわたっていくのだから当然ではある。
欠点は速度が遅いこと。それによって運用適地が制限されることだろう。
星から星への移動はもちろん、単一の恒星系内であってもとにかく時間が必要となる。
水圏を行く船舶と同様、自前の動力を有する船と無動力船――帆船の比較が、宇宙空間においてもそのまま適用可能であり、宇宙空間における移動手段として主流となりえなかった理由でもある。
実用的ではない――そういう評価をくだされたということだ。
だから、趣味や娯楽、あるいは超・長時間におよぶ探査など、軍事面や経済面以外の――急を要することのない用途にほぼ使用が限られているのが今日における実際であった。
そして、それだからこそ、難波副長や稲村船務長は、UFOの正体がソーラーセイルの残骸なのだと村雨艦長が言っても、いっそ懐疑的だったのだ。
軍事利用に特化しているこの〈砂痒〉星系で、逆に民間利用に用途が限られているソーラーセイルが運用されているというのは本当なのか、と。
決定的に疑い、眉に唾するところまではいかない。
しかし、村雨艦長には前科、と言うか、常日頃の悪さの積みかさねもあった。
それを思えば艦長の言葉を鵜呑みにするのは迂闊も迂闊――危険にすぎるとそういうワケだ。
せっかく真実を口にしたのに誰からも信じてもらえない――オオカミ少年の悲劇(?)と言える。
「こォら、ジェーン!」
そんな部下ふたりの戸惑いを見て取ったのだろう――村雨艦長は、またもや菓子を口いっぱいに頬ばる合間に、船務長のことを叱る口調で名指しした。
「なんばチャンはともかく、航宙船おたくのアンタが気がつかないとは何事だわさ」
口に入れているのは、スナックだろうか、それともチップス?
ひときわパリッと高い咀嚼音を響かせると、言葉をつづける。
「ソーラーセイルを軍事的に利用、運用している代表例があるでしょ。どーして、それが頭にパッパと浮かんでこないのよ」
「あ……!」
指摘され、それで思いあたったのだろう――稲村船務長が一声さけぶと両手で口許をおおった。
「鏡化剤輸送船団……!」
「ピンポンピンポンピンポ~ン……!」
呆然ともらした単語に、きいろい声が正解と告げる。
への字にひン曲げていた口をにんまりさせると、再びパリッと音高くお菓子を噛みくだいた。
「そうよ、それそれ! 自分で思いつかなかったことは減点だけど、ヒント一つで正解したから、まぁ、勘弁しといたげるわ」
なんとも、上から目線で、『褒めてつかわす』とばかりふんぞり返った。
稲村船務長が、ぐッと詰まる。
そして、
その一方で、そうした村雨艦長と稲村船務長のやりとりに耳を傾けていた難波副長もまた、(外見こそ変化はないものの)愕然としていた。
船務長とほぼ相前後して、おなじ気づきを得たからだ。
内心を気取られぬよう、意識して表情を無に保ち、視線は〈纏輪機〉の画面。しかし、指先は最小限の動きでテーブルトップを疾駆し、UFOのスペクトル分析結果を呼び出している。
観測されたUFOの物質組成とソーラーセイルのそれをコッソリと比較し、真偽を検証しようとしていたのだった。
が、
これまた一枚相手が上手。
「なんばチャン、すり合わせをやるんだったら、こっちの方がいいよン」
そんなきいろい声が、難波副長の何事もない振り、素知らぬ顔を打ち砕いてしまう。
ギクリと身体を硬直させる間もなく、手許に送られてきたデータフォルダが、画面上にてひとりでに開き、内包しているデータを開示した。
UFOの――難波副長が、見ていたものよりも更に詳細な観測データ。
それに加えて、既に電算機による検証結果までもが添付されている。
そして、
そこには、八〇パーセント以上の確率で、UFOとソーラーセイルの組成は同一であると記されていた。
「それ見たら、一目瞭然だしょ?」
『勝った』――そんな内心が丸わかりな口調できいろい声が言ってきた。
「てかサぁ、あんたたちって、ぜんたい楽をしすぎなのよねぇ」
自分のことは棚に上げ――どの口が言う、なセリフをオマケして。
「ど~せ、受信したデータを更にフィルタリングとかしたんでしょ? 閾値をどこに設定したかは知ンないけれど、データ検証を効率化するためとかなんとか小理屈こねてサ? でもね、それで篩にかけられちゃった消去分のデータに、大事な判断材料が隠れていたなら本末転倒。ナニやってんのぉって事になるんじゃない?
「現に見なさい。――スペクトル分析もだけど、光学像も対象物の輪郭がぼけたようになってるだしょ? もちろん、随偵のセンサが低性能なのもあるけど、それだけじゃない。あれは、対象物が不規則回転してるって考えるより、形状そのものが安定してないんじゃないかって考えるべき変化なワケ。
「つまり、対象物はカチッと硬い金属ではなく、布きれにも似た柔らかい何かなんじゃあないかって思いをめぐらすべきだったのよ」
そこまで考えついたなら、あとは流れで推論くらい構築できようってもんじゃないのかさ――ベラベラベラッといつものような立て板に水でまくしたてると、村雨艦長は、ふたたび、パリッとお菓子を噛み砕いたのだった。




