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109.〈砂痒〉星系外惑星系―16『前哨―1』

〈交遭〉

〈砂痒〉星系最大の惑星。

 星系を構成している惑星ここのつのうち、その公転軌道は内側から数えて八番目。

 直径およそ一八万キロの、巨大と形容するより他ないガスの塊――惑星たちの王。

 従える衛星の数は三百を超し、惑星近傍はもとより、その軌道上にあまたの軍事施設が設置されてある、〈砂痒〉星系はもとより大倭皇国連邦宇宙軍でも屈指の一大根拠地である。

 大艦隊司令部より達せられた命令のうち、星系防空司令部の置かれてあった〈香浦〉の状況確認を済ませた〈あやせ〉は、次なる行動予定地として、その惑星に舳先を向けていた。

 ただし、一直線に、ではない。

 既に航過したものと、これから予定しているもの――〈あやせ〉のトータルな航路を単純化して図示したならば、それは緩やかなS字を描くものとなっている。

 星系内にいまだ潜んでいるかもしれない『敵』の侵攻部隊に自艦位置、また、意図や予定進路を察知されないようにという(とう)(かい)が理由でもあったが、もう一つ、

〈交遭〉そのもの――惑星、また、その近傍に存在している司令部施設の状況確認とならんで、〈砂痒〉星系に配備されてある艦隊の状況確認をおこなう為だった。

 艦隊泊地の偵察である。

 艦隊泊地とは、すなわち、造修船渠(ドック)、燃料/弾薬廠、生存資材等集積所他の空間施設によって空域(エリア)内部に停泊している艦艇群にメンテナンスサービスを提供することが目的の空域であり、

 戦闘航宙艦の主機噴射、また、艦体そのものが発揮している速度等が原因の事故を避けるため、通常、艦隊司令部の施設がおかれた天体を基点とするラグランジュ点に設けられている。

 具体的に、〈交遭〉系で言うなら、軍符丁〈灼熱〉、そして、〈太陽〉の二ヶ所がそれで、

 それぞれ惑星〈交遭〉の公転軌道上――L4、L5の空域が泊地としてあてられていた。

 外宇宙(そと)より星系を訪れた、あるいは駐屯している戦闘航宙艦は、すべからくそこに碇を降ろすよう定められている、『港』に準ずる空域だ。

 もちろんの事、おなじ公転軌道上にあるとは言っても、司令部/泊地相互の距離をかんがえれば運用面で不便ではある。

 要員や物資の移動、輸送。

 指令や報告の相互の連絡。

 なにをおこなうにせよ、人手と経費と、なにより時間が、艦艇を司令部や支援施設の近傍に停泊させる場合と較べれば、()()()かかる事となってしまうから。

 が、

 安全を確保するためには致し方ない、と言うより、宇宙生活者たちの間では、むしろ当然至極な配置と考えられている故そうなっている。

 何故ならば、

 超光速移動の実行はもちろん、常空間内においても光速に遜色ないほどの猛速を発揮可能な戦闘航宙艦。

 その戦闘航宙艦が吐き出す超高速、超高温の()()()()が、万が一にも有人の天体表面、あるいは宇宙空間に置かれてある施設に(かす)りでもしようものなら大惨事となるのは必至。

 単艦であってもそうなのだから、それが艦隊規模となったら、まさしく目も当てられない事態となってしまうからである。

 フネとフネ。

 フネと施設。

 どのような組み合わせ、また、状況にあろうとも、わずかな事故さえ生起することは許されない。

 航宙船(ふな)乗りであろうと、港湾施設作業員であろうと、いずれも宇宙生活者であるのは変わらない。

 我と我が身、仲間の命――それらを護ろうとするのは当然だった。

 ましてや宇宙軍。

 仮初(かりそ)めにも『軍』を名のる組織であれば、平時における運用のみならず、戦時での混乱した状況においても安定、安全な運用が可能であるよう態勢をととのえておくのは(しか)るべきこと。

 故にこそ、艦隊規模の戦闘航宙艦群を安全に、安定的に停泊させられる空間――艦隊泊地はラグランジュ点に設けられているというわけなのだった。

〈交遭〉、〈灼熱〉、〈太陽〉――〈砂痒〉星系の軍事的重心とも言うべき〈交遭〉根拠地。

 それを構成している三つの拠点を、最低でも遠望可能な距離まで接近、航過し、情報の収集をおこなうというのが、〈あやせ〉の次のミッションだったのだ。


〈砂痒〉星系に配備されている機動戦力は、聯合艦隊所属の艦隊と、それから遣支艦隊所属の艦隊――おおきく(くく)ればふたつの大艦隊隷下の戦闘航宙艦群からなっている。

 このうち〈交遭〉系に主として展開しているのは聯合艦隊の所属艦艇群。

 空間戦闘の主力として、平時においても二個艦隊規模の戦力が常に駐屯(ちゅうとん)しつづけている。

 もちろん、特定の艦隊が固定任務として張りつけられているわけではなく、定められた期間、駐屯の任につく、輪番制にて艦隊の配備、また交代はおこなわれるようなっていた。

 現在、輪番(ローテーション)にて駐屯、また、展開しているのは、皇国宇宙軍が(よう)する戦闘部隊のうち、第二艦隊と、それから第七艦隊であるはずだった。

 戦艦八隻、一等巡洋艦(重巡)八隻、二等巡洋艦(軽巡)八隻、駆逐艦三二隻、以下、補助艦艇までもを勘定すれば、トータル隻数一二〇隻余にも及ぶ(もう)(どう)たちからなる兵力である。

 経済的な価値を捨て、星系そのものを、言うなら要塞としてあつかう旨の政治判断を思えば、これほどの兵力を一個の恒星系に駐屯させるというのは、だから、けっして異常ではなく、むしろ妥当なのではあろう。

 皇国の軍部のみならず、政府をふくめた首脳部が、隣国(〈USSR〉)をいかに警戒しているのかを示すひとつの指標であるからだ。

 宇宙軍の将兵たち――なかんずく、航宙船(ふな)乗りたちにとっても、それは同様で、

 乗艦が〈砂痒〉星系に配備されるという事は、すなわち、最前線に立たされる――『敵』と直接対峙するというのと同義と解釈されていた。

 であるからこそ、〈砂痒〉星系に送られ、駐屯するのはエリート――艦艇も乗員も最精鋭とみなされ、また、そう自負してもいるのであった。

〈砂痒〉星系に配備され、展開しているのは空間打撃戦闘を主任務とする砲彗雷戦のエキスパートたち。

〈ホロカ=ウエル〉銀河系に割拠する国々、その宇宙軍で、ほぼ唯一と言って構わないだろう大倭皇国連邦宇宙軍に特有の航空母艦戦力――機動部隊がそこに含まれてはいないが、これは星系内の諸天体や空間施設、遣支艦隊の部隊戦力でおぎなうとする方針からだ。

 聯合艦隊とおなじく、〈砂痒〉星系に展開している遣支艦隊の航空艦隊戦力との共闘を考慮しているからだった。


 大倭皇国連邦宇宙軍 逓察艦隊所属の二等巡洋艦〈あやせ〉は、虚空を飛翔しつづけている。

 フネに乗り組む乗員たちの、リフレッシュと言うよりは、(はら)をくくり、覚悟を決めるためのイベントを済ませ、(しゅく)(しゅく)と予定航路の道のりを消化しつづけている。

 束の間のインターバルを経て、星系主権領域進入の際とおなじ緊張が、フネの内部を色濃く満たしはじめていた。

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