5話
「フツ、よく無事で!皆心配していたんだよ?」
屋敷に入ると早速、ニークが労いに来てくれた。その後ろには全身に包帯を巻いたサーラが控えていた。
「ご心配ありがとう。だがまた腹が空いたよニックン、悪いけど食事を頼むよ。それとサーラ、無事でよかったよ」
サーラは深々とお辞儀で答えてくれた。
「ニークです!わかりました直ぐに手配します。……ところでそちらのお嬢様は?」
後ろを付いて来たオルナがひょっこり顔を出して物珍しそうに屋敷中をキョロキョロ見回していた。
「俺の命の恩人でオルナだ」
「失礼ながら魔人の方でしょうか?」
それまで楽しそうに屋敷を見ていたオルナの顔がみるみる曇り始めた。
「さぁな。オルナ、お前。魔人なのか?」
「そうじゃ。私は魔族の中でも最古の一族が一つロウレル家の長子にして現当主オルナ・ロウレルじゃ」
「って言ってるけど、何かまずいことでもあるのか?」
ニークとサッラを除く屋敷の人達がざわつきだした。だがニークがそれを諌めると口々にはしなかったが、使用人の不安な表情は変わらなかった。ニークに連れられ俺とオルナ、警護のサッラの4人でニークの書斎に招かれた。
部屋に入るとニークはまず先程の自分達を含めた使用人の態度を謝罪してくれた。その様子を見るオルナは何処か寂しげに見えた。
「俺にはよく分からんが。魔人だと何か問題があるのか?」
オルナは顔を伏せて表情がわからない。言いづらそうにニークがポツリポツリと話し始めた。
「私達の世界では魔神様の末裔と言われる魔人族と聖神様に作られた人間族。そして大地が生み出したその他種族に大まかに分けられます。そして人間領は人間が、魔族領は魔人族が管理しています」
「ならここに魔人が居ても何もおかしくはないだろう」
「はい。問題なのは魔人だからではなく。お嬢様がロウレル家と名乗ったからなんです」
それまで静かに話を聞いてオルナはその言葉に激しく反応した。
「お前!ロウレルを愚弄しているのか?お前達も今まで散々ロウレル家の庇護のもと暮らしてきたはずじゃ」
「わかっております。ですが今、そのお名前を高らかに名乗りあげてもしも、魔王軍の耳に入れば大変なことになります」
「あやつらは魔王軍などでは無い!反逆軍じゃ」
魔気が溢れ出したオルナにニークは怯え、サッラがその前に立ちはだかり腰の鞘から剣を抜いた。
「全員、いい加減にしろ。オルナ!ニークもサッラも俺の恩人だ。手出しは許さない。……何がどうなっているのか話してみろ」
静止された事が気に入らなかったのか、先程の怒りが収まらないのかは解らないがオルナは俯いたまま動かなくなってしまった。それを見てニークが代わりに口を開いた。
「実はこの国、グラナスは近年クーデターが起こり魔王が交代しました。そのクーデターが起こる前。前魔王様がゴンズ・ロウレル様なのです」
「ロウレル。と言うことはオルナの血縁者なのか?」
オルナはしかめずらで答えようとはしないので続けてニークの話に耳を傾けた。
「武勇に優れた前魔王様は魔族の象徴の様にお強いお方でしたので尊敬を集めていました。その上我々、民の声にも耳を傾けてくれる偉大なお方だったのですが、前魔王なき今、新たな魔王の命令が国中に広がり、ロウレルの名が付く者を次々に排除しているのです」
「……なるほどな。ならお前達もオルナをそいつら魔王軍に突き出すのか?」
「いえ、私たちにそんなつもりは毛頭無いです。……ですが、今やロウレル家には懸賞金がかけられていますので、屋敷の者達が魔王軍と内通しないとも言い切れないのです」
何やら話が飛躍し過ぎて俺の頭では理解が追いつかない。だが、俺の最初の恩人オルナが危うい立場に立たされているのは何となく理解できた。
「オルナ!」
大声で名前を呼ぶと驚いた様に身体をビクつかせこちらに顔を向けた。
「な、なんじゃ?お前も私を奴らに渡す気にでもなったのか?」
「渡す訳がないだろ。それよりもお前は今後どうするつもりなんだ?」
オルナの掌は俺の問いかけで力強い拳を作った。そして真っ直ぐに俺の瞳を見つめて叫ぶ様に答えた。
「私は。……私はこの国を統べるロウレル家の当主、オルナ・ロウレルじゃ!今後どうするだと?決まっている!反逆者共を一掃してこの国を取り戻すのじゃ」
弱々しい面もあるがここぞの時には力強い。見た目だけではなくそんな所もよく似ている。俺は心を決めてオルナの前にひざまついてこうべを垂れた。
「よく言った!オルナ・ロウレル。お前に救われたこの命お前の為に使おう。これより俺はお前の刃となりお前の眼前に立ち塞がる障害を全て打ち破ってやる」
「な、なんじゃ急に?」
アタフタするオルナの姿につい笑みが溢れた。落ち着かせようと、立ち上がりオルナの肩に手置く。
「これは俺の国での忠誠の誓いみたいなもんだ。まっ、これからよろしくな」
「な、なな……何を企んでいるのじゃ?」
「何も企んでなんていないから安心しろ」
いくら伝えても疑念に満ちた目で俺を見ている。それまで黙って様子を見ていたニークが話始めた。
「何やら面白いことになりましたね。フツ、そうと決まれば早くここから離れた方がいいです。先程屋敷から使用人が1人外へ出たとサッラから報告が上がっていますので」
「いいのか?逃したのがバレたらお前たちが危険な目にあうだろう」
「大丈夫ですよ。私の商店もそう捨てた物でも無いので、簡単に私に手出しは出来ませんよ」
変わらず微笑ましい笑顔を浮かべてはいるがその目は強者のそれだ。
「ったく。あんた商人のくせに俺に良くし過ぎだろ」
「ハハハ。先行投資ですよ。私が困った時はよろしくお願いしますよ?フツ」
そう言ったニークの顔は初めて笑みを浮かべない顔になっていてその言葉の真剣度を表している。俺とオルナはニーク達に礼を伝えて急いで町を離れた。
疑心暗鬼のオルナは俺への警戒を解くことなく、一定の距離を保ったまま歩を進めた。しかし時折俺の方へと視線を向けては外すを繰り返している。
町を抜け俺たちが出会った森の入り口に辿り着くとようやく先を走っていたオルナが足を止めた。
「フツとやら、お前には助けられた。だがこのままではお前まで命を狙われる。だからもうお前は他に行け」
「それは出来ないな。何せお前さんに忠誠を示したんだ。少なくともあんたの目的が叶うまでは共にさせてもらうよ」
オルナはモジモジ手を弄りながら言葉に詰まる。
「だから俺はお前のそばを離れない。お前の目指すものがなくなるまで。な」
「んーーっ。もう勝手にするのじゃ!死んでも私のせいにするなよ?人間!」
「人間じゃない。フツだ。」
「わかったわかった。フツ!さっさと行くぞついて来い!」
吹っ切れた表情でオルナは前を見て歩き始めた。その小柄な身体からは想像も出来ない大きな背中をしたオルナの姿に将来の王としての器を見た気がした。
「それで。どこに行くんだ?」
「ゴンズ・ロウレルの側近で配下最強の男の元に助力をこいに行く」
「側近なら反乱の時にいなかったのか?」
「彼は少々歳をとり過ぎているので普段は自分の城で過ごしているんだ。恐らく反乱が起きたことすら知らないはずだ」
「よく分からんが。出発だ」
オルナの前に出てどんどん進む俺にオルナが冷たい視線を送る。
「フツ。お前今、話が面倒になっただろう。それにそっちでは無い。行き先はこっちの道じゃーー!」