4話
洞窟に入ると土の独特の匂いが鼻をついてきた。別に悪い匂いとまでは言わないが決していい匂いにも俺は感じない。
洞窟と聞いて小さな穴ぐらを想像していたが、予想を裏切られた。幸い中は分かれ道などはなく一本道だから迷う心配はないが。もしも分かれ道があっても最悪、棒を倒して決めれば何とかなるだろうとも思った。
ようやく灯りが見えたと思ったら音もなく物陰から3人の人陰が現れて有無もなく斬り掛かってきた。襲われては仕方がないと、刀を振ったがどうやら、こいつ達も俺の斬撃の速さに目がついてこれなかったようで
1人は首とおさらば、もう1人は上半身と下半身がさようならをした。残りの1人の心臓を突き刺すと苦しそうに刺さったままの刀を素手で握りしめた。
こんな時に不謹慎なのは承知だが、死にゆく時に何を思っているのかとふと考えが過ぎった。刀を握ったそいつは死ぬその瞬間まで俺の目を見続けた。
俺が見た死にゆく者のパターンは大まかに三通りほどだ。死にたくないと叫ぶ者、殺す相手を目に焼き付ける者、そして最後に自分の世界に浸り人生を振り返る者。イレギュラーを除けば大体こんなものだ。
しかし奴らの姿はまるで人と遜色ない姿形をしていた。魔族と呼ばれているのに加えて他の種族が異形だったこともありもっと禍々しい姿を想像していたのだが。
それにしても何の因果か、世界を移ってもまた人の形をした物を斬る事になるとは。気を取り直して灯りに向かうと洞窟の一番奥に檻が見えた。その前を塞ぐ様に残りの7人が立っている。
「何の用だ?此処にはお前が欲しがる様な物はないぞ。さっさとここから去れ」
「用も何も、お前達にやられた知人の借りを返しにきた。ただそれだけだ。それに不意を突いて襲ってきておいて、今更帰れはないだろう」
「それはお前が外の連中を切り刻んだからだ。それに仇なら討ったはずだ。昨夜の一件は外の連中が勝手にやった事だからな」
「でもお前達、盗賊なんだろ?ならどのみち見過ごす訳にもいかないだろ」
頭目らしき男が顎で合図を出すと他の7人が剣や槍を手に一斉に飛びかかってきた。やれやれこいつらはアホなのか?せめて四方囲んでくるなり何かあるだろうに、馬鹿みたいに正面から飛びかかるだけとは拍子抜けだ。
鞘から刀を抜き宙に浮く7人まとめて細切れに切り刻むと地面に7人分の肉塊が散らばった。やはりこいつらは俺の剣速に、着いてこれていないようだ。
防ぐ防がん以前に恐らく見えてさえいない。残るは頭目の男だけなのだが、異様なオーラを身体から漂わせて隙を見せない。
「やるな。だが私にはお前の刃か見えているぞ」
頭目の男の身体から黒いモヤが溢れ出るとそのモヤは男が構えている剣を包むように纏わり付いた。男が剣を地面に向けて軽く一振りすると粉砕音と共に、深さ1メートルはあろう陥没した穴ができた。
「なんだそれは。魔術の類のものか?」
「なんだ貴様は魔気すら知らずに私たち魔族に挑んだのか?哀れな奴だ、惨めに死ね」
男は他の奴ら同様飛びかかってきた。こいつらバカの一つ覚えで飛びかかる奴らばかりだな。両手で振り下ろした魔気を纏わせた剣は俺が避けたせいでまた地面に衝突し、辺りに衝撃波が走った。
「よくぞ躱わしたな、だか次も躱わせるかな」
地面にはさっき出来た穴よりも更に巨大な穴ができている。しかし得意げに笑う男だ、ここから更に凄い攻撃がくるのだろう。
「くらえーー!」
男は魔気を帯びた剣を縦横無尽に繰り出した、避けるたびに地面に衝突した衝撃音が洞窟内にこだましている。さぁ、次はどんな攻撃を仕掛けてくる?
縦に横に薙ぎ払う男の剣は衰えることなく次々に俺を狙う。そう、ただただバカの一つ覚えのような剣撃が続くだけだった。確かに驚異的な破壊力ではあるのだろうが当たらなくては意味をなさない。
「おい、一応聞いておくがこれで終わりじゃないよな?」
「図に乗りおって、我が一族の秘技を見せてやろう」
男はそう言うと更に身体から魔気なるモヤを絞り出し距離を取ってきた。雄叫びと共に剣を振り下ろすとそれまで剣に纏われていた魔気が振り下ろした勢いで剣を離れ、球体のような形状になり高速で飛んできた。
せっかく知らぬ世界の知らぬ術なのに一度も受けずに終わるのも惜しい。しかしあれを受けて生きていられるものなのだろうか?まぁ何とかなることにしよう。
身体に直撃した魔気と呼ばれる球体は全身に強い衝撃を与えた。熱い、冷たいの類ではなく純粋に痛みが身体を覆い尽くす。昔南方の気功師とやらに施術された時となにやら近いものを感じる。
恐らく自らの生命エネルギーを物理的に具現化する類のものだな。面白いが、これぐらいのものであれば、どうこうされるものでもなさそうだ。直撃の際に巻き上げられた砂埃がようやく晴れてきた。
「ゴホッゴホッ。煙たいな、大体その力がなにか理解したよ」
「お前。……なんで立ってるんだ?」
「なんでだろ?」
「問いに対して問いで答えるなこの人間風情がーー!!」
興奮した男はただの剣をそれは見事に大振りしながら切り掛かってなかた。俺はスッと避けて、サッと足を掛けると男はズダンッと見事にこけて顔面を強打した。
男は剣を手放し痛そうに顔面を手で覆い転げ回っている。切るのも面倒だと考え始めたが恨み持つ者を野放しにすれば必ず後で手痛いしっぺ返しがあるのは経験済みだ。
刀を抜いて転げ回る男にとどめを刺しに近寄ると、男は大層怯えて失禁しながら命乞いを始めた。
「待て。いや、待ってください。金銭なら全て差し上げます。ですからどうか命までは」
「んーー。そうは言ってもお前悪人だろ?罪なき者も斬ったりしただろ?なのに自分だけ助かろうとするのは筋が通らないだろ」
「私は心を入れ替えました。もう悪さはしません。……そうだ、とっておきの貢物もあります。今あの牢の中にいる魔人の娘を差し上げます。煮るなり焼くなりお好きなようにお楽しみください」
「魔人の娘?そうか、だがいいのか?お前の仲間はみんな殺してしまったが恨まないのか?」
「仲間?ハハハッ。あれらは皆ただの駒に過ぎませんよ。私が生き残ればあれらも喜ぶでーー」
男が話終わる前に首は宙に舞っていた。飛びかかるのが好きな連中だったから最後自分の首が宙を舞って満足しただろう。
奴が言っていた魔人の娘ってやつを確かめる為に、牢に向かうと暗がりの牢屋の中を誰か1人倒れている。黒いマントに黒いスカート、紅色の短い髪。暗がりで顔が見えないが流石にこのまま放っておく訳にもいかないか。
鍵を探しに奴らの死体を調べるが一向に見つからない。探すのも面倒になり鉄格子を刀で切り落として開けた。倒れた身体を抱き抱えて灯りの下まで運んだ。
なんとも見事なツノが生えている。あまりに立派で握りしめて、そこで誰だか気づいた。それと同時に彼女も目覚めた。
「またお前か、いい加減にするんじゃーー!!」
彼女の身体から大量のモヤが現れると全身に痛みが走った。これはさっきの奴が使っていた魔気と一緒だ。だが威力は先程の比にならない激痛が身体を包む。
「アババババ!いだだだだだだっ!!や、やめてーー!!」
懇切丁寧な説明と謝罪でようやく敵でないことを理解してもらえるとようやく魔気を収めてくれた。
「ところでお前……」
鋭い眼光と共に魔気が体から溢れ出している。
「ゴホン。オ、オルナ様は一体全体、何故こいつらに捕まっていたのですか?とても連中ではオルナ様を捕まえられるとは思えないのですが」
「……テタ」
あまりに小声過ぎて聞き取れずもう一度聞き直した。
「……ね、寝て気がついたらここに居たんじゃ!なんじゃ?文句でもあるのか?」
俺の全身をオルナの魔気が包みこみさっき食らった痛みを越える激痛が身体を駆け巡った。