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93 野良猫、ほうれんそうを説く



 トイレに行く、といってからなかなか戻ってこない私をみんな心配していたようで、しばらくして戻るとアマヴェンナさんと救世主たちに取り囲まれてしまった。


 いくつかの隊はすでに出発してしまっているようだった。かなり待たせてしまったらしい。


 地面と一体化して落ち込んで悩んだ末、私は一つの結論に達した。


 この世界を救えば、全て丸く収まるんだと。


 王陛下は言っていた。魔のものを討つのが最優先だと。


 ということは、魔のものを討伐して世界を救えば、王太子殿下が救いたい器であるところの美幼女も救え、二人の関係も壊すことなく、ハッピーエンドを迎えるのではないか。


 そうと分かれば私のできることはただ一つ。


 救世主が救世に存分に力を発揮できるよう、サポートすることである。


「うん、頑張る」


 声に出してみれば、それまでもやもやとまとわりついていた恋の痛みも晴れていく。


「僕、熱血ってあんま好きじゃない」


 気合いを入れているというのに、見事に崩しにかかってくるのはとおくんだ。


 癒やしを受けたからか、さっきよりも顔色はマシになっているとはいえ、やはり本調子ではなさそう。ママを失ったショックは相当なものらしい。


「……親離れって、難しいよね。一緒に乗り越えよう」


 分かるよ、と言いたげに頷いてみせると、とおくんの目が据わった。


「変なところに気を回さないでくれる? 別にはるが誰とどうなろうが僕は別に気にしてないってば」

「人は図星を指されると否定したくなる生き物だからね」

「おねーさん思い込み激しいの治した方がいいよ。あと——」


 そっぽを向きながらも視線だけ一瞬こっちに向けたとおくんは、まるで野良猫のようだ。


「一人で全部抱え込もうとするのも、おねーさんの悪いクセだと思う」

「え?」

「何かありましたって顔に大きく書いてある。別に何があったかなんて聞かないけど、おねーさん暴走するから、取り返しのつかないことになる前に誰かに報告なり連絡なり相談なりする方がいいと思う」

「ほうれんそう!」

「そう。言葉だけ知ってても意味ないからね。ちゃんと実践して」

「私、社会人二年生! 大丈夫!」

「これまで一緒にいて大丈夫じゃなさそうだから言ってるんだけど」


 普段滅多に人のこと心配しないように見えるとおくんの遠回しの気遣いに、さっきまで失恋で落ち込んでいた気持ちが軽くなった。


 照れ隠しなのか、そっぽを向いてしゃべるとおくんが愛らしい。


 餌付けは決してされないと孤高を謳う野良猫が、実は見ていないところでこっそり餌を食べている姿が脳裏に浮かんだ。


 これは。


「ツンデレ……」

「ねぇ、おねーさん話聞いてる!? 頭空っぽなの!?」

「ど、毒舌ツンデレキャラ」

「ダメだ、全然届かない。しんど」

「ごめんごめん、え、ちょっ、とおくん……っ!?」」


 打てば響く掛け合いが楽しくてはしゃいでしまった。それがまずかったのか、とおくんはふらりと体を傾げ、その場にうずくまってしまう。


「大丈夫!?」

「……大丈夫、だから、ちょっと離れて」


 いや、絶対大丈夫じゃないじゃん! 顔色は真っ青だし、手も冷たい。唇の色なんて紫色になってる。


「ちょっと貧血なだけ」


 どう見ても「ちょっと貧血」なようには見えなかった。うずくまってる間に、額には脂汗が浮き始めている。握っている手からもさすっている背中からも熱がどんどんひいていくように、冷たさだけが伝わってくる。


 ひやり、と私の背筋も凍った。


「だ、誰かっ! 誰か来てください! とおくんがっ!」


 とっさに周囲に呼びかけると、救世主たちを始め騎士団長や団員が集まってきた。とおくんの姿を見るやいなや、すぐさま第二騎士団の癒やし手の人が癒やしをかけてくれる。


「トオ殿の調子があまり良くないな。残念だがこのまま出発するのは難しいだろう。トオ殿は体調の快復につとめ、後ほど我々と合流するというのはどうだろうか」


 騎士団長の言葉に、とおくんはかぶりを振った。


「大丈夫。いつものことだから。別に全然平気」

「とお、無理するな」

「してないし。あっちにいたときに比べれば、全然動けるし」

「だからといって、無理を重ねたら体が……」

「大丈夫だって言ってるだろ!?」


 なだめるはるくんの言葉に、とおくんが吠えるように言葉を放った。


 激昂したとは違う、分かってもらえなくて悔しいというような、伝わらなくてもどかしいというような、そんな感情が見えた。


 いつものとおくんからは考えられない感情の発露にみんなが戸惑っていると、騎士団長が提案した。


「では、車を用意させよう。グリパレに牽かせる。多少時間はかかるが、体への負担は減るだろう。それでどうだろうか」

「……お願いします」

「一人では不安だ。おまけさまも同乗していただいてよろしいですか?」


 急に水を向けられて、慌てて騎士団長を見上げると、鋭い視線がこちらを見ていた。


 ツディーネやエクランくんを前にしたときの騎士団長のイメージが強くて、どうにも仕事中の騎士団長の姿と重ならない。


「私ですか?」

「ウフマに騎乗されて同行されると聞いております。ウフマなら我々も安心ですが、車に乗っていただいた方がさらに安心なのです。いかがですか?」


 どうやら決定事項のようらしい。打診というよりは確認といった口調で騎士団長が進めていくのに黙って頷くと、即座に車が用意された。


 そうして、私はとおくんと二人でグリパレが牽く車に乗り、終末の地への旅へと出発したのであった。




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