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91 ナチュラルボーン女たらしという新たな肩書き




 旅が始まる。


 久しぶりの宮殿に赴くと、そこにはずらりと並んだ騎士たちとグリパレの群れ、荷物を載せた車がひしめきあっていた。


 賑やかだけれど物々しい雰囲気に、いよいよ魔のものとの戦いを思わせて、緊張が身を包み込む。


「おまけさま、こちらです」


 はぐれないように私を誘導してくれるのは、アマヴェンナさんだ。今回の旅ではアマヴェンナさんが基本的に私の護衛として同行してくれる。


 整然と並んだ騎士達の最後尾に私たちはついた。

 

 これから、王陛下による出発前の訓辞をいただくらしい。


 最後尾だからよく見えないけれど、壇上にいる陛下の声がここまで良く聞こえた。マイクなんてないから、これも魔法なのだろう。


 声だけ聞くと、渋めの低音で、さすが日頃から人を従える立場にあるからか、声に威厳と、思わず聞き入ってしまう色気というのか、温度がある。総じて魅力的な声であった。


 訓辞を終えた後は、それぞれの小隊に分かれて出発する。その中に、きらきらしい姿が見えた。


 こんなに離れていても、はっきりと分かる。王太子殿下だ。


 いつも近くにいて、うっかり忘れてしまいそうになっていたけど、「王太子殿下」だった。おいそれと近づける人ではないということを、改めて実感する。


 良かった。ここでその事実に気づけたのは、不幸中の幸いだと言って良いだろう。

 危うく、勘違いするところだった。


 私は、救世主たちのおまけだ。橋渡しとしての役割があるのかもしれなくても、それでも基本的には特別な力を何も持っていない、一般市民と同じような存在だ。


 自分がちっぽけな存在だと卑下するのはいやだけど、王太子殿下は雲の上の人もいいところ。そんな人が気に掛けてくれてるだなんて、思い上がるのはきっと後で嫌と言うほど後悔する。


 思いを自覚したからといって、恋が上手くいくわけじゃない。むしろ、自覚したからこそ、ずっと遠くに感じる。知らなくて良かった隔たりに気づく。


 何事も初動が肝心だ。


 果たしてこの思いはどこまで育ってしまってるのか。もうすでに、育ちすぎて摘み取ることも難しい気がして、どうすればこの思いを抑えつけられるのか、見当もつかなくて思わずため息をこぼしてしまう。


 それを見とがめたように、アマヴェンナさんが私を気遣ってくれるので、慌てて私は話題を変えた。


「あの、輪音もとねちゃんたちはどこにいますか? 一緒に移動できるんでしょうか?」

「救世主様方なら……」

「あ、おねーさんいた! おねーさーん!」


 声を頼りに周囲を見回すと、輪音ちゃんが片手を挙げてぴょんぴょん跳びはねていた。


 ま、眩しい。あの眩しいはち切れんばかりの笑顔! ついに私、天に召されてしまったのかもしれない。

 天使がいる。


「天使……」

「戻ってこよう、おねーさん。もう出発するからさ」


 とん、と肩を叩いて現実に呼び戻したのは、真楯またてくんだ。

 隣には不機嫌顔のとおくんもいる。ちょっと顔色が悪い気がする。


「とおくん、大丈夫? 具合悪い?」

「え?——別に。こういう人が多いとこ好きじゃないだけ」

「そっか。グリパレ、乗れる?」

「乗れなかったら騎士団長に相乗りさせてもらうから大丈夫だよ」


 素っ気なくそれだけ言うと、視線を外された。ありゃ、どうにもご機嫌ななめのようだ。


「あれだよな、ママを取られた幼児みたいな、そんな気持ちなんだよな」


 ポンポンととおくんの頭を軽く叩きながら、真楯くんが説明してくれた。


「違うし」


 真楯くんの手を振り払って、今度こそとおくんはそっぽを向いてしまった。


「ママ……?」

「そ。はるにべったりだったから、離れてんのが落ち着かないみたい」

「あー」


 なるほど、と頷いていると、離れたところで聞いていたらしいとおくんが「違うし!」とぼやいていた。


「……昨日、あれから何があったのか、聞いてもいいと思う?」

「聞いてどうすんの、おねーさん」

「ときめきのお裾分けをもらいたいの。キュンキュンしたいの」

「自前でどうにかしなよ。人からお裾分けもらってもむなしいだけだろ」

「分かってない! 分かってないよ、真楯くんは! 自給自足できないから輸入するんじゃないか!!」


 古今東西どうしてこんなに恋愛ものがはやってると思ってるんだ。


 キュンキュンしたいからだ!!


「あんまり根掘り葉掘り聞くのも悪いだろ。結果上手くいったみたいなんだから、そっとしといてやろう」


 何という大人な発言。自分の欲望に突っ走ってしまった私が恥ずかしい。


「……はい」


 しゅんとうなだれたところに、くだんの二人がやってきた。


「おねーさん! 一緒に旅できるの嬉しい!」


 ぐっ、これは、なんという直球。受け止めきれない。


「おねーさん、昨日は、ありがとうございました。真楯さんには伝えたけど、おねーさんにはまだだったから」

「うん、私も、今朝は騎士団の方に呼ばれてたからご飯一緒にできなかったし、話せてなくてごめんなさい」

「う、ううん……。あの、私も、輪音ちゃんと一緒に旅できるの、嬉しい」


 隣にいる真楯くんが、「拾うのそこ!?」とこちらを見る中、輪音ちゃんはにっこりと微笑んだ。


「うん、よろしくね、おねーさん!」


 ずっきゅーんという音が聞こえた。


「か、かわっ……、かわ、かわ……っ」


 可愛い、と耐えきれずに飛び出しそうになった口の前に、誰かの手が遮るように置かれた。


 ん? と見上げると、はるくんがにっこり笑ってた。


 え、これはるくんの手? どうした、絶対こんな振る舞いしなさそうなのに。


「おねーさん、ごめん。可愛いって言うのは、基本俺で」

「っ!?!?!?」


 ぐっ、何このイケメンな台詞は!?


 さっと視線を走らせると、輪音ちゃんは顔を真っ赤にして棒立ちになっている。


 そうだよね、驚くよね、まさかあのはるくんが、女性が苦手かと思わせといてのナチュラルボーン女たらしとか、ギャップがえぐい!!


 衝撃に倒れ込む私を、アマヴェンナさんが慌てて支えてくれた。


「ほーらな、言ったろ? そっとしといてやろうって。馬に蹴られるに決まってんじゃん」

「う、馬に蹴られた上、砂糖を吐きそうです」

「大丈夫ですか、おまけさま。お気を確かに」

「私、引率の先生なのに」

「その設定まだ引きずってんの? おねーさんは立派なラブコメモブ要員だよ」


 とおくんの冷静な言葉が胸に刺さる。


 コメディ要素はとおくんじゃなかったのか。


 こんな感じで私たちの魔のものとの戦いの旅は、幕を開けたのであった。



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