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90 青春ラブコメ、始めました?


「おねーさんは、欲しい言葉ばっかりくれる」


 ぽろりと涙が一粒溢れ落ちたと同時に、憑き物が落ちたように静かな声で輪音ちゃんが言った。


「うーん、まぁ、年の功ってやつですかね」

「年そんなに変わんないでしょ。てか、輪音に言った言葉は全部、おねーさん自身が言って欲しかった言葉だったりして?」

「真楯くん、探り合いはお互い傷のなめ合いになるよ」

「そうだな、やめよう」


 そうして真楯くんと二人して輪音ちゃんに向き合うと、輪音ちゃんは驚いたように目を見張り、ふっと口元を緩めて笑った。緊張がほぐれて、安心しているときの表情だ。


 良かった、と安堵したときだった。

 ふっと私の隣にはるくんが座った。


「俺も、待ちたい」


 ずっと、とはるくんが続ける。


「輪音が信じられるまで、ずっと、待ってたい」


 落ち着いていた輪音ちゃんの瞳に、またしても涙が浮かび上がってくる。反射的にだろう、一瞬首を横に振ったのを、みんな見逃さなかった。


「輪音ちゃん……」

「はる、今はちょっと」


 真楯くんがはるくんの腕を引いたときだった。


「あんたさ、はるの何を知ってるわけ?」


 尖った刃物の切っ先のような声が注いだ。


 尖ってる。尖りまくってるよ、とおくん!


 なんでケンカ腰なの!?


 とおくんの暴言に呆気にとられているうちに、次々に言葉が降り注いでくる。


「あんたが怖がってんのってさ、結局のところ自分が愛されてるかわかんないっていう不安から来てるんだよね? きっと一番自分を愛してくれたのは嬉世だとでも思ってんでしょ? 親に愛されなかったら他に愛してくれる人なんていないんじゃないかって絶望する気持ちは分かるよ」


 おそらく的確に輪音ちゃんを仕留めにいっている。


 なぜだ、ちょっと、止めて真楯くん! と視線を送るも、真楯くんも困惑するばかり。


「あんたにとっては嬉世だけだったのに、嬉世はあっちに戻った。それで不安になるのも分かる。でも、はるは違う」


 輪音ちゃんが不安定になり始めたのは、嬉世ちゃんがいなくなってからだ。


 唯一心を許していた相手を、この世界から失ってしまった悲しみと絶望は計り知れない。


「あんたが臆病だろうが重かろうが」


 語気を強めてとおくんはまくしたてた。


「はるはあんたの丸ごと全部、受け止めてくれる。そういうやつだよ。じゃなきゃ、十年も僕みたいなめんどくさいヤツの友だちなんかやってない。短い付き合いのあんただって分かってるはずだ」


 誰も何も言わなかった。


 だってこれは、ただの友人自慢だ。

 愛しか感じない。不器用すぎる、愛しか。


「はるは、元の世界に帰りたいなんて思うなってあんたが言うんだったら、絶対にあんたを裏切ったりしない。あんたをおいて、僕をおいて、一人で元の世界に帰ったりなんかしない。——僕の命を賭けたっていい」


 とおくんにしては長く喋り続けて疲れたのか、そのままソファに戻って再び寝そべってしまった。


「じゃあ、あとはそっちで好きにして。苦情とか受け付けてないんで、言いたいことあったらその辺でなんとかして」


 その辺、って私と真楯くんの方指してなかった? ちょっと教育的指導が必要な気がします、引率担当として。


「帰らない」


 とおくんがもたらした嵐が去った静けさの中で、はるくんの声はよく聞こえた。


「え?」

「もし、輪音がこの世界に残るなら、俺が残るのを輪音が望むなら、俺は帰らないよ」


 ごくり、と唾を飲み込み、私は離れた位置に立つ真楯くんと目配せし合った。


 ここにいていいと思う?

 ——大丈夫だろ。

 そだよね、むしろ下手に動いたら雰囲気ぶち壊しちゃうもんね。


 そんな会話を目でして、私たちは置物となることに徹した。


 しゃべらない、うごかない、と念じるも、ドキドキがすごい。青春ラブコメか。いやコメディ要素薄いから、えーっと、ラブ……、いや、むしろとおくんの存在がコメディになるか、よし、青春ラブコメ最前線!


「簡単に、決めたらダメだよ」

「輪音が望まなくても、俺はここに残るつもりだった」


 ただ、とはるくんは続ける。


「輪音の側にいることを、許してくれるなら、俺は側にいたい…………し、可愛いって、言いたい」

「……っ!!!!」

「……おねーさん、ちょっとこっち来よう。二人にしてあげよう。はい、ごめんなさいね、年長者撤収しまーす」


 何あれ何あれ何あれ!!!!


 最後、頬染めて視線逸らして、恥ずかしそうにぽそっと呟いてたけど、私の耳はごまかせない!


 可愛いって、私も言いたい!!


 と言わせてもらうこともできないまま、私は真楯くんに引きずられて部屋を後にしたのだった。


 そんなわけで旅の出発前日は、みんなどこか浮かれた気持ちのまま過ぎていったのだった。





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