8 癒やしの力(あるいは神官長のセクハラとロリコン疑惑)
「ねぇ、さっき、その石黒くなかった?」
気づいたのは私だけじゃなかったようで、輪音ちゃんが怯えたように指さして言った。
「ああ、これはマタテさまの生命力の色でございます。この石は本来黒色ですが、従すべき主を認めるとこうして主の色に染まるのです」
さも当然のようにユエジンさんが言う。どこか誇らしげでもある。
生命力って、オーラみたいなものかな。
「じゃあ、僕のもあるのかな。多分、弓だと思うんだけど」
「俺はポールアームだ」
「私は金の腕輪!」
とおくん、はるくん、輪音ちゃんが続けて言う。輪音ちゃんなんて、前のめりで早く見たいと目を輝かせている。
確かに前のめりになるの、わかるよ。あのパァーッて光が広がるの、完全にファンタジーだもんね、やってみたいよね。
それにしても、白のセーラー服も似合ってたけど、七分袖と裾にレースが施されたミントグリーンのワンピースを着ると完全に妖精だ。可愛いの具現化、ここに極まれり。
それぞれの武具を用意するために、何名かの騎士が退室した。
続けて声を上げるかと思いきや、嬉世ちゃんは口をつぐんだままじっとテーブルを見つめている。どことなく顔色が悪い。
どうしたの、と声をかけようとしたとき、ユエジンさんが口を開いた。
「キヨさまは、必要なものはございますか?」
声をかけられて、嬉世ちゃんの肩が揺れた。唇を何度か震わせて、きゅっと引き結んでから下げていた視線を上げた。
「私は、特に、思い浮かばなくて……」
言いづらそうな言葉は途切れたまま尻すぼみになる。
おまけの私ならともかく、救世主として召喚された他の四人が何かしらの武具を探し当てたのに、何も思い浮かばないことが苦しいんだろう。
というか、この小出し感は一体何なんだろう。救世主として召喚しておきながら、覚醒するまでに試練を課す的な、サドな神様なのか。
だから私も巻き込まれちゃったのだろうか。
嬉世ちゃんに同情しつつ我が身を顧みていると、そっとユエジンさんが嬉世ちゃんの手を取った。
ハラスメントに敏感な社会人二年生としては見逃せない身体接触に目をむいていると、ユエジンさんは諭すように言った。
「キヨさま、焦る必要はありません。もしキヨさまが何も求めていないのだとすれば、それはすでにキヨ様の手にあるからです」
労るような声音は心にしみるし、言ってることは素晴らしいと思うんだけど、どうにもその手の行方が落ち着かない。今のところ添えてるだけだけど。
ねぇ、セクハラじゃないよね? 神官長様だし、まさかまさかよこしまな気持ちなんてないよね? 権力あってイケメンだから許される、なーんて思ってないよね? ね?
ん? あれ、いや、ちょっと待って。落ち着け私。もしやこれって、ロマンスの始まり!? そういうことなの!? 嬉世ちゃんと神官長の、世界を越えたラブロマンス最前線!?
「どうかなさいましたか?」
神官長の刺すような視線がこちらに向けられる。さすが神官長、よこしまな思いに敏感だ。
「いえ、何でもないです。ええと、そうですよ、嬉世ちゃんの中に、もうあるのかもしれませんね。知識とか、落ち着きとか、優しさとか。あ、こういう場合、癒やしの力を持ってたりとか! もうすでに存在自体が癒やしですし」
「癒やしの、力……」
かなり適当に思いついたものを言ってみたけど、嬉世ちゃんには何か引っかかったようで、考え込むように両手を組み合わせた。良かった、セクハラ終了だ。
「私、今朝起きる前に両手に温かい力が宿る感じがしたんです。夢かなと思ってたんですけど、何だか印象的で」
「両手から力があふれる感覚でしょうか。今、できますか?」
ユエジンさんの言葉に、嬉世ちゃんが何かを決意したように頷いた。そっと両手を開いて、そこに視線を落とす。
嬉世ちゃんの肩から徐々に力が抜けて、呼吸もゆっくりになってくる。
そのとき、ふわりと温かいものに包まれる感じがした。
温かくて、柔らかい、心地よい感覚が身体中に広がって、身体が軽くなる。
それを感じているのは私だけじゃないようで、部屋にいる人たちみんなが驚愕の表情で嬉世ちゃんを見ている。
ふっと嬉世ちゃんが息を吐くと、ふわりとした感覚が消えた。それでも、身体の軽さは消えない。むしろ、内側から活力があふれてくる感じがする。
「癒やし、そして体力増強、さらには精神安定ですね。能力の底上げの力もあるようです。しかも広範囲で精度が高い。この短時間でこの部屋全員に癒やしを行使するとは……。まさに、大いなる神の御業。疲労感はありませんか? 力が抜けていくような感覚は? 力を行使する際、もしくは最中に何かイメージしたことは?」
自分のしたことに驚きながらも、矢継ぎ早に繰り出されるユエジンさんの質問に嬉世ちゃんが答えていく。どうやら癒やしの力は無尽蔵ではないようだけど、これくらいの人数なら全く疲労は覚えないそう。
いやいや、三十人くらいいましたけど。すごいな、癒やしの力。
「すごい!! 嬉世ちゃんの力、すごいね!!」
輪音ちゃんが目を輝かせて、嬉世ちゃんの両手を握ってぴょんぴょんはしゃいでいる。
「あ、え、何これ」
「わぁ、きれい!」
嬉世ちゃんの両手に何か載っているようで、二人でのぞき込んで見ている。
私もそっと横からのぞき込むと、そこには三つの真珠が、花のように丸く並んでいた。
「癒やしの力を与えたという、神からの許しですね。それなら、身につけていただけますか?」
ユエジンさんの言い方に違和感を覚えつつも、嬉世ちゃんが大事そうに真珠を握りしめて頷いたので、口を挟むのをやめておいた。
私も嬉世ちゃんに癒やしをかけてもらったからか、これまでの不安や猜疑心も落ち着いたようだ。
まっすぐユエジンさんを見る。ロリコンかも、なんて疑って申し訳なかった。
すると視線を感じたのか、ユエジンさんと目が合った。
「何を考えていらっしゃいます?」
「いえいえ、お気になさらず。嬉世ちゃんの能力が上手く引き出されて良かったですね」
「ええ。他の皆さんも、能力を引き出す武具を見つけられたようで良かったです。やはり、神託通りですね」
騎士たちが次々にテーブルに置いていった武具は、それぞれの主に触れられて、同じように光を放って石の色を変えた。
とおくんは琥珀、はるくんはざくろ石、輪音ちゃんは翠玉だ。
地球と同じような宝石が産出されるということは、地質的にも地球と同じってことかなと思いつつ、深入りすると後が怖そうなので、それ以上考えるのをやめておいた。




