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88 自覚した思いと制約



 旅の目的地である終末の地には、魔力の高い泉があるらしい。今回の白月石はくげつせきの代わりに、そこで白月石を取ってこれたらツディーネへのお土産にしようということで、今回の話はまとまった。


 しかし、騎士団長が以前ツディーネに日頃の感謝の気持ちとして渡していた月鏡石げっきょうせきはとんでもない場所にある泉だったそうだし、ウフマが言う泉もへんぴなところにある気がしてならない。まぁ、取ってくるのはウフマにお願いしよう。


 そんなこんなでウフマと別れて館に入ると、いつも出迎えてくれるアマヴェンナさんがいなかった。


 不思議に思いながら二階へ進むと、どこかの部屋から物音が聞こえた。


「アマヴェンナさん?」


 何だか誰かと言い合ってるような声が聞こえる。ルド?


 いつも二人は言い争ってるから、今朝の続きでまた言い合ってるのかもしれない。


 ガタン、と一際大きい音が聞こえた。

 大きな家具にぶつかるような音だ。


 アマヴェンナさんがルドに暴挙を働くとは思えないから、ルドが?

 でもあのいつも冷静なルドが?


 ちょっと想像できなくて、でもただ事ではない気がして、胸騒ぎを覚えながら物音がした方へ進む。

 知っている館なのに、何だか人の家に勝手に入り込んでるような、後ろめたい気持ちになった。


「……が、どう……、なら……」


 ある扉の前に立つと、声が聞こえてきた。アマヴェンナさんの声だ。

 良かった、と知った声に安心して扉を開こうとすると、またしてもガタン、と大きな音が聞こえた。


 声はしない。


 声がしないことが不安をかき立てる。


 思わずドアに手をかけ、焦りのまま扉を開いた。


「アマヴェンナさん!?」


 ノックもしなかった。


 それに気づいたのは、扉を開けて、中にいる人を見たときだった。


「あ……」


 目に入ったのは、二人の男女。

 アマヴェンナさんと、リーンフェルド殿下だった。


 ドクドクと鼓動がうるさい。


 どうして、と。


 困惑と動揺で、感情が揺れて頭が真っ白になった。


「おまけさま……」


 呼びかけられた低い声に、なぜか傷ついた。


 乱れた感情を鎮めることもできないまま、二人の姿から目が離せないまま、ただ、身じろぎもせず立ってることしかできなかった。


 壁に手をついたリーンフェルド殿下がこちらを見ている。その下に、床に仰向けに倒れ込むアマヴェンナさんがいた。


 アマヴェンナさんに覆い被さるように倒れ込んでいるリーンフェルド殿下の姿に、状況を把握する。


 これは、つまり、そういうことですよね。


 ドクンドクンと心臓がうるさい。あんまり激しく鼓動を打つものだから、胸が痛んで仕方ない。


 ぎゅうぎゅう締め付けられるような痛みに、どうしてもその場にいたくなくて、私はそのまま一歩後ずさって扉をゆっくり閉めた。


「おまけさま!?」


 アマヴェンナさんの声が追ってくる。


 自分が、とんでもない勘違いをしていたことに気づかされた。


 動揺のままにとりあえず落ち着ける場所を、と私は自室に駆け込み、そのまま閉めた扉に背を預けて座り込んだ。


「お、落ち着こう、うん、落ち着いて」


 乱れた呼吸を整えようと何度か大きく呼吸を繰り返す。


 呼吸はすぐに落ち着いたけれど、心臓はまだドクドクとうるさい。


 見たものへの衝撃が強すぎて、立ち直れない。


 ……そう、立ち直れない。


 戸惑いと動揺で揺さぶられる感情に、驚きが加わる。そうか、私——。


「え、えぇ~……今更、こんなのって……」


 どれだけ私はうっかりしてるんだ。


 自分でも気づかないまま気持ちが育ってたとか、自分の感情に無関心すぎる。いやまぁ、見た目は、確かにかっこいいと思っていた。顔面凶器になるくらい好みだった、それはもう。


 でもだからって、ああ、なんてこと。


 感情がぐるぐるめぐって、そのたびに浮かんでくる、さっき見た二人の情景に胸を抉られて、自覚したばかりの恋はすぐさま消火活動を余儀なくさせられる。


 火種さえ残さず消してしまわなければ。


 気づかれてはいけない。過ぎた感情すぎる。困らせるだけだ。


 言い聞かせるように、何度も。


 育ちそうな感情を摘んでいくのは慣れている。だから、今回も大丈夫だ。


「ああ、でも、自覚なかったとか、私ほんと、間抜けすぎる……」


 言葉に出すことで、次第に落ち着いてきた。


 ほんとに間抜けだ。自分の中で育っていた感情に気づきもしなかっただなんて。気づいたときにはもう、こんなにショックを受けるほど好きだった、なんて。


 好き、と感情を言葉にすると衝撃がすごい。そうか、好きか。


 うん……。


「はぁあぁぁ~」


 でも、自覚と同時にさっさと失恋できたのは幸運だったんだろう。このまま一緒に過ごすうちにとんでもなく勘違いしちゃってたら、目も当てられなかっただろうから。


「うん、早めに知れて、良かった。大丈夫だ」


 ぎゅうぎゅうと、締め付けられるような胸の痛みを堪えながら自分に言い聞かせていると、扉の向こうで靴音が響くのが聞こえた。


 短いノックの後、こちらの許可も聞かずに扉が開く。


「おまけさま……」


 扉の前で座り込む私を見て、驚いたように目を見開いた王太子殿下は、すっとそのまま膝をついて視線を合わせた。


 近い。近すぎる。


 いつものこととはいえ、今は無理だ。


 さっき自覚したばかりの感情の矛先の人物が目の前とか、触れる距離にいるとか、息づかいまで聞こえそうな距離とか、無理無理無理!!


 とっさに顔をそらす。


 露骨すぎたかもしれないと後悔するけど、それよりも距離を保ちたい。離れてくださいと伝えたくても、緊張しすぎて言葉が出てこない。


 ちょ、ほんと、近すぎムリ!!


「おまけさまは、誤解している」


 この状況をどうしようかと混乱している私の耳に、王太子殿下の声が聞こえた。いつもの余裕とは異なり、どこか焦ってるように声がうわずっている。


 誤解? いや、そんなことよりせめてあと少し離れて欲しい。顔面凶器って気づいてないのかな。


 誤解とかそれ以前に適切な距離を、と伝えるつもりでどうにか動く首をゆっくり横に振ると、さらに王太子殿下が顔を近づけてきた。


 全然伝わってない!!


「おまけさまは、全くわかっていない」


 分かってないのは王太子殿下の方だ!!


 ちょっ、もう、ほんとムリ!! 近い、近い、もう全体像見られないくらい。せめて体全体が入るくらい距離取って欲しい!


「おまけさま、アマヴェンナはただのメイドです。誤解しないでいただきたい」


 真剣な瞳が迫ってくる。どうしてそんなに懇願するような目で私を見るのか。私、別に王太子殿下に恋人がいようと思い人がいようと、呪い殺したりなんかしない。


 ちょっぴり、いやまぁ、かなり悲しくはなるだろうけど、それだけだ。例えばアマヴェンナさんでなくても、そう、あの美幼女が相手だったとしても、お似合いだとしか思えない。


 だって、私が選ばれることなんて、あるはずがないんだから。


「それは違う」


 私の心を読んだかのように、王太子殿下が視線を合わせて、強い口調で言った。


「私は、あ……」


 言葉は中途半端に途切れた。


 王太子殿下の口は喋ってるように動いているのに、どうにも声が出ていない。なんだこの現象。私の耳がおかしくなった?


 王太子殿下も言葉に出来ていないことに気づいたようで、再度言おうと口を動かす。けれど、音として出てこない。


 読心術の心得でもあれば唇の動きで言いたいことを理解できるのかもしれないけれど、残念ながら私にその素養はない。


 王太子殿下に訪れた不可思議な現象によって、私はすっかり王太子殿下との距離や自覚の遅い自分の感情を意識の外に放り出した。


「あの、大丈夫ですか? 何でしょう。魔法でしょうか? 心当たりあります? あ、私、アマヴェンナさん呼んできますね!」


 この世界の最高権力者のご子息、何かあっては大変だ。


 慌てて立ち上がろうとする私の腕を、王太子殿下の手が止めた。


「お待ちください。大丈夫です。制約が働いただけです」


 腕を取って止める動きの素早さに比べて、ずっと落ち着いた声で王太子殿下はそう告げた。


「制約?」


 また聞き慣れない言葉が飛び出した。異世界パワーワードその……三十八くらいだろうか。


「そうです。私には、制約がある。十年前、魔力を暴走させた咎から」


 十年前——。


 十年前と聞いて、思い浮かぶ出来事がいくつか浮かぶ。王太子殿下の身近では、王妃様が封魔の人柱になった。その前に『テュリウスの魔禍』が生じて、この世界の三分の一の人たちが亡くなってしまった。


 いずれも関連している。偶然とは思えない一致に、私はまじまじと王太子殿下の表情を見た。


 『テュリウスの魔禍』を鎮めるために、王太子殿下の魔力が暴走した? それとも、自分の母親が封魔の人柱になることに抗議して魔力が暴走した? それとも————。


「いつかお話できるときが来るでしょう。そのときまで、どうか……」


 また王太子殿下の言葉が途切れた。伝えられないことに気づいた王太子殿下は、ふぅと息を吐くと悲しげに笑った。


「どうか私に、あなたを守らせてください。あなたが拒んでも、私はどうしてもあなたを傷つけたくない」


 これが恋愛詐欺だとして、それでもきっと私は、騙されることを選ぶだろう。


 嘘まみれだったとしても、こんなにまっすぐ、こんなにちゃんと私を見てくれた人なんて、いないから。


「……はい」


 私の返事を聞いた王太子殿下は、破顔した。金の光でもまき散らしてるのか思うほど、キラキラした笑顔だ。


「良かった。それから、くどいようですがアマヴェンナとは特別な関係などではありません。あまりに小言が過ぎるので、注意していたまでのことです」

「小言……注意……」


 いや、押し倒してませんでした?


 疑問が顔に出ていたんだろう、王太子殿下は言葉を足した。


「アマヴェンナもあれですぐ手が出るタイプです。防御していたらあのようなことに」

「手が出るタイプ……」

「おまけさまの前では上手く隠しおおせているようですが、そもそも彼女はかつて第四騎士団の」

「殿下、こんなところで何をなさっておいでですか」


 恐れ多くも王太子殿下の発言をぶった切ったのは、話題のアマヴェンナさんだった。


「アマヴェンナさん!」

「おまけさま、助けが遅くなって申し訳ありません。足止めされておりました」


 現れたアマヴェンナさんは、何だか太いロープのようなものが体に巻き付いている。なぜそんな状態に。


「だ、大丈夫ですか?」

「問題ありません。それよりも、おまけさまの方こそ大事ないですか? パーソナルスペースを無視して至近距離に詰め寄られたり、腕や肩を触られるなどの不埒なことをされたり、あなたを守りたいという大義名分の元に執拗に言質を求められたりしませんでしたか?」


 何だか質問がいやに具体的だ。


「大丈夫です、そんなことされてませんよ」

「おまけさまは純粋でいらっしゃるから、心配でなりません」


 アマヴェンナさんは体に巻き付いたロープを手早く払いのけて私に近づき、そっと私の腕を掴んだままの王太子殿下の手をはがし、適切な距離となるよう離してくれた。


「さぁ、王太子殿下。あとはわたくしがお世話をいたします。お忙しい王太子殿下はどうぞ、気兼ねなくお仕事にお戻りを」


 最高権力者のご子息に言い捨てるようにそう告げて、アマヴェンナさんは私を連れて部屋を出たのだった。


 もしかしてこの世界で最強なのはアマヴェンナさんなのではと、おそらく私よりも年下であろう才媛に畏怖の念を抱いたのであった。




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