87 ウフマとの訓練
不思議な気配を漂わせていますね、とウフマが言った。
「気配?」
会うやいなやのその発言に、思わず肩や背後を振り返ってしまう。オーラみたいなものだろうか。旧生物、テレパシーだけじゃなくオーラ使いでもあったか。
『ええ。なんと言ったら良いのか。誰かの気配を感じるわ。昨夜どなたかとお会いしましたか?』
ウフマの問いかけに、昨夜の夢が浮かんだ。
「夢でなら、会いました。えーっと、名前が……どうして忘れちゃったんだろう、うーん。出てこないや。とにかく、とんでもない美幼女と会いました!」
私の興奮にも冷静なままのウフマは、慈愛溢れる瞳で私を見ていた。
こうして一緒に過ごすうちに、ウフマの感情が読み取れるようになってきた。ツディーネもそうだけど、ウフマも意外と感情豊かだ。特に瞳が。
『嬉しそうね』
「え、まぁ、はい。ずっと会えなくて、気になっていたので。お元気そうで良かったです。また会いに来てくれるようでしたし」
『不思議な気配だわ。悪い者の気配ではないのだけど、生きている匂いがしないというか……』
「え!?」
まさかの美幼女、生きてないかもしれない説!?
『ああ、違うわ。気配の話よ。夢で会う、ということが少し想像できないから何ともいえないけれど、直接会ったのでなければ、生きている匂いがしないのも当然だと言えるわ。ええ、そう……』
最後の方、ちょっと誤魔化すように濁してる感じだったけど、ほんとに大丈夫だろうか。殿下の掌中の珠だし、何かあってからでは遅い。
『誤解を生む表現で不安にさせてしまったわね。昨夜の夢なら時間も経過してるし、私の嗅覚はそれほど優れてないから、判断を誤ることも多いのよ』
旧生物は嘘を嫌うというから、きっとウフマの発言も嘘はないのだろう。
安心しようにも安心しきれないけれど、とりあえず美幼女に何かあれば王太子殿下が黙ってはいない。
次回美幼女に会ったときは、ちゃんと本体は元気なのか確認しようと心に決めた。
『今日はどこに行きましょうか』
話が一段落ついたところで、今日の訓練が始まる。
ウフマとの訓練は、主にウフマに乗って移動することだ。移動中の急な攻撃に備えていつでも葉っぱに変化できるように集中してはいるけれど、ルドから外では決して変化の魔法を使うなと言われているので、我慢している。
移動範囲もこの宮殿内だけなので、ほぼほぼ旋回して終わってしまう。訓練になってるのか正直微妙だけど、ウフマに乗るのは徐々に慣れてきた。
『泉はどうかしら?』
「泉?」
『ええ、今日は昼の月が出てるから、もしかしたら白月石が見つかるかもしれないわ。私の好物なのよ』
「白月石……」
またしても異世界謎ワードが出てきた。月鏡石と同じような感じかな。
『ああ、でも勝手に取ったらツディーネに怒られるかしら。少し残しておけば大丈夫だとは思うんだけど。確かツディーネ、白月石はそれほど好きじゃなかったはずだし』
私が白月石とはなんぞやと悩んでいる間にも、ツディーネの嗜好についてのウフマの講釈が続いていた。
『そもそも月鏡石と星鏡石しか食べないなんて、相当偏食よね。しかも同じ月鏡石や星鏡石でもあの泉のものしか食べたがらないんだもの、好き嫌いが激しいわ』
最終的にはツディーネの偏食っぷりを非難し始めた。
『あらごめんなさい、異世界の乙女。話が脱線してしまったわ。それで、どうしましょうか。私はどこでも構わないわ』
基本的に飛ぶことが好きなウフマは、私を乗せて飛ぶのも厭わない。
私との訓練後は、一人で遠くまで飛び、どれくらい速くたどり着けるかを楽しんでいるらしい。
以前ツルさんがグリパレは高所好きのスピード狂って言ってたけど、正しい表現かもしれないと今では思ってる。とにかく飛ぶことが好きな生き物なのだ。そしてどれだけスピードを出せるかに心血を注いでいる。
とりあえず前を行く生物がいたら、追い抜かさずにはいられないらしい。
相手がグリパレなら、互いに引かないから危うく宮殿の外に出そうになることも一度や二度ではなく、ハンドル握ると人格変わるように、飛び始めるとどうにもグリパレ格が変わってしまうようだった。
元来落ち着いているウフマでさえそうなんだから、他のグリパレはどうなんだろうと、知りたいような知りたくないような、複雑な心境だ。
『異世界の乙女、我々の種族はいかに疾く空を駆けるかが、我々に与えられた力なのよ。使わずして存在意義は見いだせません』
見上げた先にある黒い瞳は、どこか得意そうだった。
うーん、性格を知らないうちはほぼ黒目しかなくて怖いと思ってたけど、よく見ると可愛い。よく見ないと分からないけど、黒目はキョロキョロと良く動いている。うん、よく見れば可愛い。
可愛いけれども、「よく見れば」という注釈が必要なくらいには、地球感覚で言うところの「可愛い」からは逸脱している。ほんとうに不思議な生き物だ。
『それに、どれだけ安定して飛行できるかも重要視しているわ。我々の力は、乗り手の守護に特化したものだから』
「乗り手の守護」
『ええ。だから、安心してわたくしに乗っていただきたいものね』
確かに、あのスピードと高さでも全く身に危険を感じない。揺れることもないし、高低差に重力を感じることもない。気圧や風を感じることもほぼない。本当に飛んでいるのかと疑問に思って下を確認するのも度々だ。
「じゃあ、今日は泉に連れて行ってください」
『お安いご用よ。さぁ、乗ってちょうだい』
早く飛びたくて仕方がないようで、ウフマはすぐさましゃがみ込み、背中に乗れと急かしてくる。
「そういえば、輪音ちゃんのグリパレ……じ、じぇ、ジェフ?」
『ジムフェかしら?』
「そう! ジムフェ!」
異世界の名前は私にとっては慣れない響きで難しい。
基本的に名前を覚えるのが苦手なのに、カタカナはもっと覚えられない。すんなりウフマが答えてくれて良かった。
「ジムフェは、輪音ちゃんを乗せるときはしゃがんだりしないけど、普通は立ったまま乗るものなのでは? なら私もウフマが立ったまま乗れるようになった方が良くないでしょうか?」
グリパレに騎乗する騎士を見たこともあるが、みんな立ったままのグリパレに颯爽と乗っていた。降りるときもだ。
『ええ、まぁ。……特に問題はないと思うわ。このままで良いと思うの』
何か色々濁された。さっきまでしっかり合っていた視線も不自然なくらい逸らされてる。
でも、と食い下がろうとする私の気配を感じたのか、ウフマが先手を打った。
『それに、立ち座りよりもあなたが私に乗る前に落ちるのではないかと心配する方が私にとっては負担なのよ。このままの騎乗方法で問題ないわ』
負担……。どっちにしろ負担なら、ウフマの心が楽になる方を選んだ方が親切だろう。
負担掛けてごめんよ、と心の中で謝罪すると、ウフマが『気にしないで頂戴。したくてしているのだから』と大変男前な発言で慰めてくれたのだった。惚れてしまうではないか。




