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85 夢のあと




 目覚めの良い朝だった。


 昨日は初めての魔法を使い、夢の中では美幼女に会い、非常に濃い一日を過ごした。美幼女の可憐さを思い出してはにまにまと自然と口角が上がってしまう。


「ご機嫌ですね、おまけさま。良い夢でもご覧になりましたか?」


 さすがアマヴェンナさんは、私のささいな変化も見逃さない。


 朝食の準備をしながら、アマヴェンナさんも珍しく表情を緩めている。


「良く分かりますね。そうなんです、昨日美幼女……あれ、名前聞いたはずだったのに、えーっと……あれ?」

「美幼女とは、あの美幼女ですか?」


 一気にアマヴェンナさんの表情が曇る。


「はい、あの美幼女……あれ、昨日名前聞いたはずなのにな、とっても可愛い名前ってことだけしか覚えてない!」


 夢だから起きている間は記憶が薄れちゃうものだけど、うーん、楽しく会話したって雰囲気しか思い出せない。


 残念がっていると、アマヴェンナさんの心配そうに見守る視線とぶつかった。


「本当に夢でしょうか?」

「はい、夢を繋いだって言ってましたし、夢だと思います」

「夢といえど、実世界に影響がでないとは限りません。どうかお気をつけください」


 これまで散々心配をかけてきたから、アマヴェンナさんの言葉を「そんな大げさな」と簡単に流すことはできない。


 はい、と神妙に頷くと、アマヴェンナさんは安心したように表情を緩め、私の前に朝食のプレートを置いた。


 しかし思えば、随分この生活にも慣れた。


 あっという間の三ヶ月。


 この三ヶ月で、救世主たちはめきめきと力を付けたらしい。輪音もとねちゃんも、第六騎士団で後方支援の防御担当として頑張っていると夕食時に教えてくれている。


 あれから、輪音もとねちゃんは一見いつも通りに見えるほどには元気になった。


 ただ、ふとしたときにそこにある壁に気づかされる。これ以上入り込ませないと感じさせる、線を引かれている。


 無理に近づけば、決してそれ以上近寄ることは許されない。だから私たちは許される範囲の中で、少しずつその距離を縮めていけたらと長期戦を覚悟した。


「本日のメインはレハラント・キーナイのプリコット煮込みでございます」


 アマヴェンナさんの声に、はっと意識が朝食に戻る。


 キーナイ。


 あんな見た目をしているのに、味は最高なのだ。なんてギャップ。いつも私の舌と胃袋を幸せにしてくれてありがとう。


 美しく盛り付けられたキーナイの煮込みにしばし見入っていると、その間に右手にナイフ、左手にフォークを握らされていた。


 まるで幼子の食事介助!


 いや、ちょっとお世話の範囲が広がりすぎてやしませんか。


 そう思っていると、はっきりと言葉にして抗議する人が現れた。


「アマヴェンナ。いつにも増して世話を焼きすぎではないかな」


 金髪金目のリトルリアルギリシャ彫刻、ルドである。本日も非常に美々しい装いである。


「ルドレキオ様。お気に障ったようでしたら申し訳ございません。恐れながら申し上げますと、わたくしたちはいつもこのような距離感でございます」


 え!? どんな距離感!?


 突然の売り言葉に驚いていると、ルドは気にした風もなく鷹揚に微笑んでいる。


「馴れ馴れしすぎるのはいかがなものだろう。アマヴェンナ、きみはこの館にかかりきりと聞く。職務熱心なことだが、たまには休暇を取らせるように言っておこう」

「わたくし以外のものに、果たして務まるでしょうか」


 遠回しにブラックな職場って糾弾してる!

 確かに、掃除洗濯食事全てお任せしてる! ここに移ってきたときは三人はいたはずのメイドさんたちも、最近めっきり見かけない! 難ありの職場って言われても頷ける。


「ごめんなさい。私が全部お任せしてるからですよね? これからはできるだけ自分のことは自分でやるようにします! とりあえず掃除と食事と洗濯は自分でできると思います」


 元の世界では一人暮らししてたし、この世界は衛生面も水回りも現代日本と変わりなさそうだったし、大丈夫な気がする。


 これでブラック環境が少しでも改善する、と思っていたにも関わらず。


「そんな、おまけさま! 誤解です」

「チヨコを責めてるわけではないんだよ。チヨコには心穏やかに過ごしてもらいたいんだ」


 美形二人に迫られ、職務放棄した言語能力が回復する間もなく、先ほどの言葉の撤回を余儀なくされたのであった。


「ところで、今日の魔法の練習だけど、夜でも良い? 日中はどうしても時間が取れなくて」

「うん、もちろん。練習付き合ってもらってるのは私だし、ルドが大変なら毎日じゃなくて良いんだよ?」

「僕がチヨコと一緒にいたいから良いんだよ」


 だから恋愛詐欺師にでもなるのかな。私がルドの将来の心配する必要はないと分かっていても、心配になる。


 あと数年したら被害に遭った女の子たちで、この世界別の意味で危機を迎えるかもしれない。


「夜、でしょうか」


 ひとまず会話が落ち着いたところで、掘り返すようにアマヴェンナさんが呟いた。


「はい。あ、でも、お茶なら自分で入れられるので大丈夫です。片付けもちゃんとしておきます」


 アマヴェンナさんは夜もここに泊まっている。とはいえ、プライベートの時間も大事にしてもらいたい。さっきブラックな職場ってことを聞かされたところだし。


「おまけさま、お気遣いありがとうございます。わたくしが気にしておりますのはそうしたことではなく、夜、密室で、お二人で、お過ごしになるのが、問題だと申し上げているのです」


 もしや、とアマヴェンナさんは鋭い目で私たちを見据えた。


「まさかとは思いますが、これまでにもお二人で、密室で、魔法の練習、とやらをなさったことがおありですか?」


 単語を一つひとつ区切りながら、少しの隙も見逃さないという様子でアマヴェンナさんが尋問してくる。


「え、えーっと……」


 ある。全然、ある。


 夜はないけど、二人で密室で魔法の練習は普通にしたことある。昨日、初めて魔法を使ったときだ。


「おありなのですね」


 はっきり口に出さずとも、私とルドの態度で丸わかりのようだ。


「良いですか、おまけさま。これはわたくしからの助言です。元の世界とは常識が異なるところがあるかと存じます。ですので、多少のことは問題とはなりません。しかし、男女が密室で過ごすことは、看過できることではありません」

「アマヴェンナ」

「これはおまけさまの今後にも関わってくることです」

「お前が目を瞑っていれば良いだけの話だろう」

「わたくしの口が軽いとでも? 論点をずらすのも大概になさいませ。ルドレキオ様、少しご自身が置かれているお立場をお考えになっては?」

「あまりうるさいことを言うようなら、神殿に帰ってもらっても良いが」

「正しい権力の使い方を身につけられてはいかがですか」


 これは、何だか静かなる舌戦が繰り広げられてる!?


 え、なんで。いや、ルドはおそらく王族。


 ということは、政治家のようにきっと身辺はクリーンでなきゃいけないわけで、私のような異世界からきた素性も知れない女がうろちょろしてるのは、外聞的に良くないということだろう。


 確かに、いくら異世界人を丁重にもてなすといっても、毎日毎日時間を割いて付き合うというのは、度を超している。


「あの、でしたら私、今後はルドと過ごすのは……えー、あ、アマヴェンナさんが同席しているときだけにします! それなら大丈夫でしょうか?」


 ルドと一緒に過ごすのは減らそうと思うと言いかけたところで、ルドの鋭い視線が走ってきてとっさに言い直してしまった。


 こちらの鬼から逃げればあちらの鬼に捕まるという構図ができあがっている。


「チヨコ、そんなに気を遣わなくても、この館にいれば誰にも邪魔はされないから」

「そういうところです、ルドレキオ様」


 またしてもアマヴェンナさんの小言スイッチを押してしまったらしいルドが、アマヴェンナさんからお叱りを受けている間、そっと私は朝食を進めることに徹した。


 これはもう二人で話し合ってもらおう。


 今日は朝食後にウフマと騎乗の練習をすることになっている。時間に正確なウフマだから、もうすでに待っているかもしれない。


 無心で食事を進め、食べ終えると軽く片付け、そそくさと部屋を後にしたのだった。





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