82 タヌキと魔法
ネコになる予定だったのに、タヌキみたいにまん丸な顔のネコを思い浮かべたら、そこで止まればいいのに葉っぱを頭に乗せたタヌキを連想してしまった。
それがいけなかったのだ。今度こそタヌキを連想しない。しないったらしない。
気合いを入れてその後も犬や鳥や魚や、葉っぱつながりで花にも挑戦してみた。けれどどうしても連想している途中で、葉っぱを乗せたタヌキが登場するのだ。
ふてぶてしい顔で、お呼びですかとやってくるのだ。
これ使いますかと葉っぱをババ抜きみたいにして見せてくるのだ。なぜだ。
「すごいね、チヨコ。初日なのにこんなに使いこなしているなんて。もう変化も解除も自由自在だね」
違う、葉っぱになりたいと思って変化してるわけじゃない。
むしろ失敗している、と訴えたかったが、とっても上機嫌で褒めてくれるルドに水を差す気にもなれなくて、素直に頷いておいた。
頭の隅にいるタヌキが勝ち誇ったようにニヤリと笑った気がした。
確かに魔法は一つだけとはいえ、使いこなせるようになった。イメージして変化したいと意識すれば葉っぱになれる。なれるけれども。
「これ、何かの役に立つかな?」
葉っぱになって自由に行きたいところに行けるならまだ役に立てるかもしれない。けれど私の場合、変化した葉っぱの状態だと自分の意思で動くことができなくなるのだ。
視覚と聴覚と嗅覚は変化前とほぼ同じ、むしろそれ以上に機能するようだけど、触覚に関してはほぼほぼ働かない。ルドに持ち上げられても、その感触はないのだ。
葉っぱになったが最後、自由がなくなる。
活用できる場面が全く思い浮かばない。
ルドも同じ気持ちなのか、いつもは私の何気ない一言にも丁寧に返してくれるのに、沈黙したままだ。
このまま沈黙が続くと変に気を遣わせてしまうような気がしたので、すぐさま笑ってこの重苦しい雰囲気を打ち破ることにした。
「まぁでも、きっとどこかで役に立つよね! えーっと、例えば……そう、緑が欲しいときに私が葉っぱになれば、目が和んだりとか。あとは、こう、葉っぱが必要になったとき、とか……」
そんな状況はあるのかと問われると、限りなく起こりえない状況だとは思う。
でも、もしかしたらこれから救世の旅をする中で葉っぱがどうしても必要になったり……しないか。しないな。
「うん、そうだね。————チヨコ、そんなに役に立とうと頑張らなくても良いんだよ。チヨコたち救世主は、この世界に来てくれただけで感謝されるべき存在なんだから」
何度も、そう言われてきた。この世界に救世主として召喚されたことそれ自体が救世に繋がると。
ただ、それは救世主たちにおいてであって、おまけの私は正直なところ、感謝されるような立場にはいない。
それでもアマヴェンナさんも、ルドも、王太子殿下もユエジンさんも、おまけの私にさえ、この世界にとどまったことを感謝してくる。
私は、その感謝に応えたい。
何もできていないからこそ、ささやかでも何かの役に立ちたいと思うのは、お世話になっている身としては自然と湧き出てくる感情だ。分不相応な願いかもしれなくても、少しでも役に立ちたい。
しかし、使える魔法が葉っぱへの変化とは、どうしたものか。
「そうはいっても、せっかく使えるようになった魔法だし、必殺技みたいにしたい」
「必殺技……。チヨコ、危険なことはしないでおこうね」
葉っぱとしてでも自由に動けるようにならないだろうか。そこさえ突破できれば、有用性が高まる気がする。
新たな希望に意欲を燃やしていると、ルドが釘を刺すように私の前に回り込んできた。
「チヨコ? 危ないことは、やめておこうね?」
笑っているのに、ちっとも笑っていない。優しく言おうとしているのは口調から伝わるけれど、抑揚がなくてかえって怖い。
「う、ん。でも、必殺技……」
「やめておこうね?」
必殺技を極めたいと思いつつ、言わせてくれないルドの圧。
なぜだ。これくらいの年齢の男の子って、必殺技とか効果音とかに無駄に夢中になるんじゃなかったのか。
ルドって精神年齢高そうだし、もう必殺技なんて卒業しちゃったか。
しかしここでルドの機嫌を損ねてしまうと、葉っぱのまま自由に動くための助言がもらえなくなるかも可能性もある。魔法に関してはルドの方が詳しい。ここは我慢して頷くべきか。
打算的なことを考えていたのが伝わってしまったのか、返事をしない私を前にルドは軽く息を吐いた。
「じゃあ、そうだな、身体強化の魔法を教えよう。変化の魔法に近いから、チヨコも使えるかもしれない。それを上手く応用できたら、葉っぱのまま自由に動けるかもしれないよ。あくまでも可能性としては、だけど」
「ほんと!? ありがとう、ルド!」
身体強化の魔法がどんなものか分からないけれど、葉っぱのまま自由に動ける可能性が少しでもあるなら挑戦したい。
葉っぱのままできることが増えたら、何をしよう。人間の身じゃできないことをしたいよね、やっぱり。
この先に待ち受ける希望を胸にウキウキしていると、ルドがなぜか手で口を覆って佇んでいた。
「ルド、大丈夫? 気持ち悪い?」
「っ、いや、何でも」
「でも、口押さえて吐きそうなんじゃない?」
「いや、大丈夫。心配要らないよ。じゃあ、身体強化の魔法のやり方、いくつかあるけれど、簡単なものから始めてみよう」
一つ息を吸って呼吸を整えたルドは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
身体強化の魔法はいくつか教えてもらえたけれど、できたのはなぜか一番複雑だとルドが言うもので、しかもその効力はほんの少し自分の周りの気圧を変化させて風を生じさせるという、身体強化なのかよく分からない魔法だった。
けれどおかげで葉っぱの状態でもかすかな風で少し行動範囲が広がった。
喜ぶ私に、ルドはまたしても釘を刺す。
「今のところ魔力切れの様子はないけれど、頻繁に魔法を使うと魔力切れで戻れなくなっちゃうこともあるからね。魔法を使うときは私が見ている前だけにしてね」
出た、滅ぼしの救世主認定! 私がやらかすことでこの世界が破滅へと……ではないな。もうさすがに私の存在が世界を破滅させるだなんて考えは捨て去った。
自惚れてました、すみません。
単に私が何かやらかさないか心配してくれているのだと思うと、年下に心配される私って、とちょっぴり切なくなったのだった。




