81 おまけ、魔法を使う
二杯目のお茶を用意してくれたルドは、一緒にお茶菓子も持ってきてくれた。
一口サイズのメレンゲクッキーだ。色とりどりの小さなクッキーは見ているだけでも心が踊る。
サクサクした食感が口の中で溶けるのを楽しみながら、ルドが魔法について教えてくれた。
「じゃあ、私にも使える魔法があるかもしれないけれど、限定的な力ってこと?」
「そう。元々チヨコたち異世界人は魔法が使えない。魔力を持たない人間だからね。加護の名の下に、攻撃力や防御力に特化した能力は使えるんだ。チヨコは加護を持たないけど、もし使える魔法があるとするなら、チヨコの場合も何かに特化した力になると思う」
確か救世主たちが持つ能力は元々の特性が影響してるんじゃないかって、騎士団長も言っていた。
ということは、である。私の特性って、なんぞやという話になるわけである。
「うーん。どんな魔法なら使えるんだろう。片っ端から試してみたらできたりするかな? それとも救世主たちみたいに、こう、頭の中に突然これだ! って閃きが走ったりするのかな?」
私が元々持ってる特性って何だろう。とりあえず可愛いものが好きだ。他にこれといって何か特筆すべき点があるわけでもない。普通を具現化したような私に、どんな魔法が使えると言うんだろう。
「チヨコ自身が自分の身のうちにある魔力に気づければ、もしかしたらどんな魔法が使えるか分かるかもしれない。私がサポートするから、手を乗せてくれる?」
そう言って、ルドは片手を差し出してくる。
身のうちの魔力に気づく。
その言葉に、思わず身体を固くしてしまう。
前回そんなようなことを言って、うっかりうなじに唇らしきもので触れられたのを忘れてはいない。
思わず思い出してしまい、うなじに意識が行ってじんわりと熱を持つのが分かった。
いたたまれず俯くと、どういうわけかルドが私よりもうなだれて、膝の上まで頭が落ちていた。
「え、どうしたのルド!?」
「……いや、私が悪い。せめてアマヴェンナを同席させるべきだった。場所も悪い。物理的な壁がなさすぎて、すぐに行動に移してしまいそうになる」
何だか低い声でブツブツ呟いている。大丈夫だろうか。呪いのようにも聞こえるけれど。
「やり方を変えよう。チヨコが魔法と聞いて思い浮かぶものはどんなもの? そこから使える魔法が見つかるかもしれない」
気を取り直したらしいルドが、背筋を伸ばしていつもの笑顔で聞いた。大輪のバラでさえこの笑顔を前にすると裸足で逃げ出してしまうだろう。それほどに眩しく、美しい笑顔だ。
「魔法まほう……」
改まって魔法と聞いて思い浮かぶものは、と聞かれると思い浮かばなくなる。
えーっと、あれだ、魔法使い!
杖を持って、呪文を唱えて、何かすごい魔法を出す。……どんな魔法?
うーん、空を飛ぶとか?
瞬間移動とか! あとは、あとは——。
「——変身するとか?」
「変身?」
そっと呟いた言葉を、ルドが訝しげに拾い上げた。
「そう、変身……変化? 私たちの世界では、タヌキっていう、変化が得意な生き物がいて。あれ? でもこれって魔法じゃない?」
なぜか頭の中に浮かんできたのは、葉っぱを頭に乗せたタヌキだ。
ふわふわなしっぽ、まん丸な顔に耳、低めの鼻、とぼけたような顔の模様。
二足歩行のタヌキが頭に葉っぱを乗せて、ポンと煙を上げて変化する。
——何に変化するのかちょっと思いつかないけれど。
そんなことを頭に思い浮かべていたら、ポン、と小さくポップコーンが弾けたような音が聞こえた。
『え……?』
視界が揺れる。平衡感覚が掴めない。
ゆらゆらして、だんだん身体が下に向かっているのだけは分かる。
え、え、と戸惑っている間に、揺れは収まり、視界は床を見つめていた。絨毯の金糸がはっきりと至近距離で見える。
何が起こった!?
何だか身体を動かしてるつもりなのに、あるべきところにあるべきものがないというか、動かせるものがないというか、変な感じだ。
「チヨコ?」
『ルド!』
「……チヨコ、だね?」
ふわりと視界が広がる。目の前に、何とも言えない表情を浮かべたルドがいた。
『私、どうなってるの?』
「うん、魔法、使えたみたいだね。チヨコは変化が得意なようだ。上手く葉っぱになれてるよ」
『はっぱ……?』
「うん、葉っぱ。若葉かな? みずみずしくて、可愛らしいよ」
葉っぱに対しても美辞麗句を欠かさないなんて、王家はどういう教育をしているんだろう。
『これ、戻るのどうすればいいの?』
「元の姿を思い浮かべれば、自然と身体が引っ張られると思うんだけど」
ルドの言う通りに元の姿を思い浮かべ、戻れ戻れと念じてみる。
すると、ポン、とまたしても栓が抜けたようなちょっぴり間抜けな音を立て、ぐわんと重力に押されるようにして身体が元に戻った。
思わず自分の手を眺め、握ったり開いたり動作確認をする。
うん、特に変化の影響なし。
というか、葉っぱって。
「なんで葉っぱ?」
思わずこぼれた疑問に、ルドも首を傾げて苦笑した。
「さぁ。変化の魔法がかかる前に葉っぱを思い浮かべたんじゃないかな? 魔法はイメージと強く結びつくから」
「確かにタヌキの頭に葉っぱっていうイメージで変化を意識してた。ってことは、イメージしたものになれるってこと?」
「どうだろう。基本的にはそうだろうけど、チヨコの魔法は普通の魔法とは違うから、一つのものにしか変化できないかもしれない」
葉っぱだけにしか変化できないとか、どんな能力だ。
せっかく魔法の世界に来て魔法が使えるかもしれないのに、葉っぱに変化するだけなんてもったいない。絶対に他のものにも変化してみせる、と意気揚々とイメージを膨らませた。
まずはネコなんていいかもしれない。
ふわふわのネコ、しっぽは長くて、色はレッドタビー。まん丸な顔が好きだな。タヌキみたいな。
「あ……」
ポン、と乾いた音が弾んだ瞬間、私の視界はまたしても揺れ、ゆらゆらと振り子のように弧を描きながら下に落ちていった。
『また葉っぱになってる?』
「なってる」
戻れと念じて元に戻ると、まずは今回の変化の反省をすることにした。




