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79 開かずの扉の向こう側


 カタン、とかすかな音が聞こえたのは、廊下に出たときだった。


 音がした方を見ると、そこには屋上階へ続く階段がある。その奥、階段の上で、キ、と木が鳴るような高い音がかすかに聞こえた。


 思わず足を進めそうになりながら、アマヴェンナさんの言葉が待ったをかける。


 屋上階には行ってはいけない、と再三言われている。


 でも鍵がかかってるって言ってたし、開いてたとしても中に入るなって言ってた。


 つまり、開いてても中に入らなければギリギリセーフってことだよね?


 これが辺りも真っ暗な夜なら部屋に飛んで戻ったかもしれないけれど、窓から燦々(さんさん)と光が降り注いでいるお昼前となれば、怖いものはない。


「よし」


 気合いを入れて、三階への階段を上ることにした。


 廊下の絨毯と異なり、三階の絨毯は天窓から光が注いでいるのにも関わらず、ほとんど日焼けもしていない。頻繁に人が通ることもないためか、毛足もへたっていなかった。


 きしみを上げることもない階段をトントンと上りきると、そこには扉が一つあった。


 館内の他の扉と、見た目もドアの取っ手も何一つ異なるところはない。


 その扉が、ほんのわずかに開いている。部屋の中の光が隙間からまっすぐ線を描き、天窓から注ぐ光に重なり、廊下に陰影を添えている。


 不思議な空間だった。空気も時間も空間も、全てが止まっているみたいに見える。

光に浮かぶチリまでもが、そのまま時を止めて停止しているようだった。


 不意に、同じようなことがあったな、と既視感に襲われて記憶をたどると、大神殿で美幼女に初めて会ったときのことを思い出した。


 あのときも、こうして扉が開いて、美幼女の声に誘われて行ったんだった。


 そういえば美幼女は元気にしているだろうか。


 最後に会ったときは私がケガをしちゃって、すごく悲しそうにしてたから、もう大丈夫だよって言ってあげたい。でもって名前を聞きたい。いつまでも美幼女呼びは気が引けるし。


 今度はいつ会えるかな。ん? これ、もしかして扉の向こうに美幼女いたり? 二度あることは三度あるって言うし、一度あったことは二度あることもあるんじゃない?


 もしやもしや、と淡い期待を込めて、そーっと扉から中を覗いてみる。


 外開きの扉はすんなり開き、中は室内の窓から入った外の光で明るく満ちていた。


「……誰もいない?」


 美幼女がいるとばかり思っていたのに、誰もいなかった。


 勝手に期待して勝手に落胆し、忙しない情緒に落ち着きを取り戻そうと下を見ると、数歩進んだところに何かが落ちていた。


 光に反射してキラキラしているせいか、はっきりと見えない。


 何だろうと気を惹かれるまま見える距離まで進んでしゃがみ込んでみると、それは拳くらいの大きさの石だった。


「何だっけ、げ? げ……、あ、月鏡石?」


 先日騎士団長がツディーネに渡そうとしていた石を思い出す。それに似ているけれど、大きさも色も少し違うような気がする。


 ツディーネのは、もう少し濃い金色だった。これは淡い金色だ。淡くて、まろやかな、触れると色が消えてしまうような儚さの色だ。


 しかし、月鏡石って貴重なものじゃないんだろうか。こんな床に落ちていて大丈夫なのだろうか。


 拾うべきか悩んでいると、キ、と木が軋む音がして、カチャリと今度は金属音がはっきりと聞こえた。


「え」


 慌てて振り向くと、さっきまでほぼ全開だったはずの扉がぴったり閉じている。焦りながら取っ手を押すも、なぜか開かない。


 鍵!? え、でも鍵穴なんてないのに!?


 鍵穴もなければ、鍵らしき仕掛けが見当たらない。


 そもそも鍵がかかるはずがない扉なのに開かないってことは、建て付けが悪くなったとか?


 職場でもあったな、梅雨になると湿気で木造の扉が膨張して、一度閉めてしまうと開けるのに大人二人がかりで体当たりしなきゃいけない扉。

 修理要望出しても黙殺されてたあの扉、結局梅雨の間は開けっぱなしにしてたな。今はどうなってるんだろう。


 これも木造っぽいし、湿気で膨張したとか?


 非常に頑丈そうな見た目をしている扉に体当たりして勝てる気がしなかったので、早々に白旗を揚げて大人しくじっと救助を待つ方針に切り替える。


 そうと決まれば落ち着ける場所が必要だ。人の部屋に勝手に立ち入って申し訳ないけれど、とりあえず座れる場所を確保したい。


 そう思って見回すと、二階のリビングや寝室よりも遙かに豪華な調度に囲まれていることに気づく。


 二階の設えどころか、宮殿の部屋と比べてもこの部屋、レベルが違う。


 どこがどう、とはっきり言えないけれど、上には上がいる、井の中の蛙とはこういうことを言うんだと思い知らされるような、内装も調度も全てが高級な雰囲気を醸し出していた。


 よく見ると絨毯までところどころに金糸が入ってるではないか。


 さりげなく置かれているあのテーブルも、一目で他とは違う高級品っていう雰囲気が出ている。


 語彙力がないから言語化できなくて考えられないけど、感じはする!


 恐ろしい場所である。部屋主を知るのが怖い。きっと王族……王族? あ、ルドだ。


 そうか、ルドの部屋か。


 それならそうとアマヴェンナさんも言ってくれればいいのに。魔のものよりも怖い存在に出くわすとか怖いこと言うから、誰の部屋かと思ってしまった。


 ルドならまぁ、部屋を荒らさなければ少しくらい滞在を許してくれるだろう。


 途端にほっとして、勝手に入り込んでおいて厚かましいとは思いつつも、近くのソファの隅にそっと腰掛けた。


 ああ、情緒が疲れた。近年まれに見る情緒の騒がしさだった。


 腕に抱えていた本をそっと横に置き、全身から力を抜く。外の光が優しく瞳を刺激するからまぶたを閉じると、ちょうど良い明るさになった。


 時間が止まったような空間で、自分の呼吸だけが聞こえる。


 深く息を吸い込んで、吐く。


 それを何度か聞いているうちに、私はすっかり意識を飛ばしていた。





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