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7 神託と救世主と武具と石


 話し合いは深夜にまで及んだ。続きは明日に、ということで解散し、それぞれの個室に戻った。


 ベッド脇のチェストに置かれたテーブルランプが柔らかな光を発している。その光をぼんやりと見つめながら、魔法ってすごいなぁと不思議な感覚に陥った。


 そう、この世界、何を隠そう魔法の世界なのである。


 電気も水道もガスも、科学技術の全てが魔法で代替されているのだそう。一体どういう仕組みか謎だけが募るが、そういうものなんだそうだ。


 魔力なんてものがない私でも使えるのかと不安だったけど、なんとこの世界、魔力がない人が大半だそう。


 魔法使うのに魔力は要らないってこと? そもそも魔法使うのに魔力必要とか、地球基準の刷り込みってこと? と初めて聞いたときは混乱した。


 これもみんなの頭の中に入ってきたというデータから引き出してきたものだから、どこまで信用できるかは分からないみたいだけど、その昔神様が魔法を使って上下水道や電気やガスといったインフラを構築したらしい。


 その装置は自動的に魔力を大気から取り込むから、半永久的に動き続けるんだそうだ。


 だから、使用する際に使用者に魔力があろうとなかろうと関係ない。


 部屋の電気もお風呂も、日本と同じようにボタン一つで解決する。魔法を使ってるっていう感覚が全くないのが残念だけれど、コックをひねるだけで適温の水が出てくるし、トイレも水洗だし、不便さは全くない。


 この世界に魔法はあるし身近に魔法を感じるけど、魔法自体を使用できる人はほとんど存在しない。


 変な世界だ。


 ベッドと書き物机とクローゼットがそろっている個室には、やはり可愛らしい花が生けられていて、心地よく過ごしてもらおうという心遣いを感じる。


 戸惑いと興奮で疲れ切った心が温かくなった。


 うん、多分大丈夫。分からないことだらけだけど、なんとかなりそう。


 疲労を感じる身体を温かく包み込んでくれるベッドに預けて、ほのかに浮かぶ光を眺めながら眠った。


 もしかしたら全部夢だった、なんていう展開を期待しながら。


 そんな期待もむなしく、昨日の出来事は夢ではないようだった。もしくは夢がまだ続いているのか。


 目の前にずらりと並んだ神官やその後ろに立つ騎士たちは、昨日と何ら変わらない姿かたちで現れた。


 私たちは着替えもないので、こちらの服をお借りしている。真楯またてくんを始め男性陣は生成り色のバンドカラーシャツと黒いズボン、女性陣は簡素なワンピースだ。


 朝起きたら、目覚めをどうやって察知したのかメイドさんたちが颯爽と現れて甲斐甲斐しくお世話してくれた。

 朝食をいただいた後に、お召し物はこちらにご用意しております、と開けたクローゼットの中には、ずらりと並んだ色とりどりの衣服。


 昨日確認した時には中に何もなかったから、朝食を食べている間に密かに用意してくれたんだろう。朝起きたらリビングも綺麗に整えられてたし、花も昨日のものと変わってた。


 え、いつの間に。


 これだけ気配消して行動できるなら、メイドじゃなくてスナイパーになれるんじゃ。


 見えないところで仕事を完璧にこなすメイドさんたちの実力に、おののかされた朝だった。


 そんなこんなで朝の支度を終えた私たちは、昨日話し合いをした宮殿の一室に連行された。


「このたびは突然のことで驚いたでしょう。わたくしどもの世界では待ち望んでいたこととはいえ、あなた方にとっては不本意だったかもしれません。それでもこうして留まっていただけたこと、衷心より感謝申し上げます。昨夜はゆっくりお休みになりましたか。何か行き届かない点などございませんでしたか」


 慈悲深い笑みを浮かべて、昨日の神官の一人が話しかけてくる。

 

 銀の髪は一本一本に光沢があり、緑の瞳は思慮深い光をたたえている。あ、左目の下にほくろがある。


 ええと、名前は何だったっけ。昨日教えてもらったのに、怒濤に過ぎ去っていくから脳の空き容量がなくて、えーっと、確か……。


「改めまして、私は神官長を拝命しております、ユエジン・テュリーと申します」


 この世界の神官長は、人の心を読めるようになってるのか。


 余計なことは考えないようにしよう、心を閉じようと念じながら、そっとその姿をうかがい見る。


 神官長ってことは神官の中で一番偉い人だろうけど、目の前の人はどう見ても三十代くらい。この若さでその地位って、この世界では当たり前なんだろうか。


 神官の祭服は顔と手以外の露出を抑えているようで、ゆったりしたワンピースのようにも見える。身体のラインが出ないものの、どの神官も背が高いからかすっきり着こなしている。


 基本は白の衣装みたいだけど、神官長だけはさらに上にチュニックのようなものを被っており、色鮮やかな刺繍が施されていて豪華だ。


「この度の救世に際し、あなた方が存分に力を奮えるよう、あらゆる環境を整える次第でございます。過不足がございましたら、なんなりとお申し付けくださいますよう」


 救世主というのは、上にも置かない立場らしい。


 異世界からわざわざ呼びつけるくらいだ。きっと自国じゃどうしようもできないほど窮した状態なんだろう。いまだ背景が判然としていない私には想像でしかないけれど。


「神託によれば、召喚から一日を経た後に、救世主様方に決めていただくことがございます」


 厳かな声が紡ぐ言葉は、場に染み入るようだった。聞かせることを生業としているものの声だ。


「今朝目が覚めて、何か変わったことはございませんでしたか? もしくは、身体に馴染んだことは?」

「変わったことっつーか、急に欲しいものができた」


 真楯またてくんの言葉を皮切りに、うんうんと頷く様子が見て取れた。


 最初から思ってたけど、君たち仲いいよね。


 異世界に来て同じタイミングで欲しいものができるなんて、仲がいいというより作為的なものを感じるけど、と思ったところで、これが正解なんじゃないかと思って戦慄した。


 え、私、当たりじゃない? やっぱりこの子たち、頭乗っ取られてるんじゃ……。引率担当、しっかりしなければ!


 自分の役割を再確認して、それまで自分には関係ないやと本腰入れて聞いてなかった会話を前のめりで聞くことにした。


「具体的に、どういったものをご所望ですか?」


 静かな声は、答えをもう知っているようでもあった。私の警戒心が警報を鳴らす。


「昨日までは漠然としかわかんなかったんだけど、多分俺の武器は大剣だな。つかに四角い黒っぽい石が入ってる。さやは銀色で、あー、なんかがらが彫られてんだけど、聖獣? ってーの? この世界の。ライオンみたいな鷲みたいな、そういう生き物が描かれてんの、知ってる?」


 ライオンみたいな鷲みたいなってとこで私の思考は頓挫した。


 ライオンと鷲っていうとグリフォンが地球では有名だけど、ここは異世界だし、全く違う生き物なのかもしれない。そもそもライオンや鷲もいなさそうだ。


 そんな私の脳内の混乱とは裏腹に、ユエジンさんは心得たとばかりに笑顔を見せる。


 ユエジンさんがちらっと視線を向けると、さっと背後に控えていた騎士が動き出し、部屋を出て行った。戻ってきた時には、布に巻かれた、おそらく大剣だろう何かを両手に捧げて入ってきた。


 ゴトリ、と尋常じゃなく重い音を立ててテーブルに置かれた大剣の布を、ユエジンさんが丁寧な手つきで開いていく。


「……っ」


 息をのんだのは、真楯またてくんか、私か。


「これだ、俺の、剣」


 感極まったように真楯またてくんがつぶやく隣で、私は食い入るように鞘に彫られた生き物を見ていた。


 かなり装飾化されているけれど、その生き物にはたてがみとくちばしがあり、ライオンのような尻尾が三本生えていた。


 そしてその背中には、大きな翼が生えている。四足歩行かと思いきや、前肢は鋭い爪を持つ鷲の脚、後ろ肢は筋肉も立派なライオンの脚である。


 見事にミックスしたなぁ。


 どうにもアンバランスに見えるのに、二度見する頃にはどこが変だと感じていたのか分からなくなってくるところが怖いところである。


 危ない、どんどんこの世界に馴染んできてるような気がする。私の頭も乗っ取られつつあったり? いかん、気を引き締めねば。


「どうぞ、お手に取ってみてください。この剣の主は、あなたです」


 促されるまま、真楯またてくんが大剣に手を伸ばす。

 

 触れた瞬間、部屋中にまばゆい青色の光が広がった。


 青と緑、それから虹色。キラキラと光を集めて収束していく。


 時間にして数秒。それでも、鮮烈な光がまぶたの裏に残って衝撃から戻るのに時間を要した。


「な、何だったんだ」


 突然の出来事で放心状態の私たちの思いを代弁するかのように、真楯またてくんが呟いた。


「おめでとうございます。主と認められましたよ」


 光を収束させた大剣は、さきほどと同じように鎮座しているものの、その束にはまっている石の色が青色に変わっていた。


 黒玉だったものが、ベニト石に変化したみたいな。



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