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77 ツルさんと可愛いもの談義




 その日、珍しくツルさんが朝からやってきた。


 それは、私が窓越しに見えるギュルゲの様子に怯えていたときのこと。


 宮殿でもお目にかかったギュルゲだけれど、この離れでもたくさん生息されておられるご様子。


 ギュルゲの朝は早く、特に秋から冬は早朝に生存確認のカラカラが始まる。


 今日もいつものごとくカラカラと鳴り出し、いつ実が開くのかと、見るつもりはなくても想像できてしまう身を呪いながら、意識を別な方向に向けようと努力していたときだった。


 いつも思うが、こういう気を逸らせようという努力が実を結ぶことはほとんどない。今回も意識を逸らせようと思えば思うほど何も手に付かなくなってしまう。


『チヨコ、お前、何をそんなに怯えているのだ。こんな爽やかな朝に暗い表情をしてどうした』


 本日もご機嫌麗しく、尊厳たっぷりに胸を張りながら登場されるツルさん。しかも頭の天辺がちょっと跳ねている。ぴょんぴょん揺れる寝癖が尊い。


 突然の可愛いものの登場に、さっきまでカラカラ音が止む瞬間に怯えていたのをすっかり忘れ、キュンキュンする心臓を押さえて動悸を鎮めにかかった。


「ツルさん! おはようございます。今日も可愛いです!」

『そうであろうそうであろう! 存分に愛でるが良いぞ。それにしても、もしやチヨコはギュルゲが苦手か?』


 ギュルゲの音に怯える姿をしっかり見られていたんだろう。ツルさんは確信めいた声で、顎に羽を当てながらそう聞いた。


「苦手というか、ちょっと見た目のインパクトありすぎません?」

『可愛いとは思わんのか?』


 可愛いとは一体どういう定義に基づいて下される判断なのか、一度話し合う必要がありそうだ。


「ギュルゲですよね? 確かに木の実の中に入っている状態でカラカラしてるのは可愛いですけど、中身に関しては、えー、同意できかねます」


 否定するのもギュルゲに申し訳ないような気がして、でも主張すべきところは主張しておかないと、と謎の使命感からそっと声を潜めて伝えた。


 するとツルさんは、さらに首をひねった。


『ふーむ。時の流れとは無情だな』


 格言みたいなの出てきた。


「……昔はもっと可愛かったんですか?」

『価値観の変遷とも言おうか。“可愛い”という基準の変わりように嘆いておるのだ』


 可愛いの価値観の変遷。まぁ、価値観は人それぞれ、時代によっても変わると言うけれども。


「ツルさんは昔も今も“可愛い”の基準にぴったりはまるのでは?」

『そうであろうとも! 永遠の可愛いの代名詞、私ほどのかわゆさはなかなか得がたきものぞ。良く分かっておるな!』


 胸毛もこもこで威張ってる姿も可愛いツルさんに、私も笑顔になる。


『しかし……』


 突然真剣な面持ちで、ツルさんがじっと私を見つめてきた。


 さっきまではふんぞり返っていたのに、その瞳はかわいらしさからはほど遠い、猛禽類のような鋭さ。視線で穴でも開けるつもりなのか。


「ど、どうしたんですか、ツルさん。ツルさんなのに、コンドルのようですけれども」

『こんどるが何かは分からんが……。ああ、いや、そうか』


 ぽつりと何か呟くと、突然ツルさんは静かになった。そうしてやれやれと言いたげに肩をすくめ、驚くほど深いため息を吐いた。


「どうしました、そんな部下の不始末に奔走した後ようやく解決の目処が立ちそうな、中間管理職のようなため息を吐いて」

『ため息一つにリアルな背景だな』

「私はため息吐かれた側ですが、経験アリです」

『いや、まぁ、これは私の憶測の域を出ない。しばし保留にしておこう。それはさておき、

グリパレには乗れるようになったのか?』


 コンドルの瞳からいつもの愛らしい潤いたっぷりの瞳になったツルさんは、計算され尽くした角度で小首を傾げた。


 ふわふわの綿毛が首を傾げた角度で圧縮され、はみ出た部分がこんもりと盛り上がっている。


 反対側は皮膚が伸びてふわふわがさらにふわっふわっになり、風に揺られてさわさわとそよいでいる。


 さらに寝癖がぴょんぴょんと跳ねて「こっちも見て」とアピールしてくる。目が足りない。


 なんとあざとけしからん光景か。無意識に手が伸びてしまうではないか。


『ウフマと言ったか、まぁあれに任せておけば、移動には不自由せんだろう』


 ふわふわとアピールする綿毛に抵抗できずツルさんを抱え込んだ両手を嫌がるそぶりは見せなかったので、それをいいことにそのまま腕の中に収めてしまう。


 なんというベストポジション。シンデレラフィットとはこういうことを言うのではなかろうか。


「そうですね、それにしてもグリパレって、あんなに高速で飛ぶのに、飛んでる最中は全然飛んでる感じしなくて驚きました」


 王太子殿下が教えてくれるということで、初日は手を貸してもらったけれど、特に練習も必要ないくらいスムーズに乗れた。


 というのも、乗ってしまえば乗り手は何もする必要はなく、揺れもほとんどないのでバランスを崩すこともない。電車の座席よりも揺れない。


 さらに乗る際も、馬のように立ったままのウフマに乗らなければならないと思っていたけれど、屈んだウフマに乗り、その後ウフマが立ち上がることで問題は全て解決した。


 王太子殿下に対してウフマが、『輝ける王の子よ。私への騎乗に関し、特にあなたが異世界の乙女に教え示すことはございませんよ』と勝ち誇ったように言っていたのが印象的だった。


『それがグリパレの性質だからな。空の覇者とも呼ばれている。まぁ、私に言わせれば高所好きのスピード狂とも言えるが』

「そういえば、ツディーネとは仲良くなったんですか?」

『ああ、ツディーネか……十教えて一、いやむしろゼロ地点にすら立てていない、どころかその自覚もないとは。私は長く生きてきたつもりだが、いやはや、まだまだ学ぶことがあると反省を通り越して呆れているところだ。あと少ししたら再度教える意欲もわいてこよう』


 その疲れ切った声音から、よほどツディーネの教育に骨を折ったのだろうと察した。


『終末の地へ、そろそろ向かうそうだな』


 ふと互いに言葉が途切れたタイミングで、ツルさんが静かに切り出した。


「そうですね。本当は冬が終わってからの方が道中楽だろうという話だったんですが」

『それでは遅い』

「はい。そういうことで、本格的な冬が始まる前に出発しようということになりました」

『そうか』

「はい。で、私も一緒に行けることになったので、ツルさんともしばしお別れです」


 言葉が尻すぼみになってしまわないよう、一気に伝えた。


 救世主たちに終末の地への旅の打診があったのは、昨日だ。


 私はおまけだし、同行せずに残っていて欲しいと救世主たちは口をそろえて……違った、とおくんは言ってなかったな。

 とにかく、加護の効かない身だから一番危険なのは私だということで、とおくん以外の救世主はみんな私に残留を願った。


 私も足手まといになるかもしれないから、と残っていようと思っていたけれど、参加を打診してきたのは騎士団長やユエジンさんだった。


「モトネ殿が安心して旅ができるよう、できれば一緒に来てもらいたい」

「あなたには危害が加わらないよう、全力で私たちがお守りします」


 そう言われてしまえば固辞することもできない。それに、何か役に立てることがあるなら、一緒について行きたいと思った。


『そうか。では、何かあればいつでも私を呼ぶが良い。駆けつけよう。チヨコの助けになれることを、誉れに思うよ』

「ツルさんて、見た目はファンシーな可愛さに包まれてるのに、発言は驚くほど男前ですよね」

『どうだ、私の魅力に参ったか!』


 ふんぞり返って威張るひな鳥は、それはそれは可愛かった。


 ふと心にわいた疑問を、このときはまだ言葉にせずにいようと思った。本当は聞いてはっきりさせた方がいいんだろうけれど、何だか答えを知るのが怖かったから。

 まだそのときじゃないと言い聞かせて、ふわふわとくすぐる綿毛の感触を楽しむことに集中した。


 ツルさん、あなた、ほんとは一体何ものなんですか。


 伊蕗さんと知り合いってことは、もしかしなくてもゴリムレラのこと知ってますよね? てことは、魔のもののことも、ツルさんなら知ってるんじゃ。


 まだそのときじゃないと言い聞かせながらも、次々にわき上がる疑問に悶々としていると、『そうだな』と肯定の声が聞こえた。


「え?」

『チヨコの言う通り、まだそのときではない。正直このツル様とて、全てが分かるわけではない。可能性から推測することはできたとて、特に未来に関しては、誰にも分からんものだ』


 うんうん、と頷きながら含蓄がありそうな言葉を連ねているものの、とどのつまりまだ何も話すつもりはないということだ。


 ほっとしたようながっかりしたような、複雑な思いを抱えていると、ツルさんはぴょんと私の腕の中から抜け出した。


 ふわりと風を伴って、腕の中から温もりが消えてしまう。


『前も言ったが、この世界はチヨコを待っていた。だから、チヨコの未来は明るいと私は思っている。伝説のツル様が言うのだから間違いない。ではな』


 そうして、ツルさんは現れたときと同様、一瞬で姿を消したのだった。





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