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77 グリパレのウフマと異世界の乙女


「あの、どうし」

「こんばんは、おまけさま」


 どうしたの、と尋ねようとしていた口は開いたまま、聞こえた声に反射的に背筋が伸びた。


「こんな夜更けにこんなところでお会いするなんて、奇遇ですね」


 奇遇だろうか。作為的なものをビシバシと感じるけれども。


 現れた金髪金目の王太子殿下は、夜の闇の中でもきらきらしい笑顔が絶えない。その笑顔が、今はちょっと怖い。


 気づかれないくらいそっと距離を置こうとするも、すかさず王太子殿下は私のすぐ隣にやってきた。


 相変わらず距離の詰め方が恋愛詐欺師を地で行く。


「こんな夜更けにこんなところで、一体何をされているんですか?」


 こんな夜更けにこんなところって、二回も言った。これは叱られている。


「ええーっと」


 ちら、と逃げ道を探すようにウフマに視線を向けると、呆然としたようにこちらを見つめ、そっと呟いた。


『ああ——そう。だからあなたは、名を隠されているのね』


 それは一瞬のことで、すぐにウフマはさっきまでの冷静さを取り戻し、優雅な足取りで近づいてきた。そして、殿下の前に立ち、恭しく片足を折って礼をする。


『ルヴェルシュベインの光、大いなる王の子。この地に繁栄あれ』

「楽にせよ。ここは宮殿外だ。礼を尽くす必要はない」


 おお、何か主従関係っぽいのがうかがえる。何だか素敵、と一人わくわくしていると、ウフマに向かっていたときに見せた威厳を取り去った王太子殿下が、呆れたような目を向けてくる。


「こんな遅くにどうされました? アマヴェンナは?」

「すみません。何も伝えずに出てきてしまいました」


 ツルさんに協力してもらったって申告した方がいいんだろうか。言わなくてもバレている気もするけれど。


「あの、私もグリパレに乗れるようになりたくて。もしみんなと一緒に終末の地へ向かうなら、私も乗れた方が足を引っ張らずにすむんじゃないかと思いました。まずはグリパレに慣れてみようと来てみたんです」

「グリパレに……。そうしてあなたは、手の届かない遠くまで飛んでいってしまうんだろうか」

「はい?」


 急にポエム入った。


 これはあれか、暗に勝手なことしたら世界の果てで息の根止めてやる的な、遠回しに勝手な行動するなって諫められてるのでは? この世界流の最上級の怒りの表現方法とか?


『王の子よ、恐れながら伝わっていないようです。それどころか曲解されています』


 何だかグリパレバージョンのアマヴェンナさんみたいだ。安定感のある冷静な指摘に安心する。


「失礼。グリパレに乗りたいのであれば、私がお教えしましょう」


 出た、もはや形骸化したゴリムレラ側の救世主待遇!


 もうすでにゴリムレラがこの地に私たちを召喚した首謀者の神だということは明らかで、私にはゴリムレラ側も何も、おまけとしての役割以外、救世主とこの世界との橋渡しという微妙な役割以外には何も課されていないと断言できる。


 そんな私になぜこれほどまで王太子殿下が低姿勢なのか、裏があると知るのも怖いからできればこのまま距離を置きたいのが本音だ。


『異世界の乙女は、なかなかに面白いお方ですね』

「ウフマ、勝手に彼女の心情を読むな」

『勝手とおっしゃいますが、これほど自然に流れてくるものを止めることも難しいかと。それに、異世界の乙女が戸惑っていらっしゃるのは、王の子、あなたが原因では?』


 グリパレのアマヴェンナさんがいる。


 王太子殿下にも怯まず言い返す強さに惹かれてついつい近寄っていくと、「おまけさま」と呼ぶ王太子殿下の低い声が私を止めた。


「心配なのです」


 曲解しようがないほど率直に、王太子殿下はそう宣った。


「あなたは加護が効かない。この辺りは王宮の守護下にあり管理されているとはいえ、危険がないとは言えません。何かあってからでは遅いのです。私に——」


 言葉を途切れさせ、王太子殿下が私をじっと見下ろす。金色の瞳は鮮やかな光彩の中で濃く揺れている。


「あなたを閉じ込めさせないでください」


 これは完全にアウトではなかろうか。監禁宣言ではなかろうか。


 あれ、やっぱり私危険人物なのでは? 


 世に放つと世界が滅亡するような、それくらいの危険因子でないと、王太子殿下自ら閉じ込めるなんて言い出さないんじゃない?


 返す言葉もなくゴクリと唾を飲み込んで事態の把握に努めていると、背後で気配を消していたウフマが前に出てきた。


『ダメだわ。話せば話すほどすれ違っていくなんて、読みものだけの話だと思っていたわ。迂闊だった。まだまだ知らない世界があるのね』

「何がだ? 心配だとはっきり伝えている」

『ええ、伝えておりましたね。その後の言葉選びがいささか誤解を生む表現でしたけれども』

「何が言いたい?」

『心を交わす旧生物と異なり、王の子たちの意思伝達の何とややこしいこと』


 不便ですね、と世間話のように王太子殿下とウフマが話している。シュールだ。


『ですが、私は異世界の乙女を気に入りました。異世界の乙女がよろしければ、私の背に乗って練習してみますか? 私は現在固定の契約もありませんし』

「契約……」

「基本的にウフマは王宮騎士団に所属しているグリパレです。騎士団に所属しつつ、騎士と個別に契約を結ぶことが多いのですが、ウフマに関しては個別契約を結ばず、王族と都度直接契約を結んでいました」

「ということは、王族御用達?」

『たまたま私が誰とも契約していないときに、必要に迫られて王族とその都度契約していただけよ。だから人を乗せるのは問題ないと思うわ』

「王族を乗せる技量も扱う魔法のレベルの高さに関しても、ウフマであれば申し分ありません。グリパレに乗りたいというのであれば、どうぞウフマをお選びください」


 結果、王太子殿下の強い勧めもあり、ウフマと契約することになった。


 契約って何するんだろうとちょっとワクワクしたけれど、基本的には口頭で宣言すれば契約簿のようなものに自然と刻まれるという、何だかファンタジーな仕様だということだけは分かった。


『異世界の乙女、ではまた明日お目にかかりましょう』


 夜も遅いということで王太子殿下に背中を押されながら、この日はウフマと別れたのであった。






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