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75 ツディーネと伝説の神獣さま



 ツルさんの羽が巨大化した、と思った次の瞬間には、すでに私は森の中にいた。


『あら? 名を伏せしもの! こんばんは。お散歩? こんなところで会うなんて、偶然ね。あらでも、お隣さんみたいなものだから、偶然でもないのかしら?』


 相変わらずツディーネの声は、鈴をチリンチリンと鳴らしたように愛らしく響く。


「こんばんは、ツディーネ」


 嬉世ちゃんがいなくなってから気落ちしてしまったエクランくんを慰めるため、ツディーネはたびたびエクランくんのところに行っているらしい。


 離れに近づいたことへの事情聴取は事なきを得、ツディーネは厳重注意だけで済んだ。


 その後契約内容を変えたとアマヴェンナさんが言っていたので、お隣さんとして交流を持つことは問題なくなった。


 さきほど見えたグリパレは、と周囲を見てみるも、どうやらツディーネの影に隠れて見えないようだ。ツディーネ大きいからな、と背後に回り込もうとすると、その前にツディーネの声に止められた。


『ちょっ、ちょちょちょっ、名を伏せしものっ!? あ、あなた、もしかしてっ』

「ん? どうかしましたか?」


 ツディーネが取り乱すのはいつものこと、と気にせず背後に向かうも、ずんずん正面にむき直され、背後が遠ざかっていく。


『そ、そちらにおわしますお方、は……』

「え?」


 ツディーネが震える手で私の左肩を示す。わなわなと震えて、左肩というよりは左半身全体を指していたけれど。


「ツルさん?」

『まーたどんなやつをたらし込んできたのかと思えば、すごいのを見つけてくるものだな』


 対するツルさんはキパールの大きさに怯えることも、何だか非常にぐいぐい来る圧に屈することもなく、平然とツディーネを眺めていた。


『や、やっぱり、伝説の神獣さま!! ね、ねぇ名を伏せしもの、私も伝説の神獣さまにご挨拶しても良いかしら?』


 ね? ね? とずいずい迫ってくるツディーネを断れるものはいない。ちらりとツルさんを窺うと、好きにしろとばかりに軽く頷いてくれた。


 それを見たツディーネの目の輝きようはすごかった。六つの目をらんらんと輝かせて、この近辺だけエレクトリカルなパレード風の煌めきだ。


 あれ、でも確かツディーネって旧生物とも意思の疎通が上手くできないんじゃなかったっけ? でも伝説の神獣とか呼ばれているツルさんなら大丈夫なのか?


『こ、こんばんは! ツディーネです!!』


 よそ行きにかしこまった声は初々しく、恥じらいを込めた言葉が水面に跳ねるしずくのように、体中に愛らしさという名の余韻をじんわりと広げる。


 あまりの可愛らしいご挨拶に悶絶している私とは裏腹に、左肩から遠慮ない叱責の声が飛んだ。


『あー、周波がめちゃくちゃだな!! とっちらかってるにもほどがあるぞ』

『私の声、届いてます?』

『出力を上げるなっ! 頭が割れる! 噂には聞いていたが、デタラメだなお前の力の使い方は。一体どうすればこんな……いや、待て、しゃべるな! 良いと言うまでしゃべるんじゃない。良いな!』


 両羽で両耳をふさぐひな鳥、ツディーネがしゃべるとぴるぴる体を震わせて縮こまってるひな鳥、ああ、なんて幸せ。


 私はそっと左肩に手を伸ばし、空気で包み込むようにふんわりとひな鳥を抱き上げ。


『ん? チヨコ? 何だ、どうしたんだ、その微笑みはなんだ、いや、待て、』


 一度息を胸一杯に吸い込み、吐くと同時にぎゅうっと胸に抱きしめた。


「かぁわいいー!!!!」

『ぐぅっ! ぎゅ、チヨっ、ぬ、ぎゅうっ』

『ちょっ、名を伏せしもの、ご乱心なの!? 待って、伝説の神獣さまがぺしゃんこになってしまうわっ!』


 はぁはぁ、これはもう悶絶級に可愛いツルさんが悪いとしか言いようがない。


『そういう台詞を、ゴリムレラも、言っていたな。ああ、イブキの気持ちが今なら、分かる……』


 ものの数秒で何だかげっそりしているツルさんは、ハタハタと両羽から全身へと羽を震わせ気を取り直すと、私の頭の天辺へと移動した。


『そこのキパール、名をツディーネと言ったか。待て、まだしゃべって良いと言っていない。良いな、私が良いと言ってからしゃべるのだ。まずは周波の流れについて学びが必要だ。私が直々に指導してやる。こちらへ来い』


 おそらくビシッと羽でツディーネを指し、ふんぞり返って宣言しているのであろう。声が偉そうで大変に可愛らしい。


 こちらへ来い、の合図とともに、ゴルンゴルンと首を縦に振ったツディーネがツルさんに付いていく。そのまま二人は森の奥へと進んでしまった。


 どこからともなく、ツルさんの叱責の声と、ツディーネが弱々しく謝る声が響いてくる。


 ツルさんって熱血だったんだなぁと感慨深く思っていたところに、ぼんやりと緑色に光るものが視界に入った。


 そうだ、私グリパレに会いに来たんだった。


 夜の闇の中で、緑色にうっすら発光したグリパレは、昼に見る姿よりもすらっとして見える。それとも個体差なのかもしれない。多分、昼間乗せてもらったグリパレとは違う気がする。輪音もとねちゃんと一緒にいるグリパレとも違う。


『こんばんは。はじめまして、異世界の乙女』


 凜と通る声が、すんなりと頭に入り込んでくる。目の前に立つグリパレの声だと、すぐに分かった。


 優しくて深みのある、経験値の違いを思い知らされるような声だ。


『私はウフマ。あなたのことはツディーネから聞いているわ』


 ツディーネが私のことをどんな風に言っていたのか気になりつつ、私はウフマと自己紹介したグリパレにお辞儀をした。


「はじめまして、ウフマ。私はおまけと呼ばれています」

『私はツディーネほど力が強くないから感じもしないけれど、名を隠されているのね』


 落ち着いた理性的な声が、グリパレから聞こえる。不思議だ。


『旧生物は嘘を嫌うの。だからツディーネは見えそうで見えないあなたの名前がもどかしくて、おまけと呼ぶことに抵抗があるのよ。融通が利かなくてごめんなさいね』


 お、大人だ。これまで会った生き物がツディーネとツルさんだけだから比較対象が少なくて何とも言えないけど、ウフマは確実に大人だ。声は十代くらいだけど。


『それはそうと、どうしてこんな遅くにこんなところへ? ツディーネに会いに来たの?』


 ついさっきまでグリパレに対して抱いていた恐れが、会話している内にみるみると消えていく。こてんと首を傾げる姿も、可愛いと思えてくるから本当に不思議だ。


「いえ、あの、グリパレに乗ってみたいなと思っていまして。ただ私、旧生物に対して慣れていないので、少しでも慣れれば乗れるようになるかなと思っていたところに、ツディーネとあなたの姿が見えたものですから」


 言い終えたところで、なぜかウフマが距離を取るように一歩後ずさった。


 え、何、怖がらせた? それともドン引きするようなこと言った!?


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