表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/110

73 『なんでも帳』


『ゴリムレラが元気ない原因が分かった! この世界に私を連れてきたときに、世界のことわりで、私が帰りたいと思ったときに自動的に帰れるようにしてるんだって。もしかしたら私が帰りたがってるんじゃなかって不安だったみたい。そんなことない、ゴリムレラと一緒にいるよって言ったけど、安心できないみたいで。やっぱり世界の理自体を変えなきゃダメかな』


 ——怖い。これ以上読み進めるのが、恐ろしくてならない。


『私のことを考えれば日本に帰った方がいいってゴリムレラは言うけど、私はもう決めた』


 おまわりさーん!!


『私、ゴリムレラと一緒にこの世界で暮らすことにする! 可愛い生き物もたくさんいるし、こっちに来てから日本のこと思い出すことなんてほとんどなかったし、それにゴリムレラと一緒にいるのが楽しいもん。ゴリムレラは申し訳なさそうだったけど、私はゴリムレラと一緒にいたい』


 トン、とテーブルを叩く音がした。


「おまけさま? どうされました?」


 手からこぼれ落ちたノートがテーブルの上に開いたまま落ちている。

 問いかけるアマヴェンナさんの心配そうに揺れる瞳に、私は安堵した。


「これは犯罪の証拠物件です。警察を呼んでください」

「おまけさま? 一体何を」

「何か新情報でも得られましたか?」


 なぜかユエジンさんは面白そうに私の様子を見ている。


「私はゴリムレラが単に愛が重い神様なのだと思っていました。しかし実際は違います。用意周到に罠を張り巡らせ、いたいけで純真な少女を略取する、とんでもない誘拐犯です!」


 私はここまで読んだ内容を興奮のままに二人に伝えた。


「そもそも、十六歳という成長途上にある少女を何も分からないまま連れてくるなんて、言語道断、恥ずべき卑劣な行為です。健全な青少年の育成が年長者の務めであり、義務と言っても差し支えありません! それなのに、神という能力と権力を最大限行使して囲い込むとは、年長者の風上にも置けません!」

「おまけさまにしては珍しく白熱していらっしゃいますねぇ」

「どうしてユエジンさんはそんなに落ち着いていられるんですか。由々しき問題です」

「まぁ、それがこの世界の神の気質ですからね、こればかりは。それに、イブキ本人は純粋に恋しているんでしょう? 互いに問題なければそれで幸せなのでは?」


 イヴェリーン教講義を受けたとき、ゴリムレラとイヴェリーンの関係についてユエジンさんから聞いて、そんなようなことを確かに言った。言ったけれども!


「それはお互い対等な関係であり、正常な思考ができることが前提です。こんな、世界そのまま遮断するような横暴なやり方、まかり通っていいわけがありません。せめて伊蕗さんが成人するまでは待つべきでした」


 十六歳、自分で判断して決断できる年齢とは言え、社会経験も浅く、悪い大人からしてみれば騙すなんて容易いことだろう。


 大事に思っているなら、判断能力がしっかりと育つ成人まで待つべきだ。精神的に大人になるまで待てなかった時点で、ゴリムレラに対して良い印象は抱けない。


「うーん、それを言うのなら、私もおまけさまに言いたいことはたくさんあるんですけどねぇ」


 なぜか思いっきり実感を込めてユエジンさんが言う。なぜだ。私はしっかり成人してるし、自分でちゃんと判断できてると自負している。


「でもまぁ、それは本人次第で、外野が何を言っても無駄だと実感しました。周囲がどれだけ助言しようと、本人が気づかないことには手出しのしようがない。過激な方向に向かわないよう、多少修正したり支援を試みたりするだけで精一杯です。たとえ成人していようと、大差ないかと思いますよ」


 何だか嫌に実感がこもっている。


 言葉の重みが経験者であることを物語っていた。しかしその呆れたような視線が向けられる理由が分からない。

 まるで私がその成人しているのに囲い込まれてるのに気づいていない、残念な人みたいではないか。


「そうでしょうか」

「ええ。なまじ権力を持ち、美と知の神の申し子である、思いが強すぎる相手が本気を出せば、囲い込むなんて容易いことなのですよ。相手が振り向くかはその後の関係性の築き方にもよるでしょうが」

「ゴリムレラの話ですよね?」


 権力とか申し子とか、装飾語が多くて分かりづらいけれども。


「まぁ、そうなりますね。おそらくゴリムレラは、イブキの幸せだけを願っていたのでしょう。もしこの地で彼女がゴリムレラ以外の誰かを好きになっても、彼女の思いを汲み、添い遂げられるよう尽力したのだと想像します——ただし、そもそも彼女がゴリムレラ以外を好きになるという仮定自体、端から存在しないでしょうが」


 全くもって恐ろしい話である。


 開けてはならないパンドラの箱を目の前にしたような緊張の面持ちでテーブルに載せられたままのノートを見つめた。


 気を取り直して読み進めていくと、心を通じ合わせてほどなく、伊蕗さんはゴリムレラのことを「レラ」と呼び始める。


『ゴリムレラって呼ぶの長いし、ゴリムレラは私のこと「いぶ」って呼ぶの気に入ってるから、私も短縮して呼びたいなって「ゴリ」とか「ゴリムー」とか提案したけど、渋られちゃった』


 なるほど、仲良しで何よりだ。


『この世界の人たち、基本的に名前長いから親しい人たちはみんな短縮して呼ぶみたいなんだけど、ゴリムレラは短縮して呼ばれたことないんだって』


 それはそうだろう、なんたって神様だし。え、これ伊蕗さん、ゴリムレラが神様って気づいてない? ありうるな。


『短縮するときは基本的に名前の最初を短くするみたいで、名前の最後を愛称にすることって滅多にないみたい。私だけの特別みたいで嬉しいな』


 踊るような文字が恋の喜びを伝えてくる。確かにこんなに純真で素直な子、社会の荒波にもまれる前に囲い込みたかった気持ちは分からなくもない。


 ふと、輪音ちゃんの姿が頭に浮かんだ。

 純真で、素直で、可愛らしくて。誰もが守ってあげたくなるのに、誰よりも一人で痛みを抱え込んでいる。


 私がゴリムレラならどうしただろう。十六歳で、もう十分過ぎるほどに痛みを負っていたとしたら、世界の何ものからも守り切れるよう、新しい世界を創ってしまうのも頷けるような気がした。


「いや、でも、そんな背景あるかどうか知らないし!」


 どういうわけだか妙に勝手な想像が進んでしまう。もっと客観的な視点を持たなきゃいけないと、仕切り直すようにノートから手を放して頭を上げた。


 とりあえず、ゴリムレラにも伊蕗さんにも肩入れせずに読んでいこうそうしよう。


 その後は「なんでも帳」の名の通り、見かけた可愛い生き物の生態について調べたことを書いてあったり、好きな食べ物についてだったり、時折日本食が食べたいと書いていたり、総じて平和な日々の出来事が綴られていた。


 宗教的な要素が全くない、至って普通の出来事や思いが書かれているだけだ。


 あとは、「リュージーネリア」について。

 これはやはり地球のピアノを元に創ったもので、『名前もピアノにしようと思ったのに、「弟の隆士りゅうじが弾いてた楽器」って伝えたら、なぜか「リュージーネリア」って呼ばれるようになってた』そうだ。伝言ゲームでもしたのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ