70 初めてグリパレに乗ってみた
「用意ができました。乗りましょう。この鐙に足を乗せてください。失礼ながら、わたくしが腰を支えて持ち上げます」
言うが早いか、鐙に片足を乗せたと同時にぐっと腰を持ち上げられ、気づいたときには鞍にまたがっていた。
アマヴェンナさん、怪力。と驚いている間にアマヴェンナさんも前に乗ってきた。
初めて乗るグリパレは、予想以上に高さがあった。馬には乗ったことがないから比べられないけれど、鞍のおかげか乗り心地は思っていたよりも悪くない。
よく見てみると爬虫類系だと思っていたその緑色の肌は、うろこに覆われているだけでなく、うっすらとふわふわした産毛が生えている。
思わず鞍の隙間から指でなぞってみると、スエードのようななめらかさで驚いた。ものすごく触り心地が良い。え、これずっと触ってられる。
「おまけさま、この紐でわたくしの体と固定するので、落ちることは決してありません。ご安心ください。飛行中は体のバランスを取るためにもこちらをお持ちください」
触り心地の良さにうっとりしていたのを、不安で放心していたと勘違いしたらしいアマヴェンナさんが力強く告げ、紐を手渡してくれる。
何だか視線を感じて顔を上げると、前方を向いているのに視線だけはこちらを向いているグリパレと目が合った。
怖い怖いこわい!
やっぱり不審人物認定されてる!? 勝手に触ったから怒ってる!?
今後は不用意に触らないよう注意するため、渡された紐をぎゅっと握りしめた。
「出発しましょう。では、大神殿で」
ユエジンさんが先に飛んでいく。うん、やっぱり音速。もうあんなところにいる。
ジェットコースターとか、そんなに得意じゃないんだよなぁ。これは覚悟を決めねば、と振り落とされないように紐を握ったところで、アマヴェンナさんが振り返った。
「グリパレは空気抵抗を緩和させる魔法が得意です。どうぞ安心して乗っていてください」
ふわり、と浮かんでとっさに身体中に力が入るものの、それ以上の衝撃が来ない。おや、と周囲に目を向けたところで、すでに上空にいることに気づいた。
「え、わ、飛んでる……!?」
「おまけさま、特に気分や体調に変化はございませんか?」
「な、ないです。すごい、全然、想像と違う」
ビュンビュン吹き荒れる風にさらされると思っていたのに、かすかにそよそよと風を感じるばかり。
アマヴェンナさんとの会話だって、普段通りの音量でできる。気圧とか気温とか、そういうものも地上と何ら変わりはない。魔法、すごい。
すっかり浮かれて周囲を興味津々で見ていたところ、うっかり真下を覗いてその高さにクラッときてしまった。
「高っ!」
「グリパレはその高速度ゆえに高度も比例して高くなるのです」
空を飛ぶ旧生物はさまざまな種類が存在し、中でも移動速度の速いグリパレは他の旧生物と衝突する危険性から、最も高い層を飛ぶように自然と棲み分けがなされているんだとか。
高さに震え上がっていると、途端にふわり、と離陸したときと同じ浮遊感に包まれた。
「到着しました。お疲れ様でした、おまけさま」
「……ものの三分も飛んでませんでしたよね?」
「そうですね。大神殿までの短距離であれば、一分もかからず着くことも可能です」
すごいポテンシャル出してきた。グリパレ、高ささえ我慢すればものすごく便利だ。
景色を楽しむにはまだ慣れが必要だけれど、賢い生き物だって言うし、私が何もしなくてもまたがってるだけで目的地に届けてくれるのでは。そしたら救世主たちと一緒に終末の地に向かうのも、足手まといにならずに済むかもしれない。
そもそも終末の地への旅に一緒に連れて行ってもらえるかどうかもはっきりしてないけど。
それでも、もしもに備えてできることをするのは、悪いことではないはずだ。日本には便利な言葉があった。備えあれば憂いなし、と。
「どうやら問題なかったようですね。よろしければ騎士団にグリパレの貸与を打診しておきましょうか? いつでも練習できるように」
私の覚悟を読み取りでもしたかのように、ユエジンさんがいつもの読めない笑顔で提案してくる。
「おまけさま、どうかそのお役目はわたくしに。必ずやご期待に添えるグリパレをお連れしてご覧にいれます」
なぜかアマヴェンナさんはユエジンさんに対抗意識燃やしてるし。
「おやアマヴェンナ、あなたにそのような権限があったとは、初耳ですね」
「猊下がご存じないだけで、わたくしにもわたくしのツテがございます」
「そもそもあなたはおまけさまに対して随分肩入れしている。適切な距離というものを知った方が良いのではありませんか」
「猊下こそ、おまけさまに対して随分気安いのではございませんか。この方は異世界からのお客人。決して傷つけてはならない存在です。わたくしどもがお守りすべき方に、グリパレに単身で騎乗せよとそそのかすことは果たして善意からなのか、疑わしいものです」
う、うわー、何か久しぶりにゴリムレラ側の救世主特権みたいなのが発動している気がする。
やっぱり私、ひとたび傷ついたら世界が終わるとか、そういう危険な要素持ってるんじゃない?
それならそうと教えてくれれば、救世の旅ご一緒したいわぁなんて思わないんだけど。
「あ、あの、グリパレの件に関しては、王太子殿下にご相談したいと思います! 勝手なことをするのは慎むよう言われておりますし!」
勝手に離れを抜け出して大神殿に来ている時点で大目玉だ。実際にグリパレの件を相談するかは別として、ここはひとまず王太子殿下の名前を出すことで納得してもらおう。
思惑通り互いに視線を送り合うだけで黙り込んだ二人に、私はようやくほっと息を吐いたのだった。




