6 五人の救世主の引率担当になります
その後、簡単な自己紹介を終えて、救世主としての役割を負うか帰還を希望するかの聞き取りが行われた。
ここで誰か一人でも帰ると言ってくれれば便乗しようかと思っていたけれど、戸惑いながらも目を輝かせてやる気に満ちているメンバーばかりで、帰るのは今じゃないことを悟った。私の事情で水を差すわけにもいくまい。
そうして夜も更け、お疲れでしょう、と宮殿内の一室に案内された。
広いリビングに繋がる寝室が三つあり、召喚された女性陣三名はここで共同生活を送るようにという指示だった。
ここまで、宮殿内の豪華さをこれでもかと目の当たりにしてきたけれど、例に漏れずこの部屋もすごかった。
まず、入ってすぐのリビングは学校の教室くらいの広さがある。ソファやテーブルなどの来客スペースとは別に、くつろげるソファスペースまで用意されていた。
あのソファは身体が沈み込んで人をダメにする予感しかしない。その前には細工の美しいマントルピースとローチェストがあり、重厚な皮装丁の本の背表紙が並んでいる。
部屋のあちこちに花が生けられ、室内全体に芳しい花の香りが広がっている。ファブリックから家具に至るまで、なんというか、女子の憧れを詰め込んだような部屋だ。
一番広い面積の壁には一面カーテンらしき重厚な布が掛けられている。
あれが全てカーテンだとすると、窓はどれくらい大きいのか。夜だからカーテン開けたところで何も見えないだろうけど、オーシャンビューやパークビューなんて目じゃないパレスビューが広がっているのは想像に難くない。
宮殿、なんて恐ろしい場所!
「ねぇ、個室見た? すっごく可愛いの!」
「こういう部屋、憧れでした! 理想が全部詰まってます!」
女子高生二人はきゃいきゃい楽しんでいる。その間に水回りをチェックしに回る。うん、トイレもお風呂も手洗いも現代日本と同じだ。良かった、衛生状態が一番の懸念事項だった。
安心している間もはしゃいだ声が聞こえてくる。若い、明るい、可愛いと無敵の三拍子に同じテンションまで上がりきれない自分に気づく。
修学旅行とかの引率の先生ってこんな感じなのかなーと意識を彼方に飛ばしていると、ノックの音が聞こえた。
「どうもー、おじゃましまーす。おっ! こっちもすっげぇ部屋だな」
返事も待たずに現れたのは、同じく召喚者の男性陣三名だ。後ろにはカートを引いたメイドさんらしき人もいる。
ここが宮殿だからなのか、それともこの異世界の美的水準が現代日本の遙か及ばない高みにあるのか、うっかり見惚れてしまうほどの美しさだった。ちょっとこの後自分の顔鏡で見るのが憂鬱になりそうだ。
メイドさんはカートに載せられたお皿やポットをテキパキとテーブルに並べていくと、私たちに向き直った。
「軽食と飲み物をお持ちしました。通常であれば室内でわたくしどもメイドが何名か控えさせていただくのですが、ご希望ではないとうかがっております。このまま失礼いたしますが、もし何かございましたらいつでも部屋の前に控えております騎士にお伝えください」
礼の作法は日本と変わらないようで、斜め四十五度の美しい礼だった。
メイドさんが退室したところで緊張がほどけて思わず息を吐いたら、同じタイミングでみんな息を吐いたようで、それぞれ顔を見合わせて笑ってしまった。
日本人顔って、慎ましくて落ち着くなぁ。
「さて、召喚されたばっかで疲れてるかもだけど、この世界に召喚されたよしみで親睦を深めつつ、持ってる情報とか、これからの身の振り方とか相談したいなぁって思ってんだけど、どう?」
おかん属性はリーダーとしての素質もあったようで、みんなが頷く様子を見た後、まずは異世界料理で腹ごしらえをしようということになった。
用意されていたのは持ちやすいように細長くカットされたパンのようなものと、キッシュのようなもの、クッキーらしきものだ。
ようなもの、とあやふやな表現になってしまうのは落ち着かないんだけど、どうしてもそうと断定できない何かがあるような気がするのだ。
うん、見た目はパンやキッシュやクッキーなんだけど、どうもそうじゃない雰囲気が出ている。味は文句のつけようがないくらいおいしいんだけど。
「さっき自己紹介したけど、改めて。俺は筒井川真楯、十九歳。専門学校二年。よろしく。あ、名字だと長いから、名前で呼んで」
あ、やっぱり年下だった。
一度も染めたことのなさそうな髪の毛は短く切られ、日本人にしては彫りの深い顔は一見年上にも見えそうなのに、笑うと目がなくなって一気に幼く見える。
なんというか、ギャップ萌え心をくすぐる容姿をしている。
「え、と。僕は坂辺遠度です。高校三年、です。僕は名前も長いんで、とおって呼んでもらえると」
真楯くんの隣に座っている男の子がぺこりとお辞儀した。
十八歳にしては小柄で声も高いものの、はっきり見える喉仏とか、半袖から覗く二の腕のうっすらついた筋肉とか、少し自信なさげに微笑む様子とか、何だか倒錯めいた気持ちにさせられる。
少年から青年への過渡期だけに現れる危うさというか、儚さというか、ちょっとくらりときてしまうほどの色気を感じて、思わずソファの肘掛けに身体を預けて呼吸を整えた。
おかしい、最近めっきりときめきなんて覚えなかったのに。異世界召喚という非日常感がもたらした興奮状態ということにしておこう。
「俺はとおと同じクラスの大稲玄明。はるでいいよ」
ザ・運動部って感じの体格の良さ。
とおくんと並ぶとその体格差から、余計にがっしりして見える。肩幅といい、胸板といい、ほぼ二倍はあるだろう。
短く刈られた黒髪はツンツン尖って、その声の男らしさと似つかわしい。切れ長の瞳は無表情だと怒って見えそうだけど、温かな光を宿してる。
うん、何だか私、ほんとに引率の先生なのかもしれない。
「じゃあ次、私ね。ふふっ、なんか合コンみたいで楽しいね。紅糀学園二年の熊原輪音です。輪音って呼んでね」
そうだ、この白いセーラー服、私立紅糀学園のだった。生粋のお嬢様校で規律の厳しさでも有名な小中高一貫校。「ごきげんよう」が挨拶代わりなんだって聞いたことがある。
一体どんなお嬢様が通ってるんだって思ってたけど、合コンを知ってるあたり一般的な価値観とそうズレはなさそうだ。
ふんわり巻かれたロングヘアはハーフアップにしていて、ノーメイクっぽいのにまつげはカールしてるし、頬には赤みが差して、唇に至ってはぷるぷるの桜色をしている。控えめに言って、美少女だ。
「私は輪音と同じクラスの、大路池嬉世です。嬉世って呼んでください」
清楚を具現化するとこうなるというお手本のような姿勢と礼。気後れしないその態度は、輪音ちゃんとも通じるものがある。芯がしっかりしているというか、ブレがない。
肩までの黒髪は二つにお下げにされている。お下げって野暮ったくなりそうなのに、嬉世ちゃんがすると美しい。
肌の白さとぬばたまの黒髪とくればうなじ。予想通り、そのうなじから色気が立ち上っていた。
ついに私の番が回ってきて、引率担当としてはしっかり決めなきゃ、と姿勢を正した。
「私は遙宮ちよこ、二十歳、社会人です」
ペコリと軽く頭を下げると、「だと思った!」 と大きな声で真楯くんが反応した。
「やっぱりおねーさん、働いてるんだ。そうだと思ったんだよね、ちょー堅い言葉で話してくるし! 俺らたった六人の日本から来た仲間なんだから、気難しいこと考えずに気楽に話そうよ」
そう提案する真楯くんにより、ここからは嬉世ちゃん以外は敬語なしで話すことになった。
嬉世ちゃんは敬語なしだと余計に言葉が出てこなくなるようで、恥ずかしそうにそう告げる姿に悶えたのは秘密だ。




