68 離宮での二人生活
「はぁ……」
何度目か分からないため息をこぼしながら、私は向かいに座る妖精姫をうっとり眺めていた。
清純、可憐、優美、えーっとそれから。ダメだ、私の言語能力ではたとえきれない。とりあえず輪音ちゃんの半径二メートルはキラキラしいエフェクトがかかって見える。
「おねーさん、ご飯進んでる?」
「はっ! ご、ごめん、見とれてた」
「ふふっ、私見てたってお腹は膨れないよ」
そう言って声を上げて笑う輪音ちゃんの愛らしさよ。
室内の調度品と相まって、本日の装いはまさにお姫様。ザ・妖精姫。いかん、あまりの可憐さに毎日恒例のあれを欠かしていた。
さっと周囲を見回し、目が合ったメイドさん。そう、輪音ちゃん担当のメイドさんだ。今日もやりきった非常に良い表情をして頷いている。もちろん私も力強く頷き、その労をねぎらったのであった。
本日の輪音ちゃんの装いは、胸元の細かなレースと透かし彫りが美しいライラックのワンピースである。
肘から袖口まですぼめたラインには三つの飾りボタンが付いている。真珠のような白く輝く丸い石の周りは細工が美しい金縁で、輪音ちゃんが動く度に小さく揺れるのがたまらない。
衣装だけでも可愛いのに、それをお人形のように美しい輪音ちゃんが着るとどうなるか。まさにアンティークドールのような完璧なまでの愛らしさ。
ああ、私に癒やしをありがとう。
「そうだ! おねーさん、言い忘れててごめんなさい。今日午後からユエジンさんが来るって。一応殿下の許可は取ってあるって言ってたよ」
食事を終えたのか、ナプキンで口元を拭く仕草も可憐な輪音ちゃんがそう宣う。
「そっか。分かった。訓練にユエジンさんも参加してるの?」
「んーん。多分私の様子見に来たんだと思う。騎士団長もだけど、何だかみんな気を遣ってくれてる」
茶目っ気たっぷりに肩をすくめながら輪音ちゃんは言う。至って普通のように振る舞っているけれど、嬉世ちゃんが帰還してから三日、ずっとこんな調子でどこにも隙を見せない。
輪音ちゃん自身が無理をしていなければいいけれど、多分、どこか無理をしてるんだと思う。それをどうにもできないのが辛いけれど、そんなこちらの都合を聡い輪音ちゃんに気づかせて気を遣わせてしまうのも辛い。
「ちゃんと伝えたからね! じゃあ、私支度してくるね」
春の日差しのような温かな笑顔を浮かべ、輪音ちゃんは颯爽と訓練に向かうべく部屋を出て行った。
止まっていた食事を急いで再開し、食べ終えるとともに慌ただしく玄関まで行くと、ギリギリ輪音ちゃんの出発に間に合った。
訓練場まで連れて行ってくれるのは、第六騎士団所属のグリパレだ。
この三日で少しは慣れたとは言え、カメレオンのような顔と羽毛たっぷりの羽、刺されたら大ケガどころでは済まなさそうな角はインパクトが強すぎて、近寄るにもなかなか勇気が要る。
そんな地球的価値観から言えば「怪物」と称して良い生き物に対し、輪音ちゃんは恐れもせず、何なら頭を撫で、頬ずりするくらい仲良くなっている。
「ジムフェ、今日も素敵!」
おはよう代わりの褒め言葉は、私も毎朝輪音ちゃんに言ってるものだから親近感もわく。
しかし以前もギュルゲを可愛いと言っていたし、ほんのちょっと輪音ちゃんの審美眼が気になった。
そんな私の心を察してか、何だか意味ありげな目でジムフェと呼ばれたグリパレが私をちらっと見た。
え、まさか心読まれた? いや、私も爬虫類系は苦手ではないんですよ、ただ地球の形態とあまりに違いすぎるんで! 大きさとか、角とか、羽とか、あと目の色とか形とかとかとか!
心の中で言い訳を並べている間にすっかり支度は調ったようで、訓練着にマントを着けた輪音ちゃんが私を振り返った。
「おねーさん、行ってきます!」
グリパレに乗るのも手慣れたもので、輪音ちゃんは支えもなしにひらりとグリパレの背に乗せられた鞍にまたがる。綱を引くと、グリパレが大きく前肢を上げた。
瞬間、輪音ちゃんの姿は上空に浮かぶ小さな点になる。
もうこれ音速じゃないかってくらいのスピードで小さくなって行く輪音ちゃんの姿を見つめながら、確か終末の地まではグリパレで一ヶ月って言ってたなぁとぼんやり考えたのであった。




