67 月鏡石
「どうか受け取って欲しい」
『っ、う、受け取れないわっ!!』
「ツディーネ? どうした、好物だろう?」
『た、確かに好きだけど、ダメよっ!』
「遠慮することはない。お前のために取ってきたものだ」
『遠慮じゃないのよ! 困るわ、そう、困るのよっ』
ずいずいと両手の中の光を押しつけようとする騎士団長と、両手万歳で巨体をプルプル震わせながら涙目のツディーネ。
「どういう状況?」
「うーん? 騎士団長がツディーネに、げっきょうせき? を渡そうとしてて、それをもらえないって拒んでるとこみたい」
特に解説は必要なさそうだけど、一応質問してくる真楯くんに分かってることだけを伝えてみると、目をまん丸くして私を見た。
「月鏡石? マジで!?」
「え、そんなすごいものなの? 騎士団長、さっき何か軽い感じで取ってきたって言ってなかった?」
真楯くんの中にある異世界常識辞典によると、月鏡石とは特殊な泉に映った月のことで、満月の日にしか取れないらしい。
限られた泉に浮かんだ月しか採ることは出来ず、離れの近くの泉はその特殊な泉の一つだそうだ。
そしておそらく騎士団長がツディーネへのお土産として持って帰ってきた月鏡石は、この世界に五指とない上質な月鏡石が採れる場所である一方、帰ってきたものはいないとも呼ばれる幻の泉のものではないかということである。
それをあの遠征の最中で、と真楯くんは絶句している。
「月の光には魔力が含まれていて、それが特別な泉に映り結晶化することで石になる」
どこか遠い目をしながら、真楯くんが説明してくれる。
光が魔力で泉に映って石になるって、異世界の異次元さよ。ちょっとやそっとじゃ驚かなくなったけど、キパールたちの食事事情ってそういうことになってたのか。
「月が結晶化できる魔力濃度の高い泉は限られていて、団長が行ったのって、多分断崖絶壁を超えたカルデラみたいになったとこだと思うんだよな。地表からの魔力も強くて、月に近い高さにあるから月からの魔力濃度も高い。だから高純度の月鏡石が採れるんだけど、四六時中ガスが立ちこめてて旧生物でもなかなかたどり着けない秘境の地でもある、はずなんだけど」
旧生物以上の化け物じゃん、と真楯くんがぼそっと呟いた。
うん、まぁ、ニコニコしながらぐいぐいツディーネに迫ってる騎士団長は、異次元の強さなのかもしれない。
『た、助けてっ、名を伏せしものっ!』
呼びかけてやってきておきながら傍観している私たちに気づいたんだろう、ぎゅるりと右半身の三つの瞳をこちらに向けて、ツディーネが懇願の声を上げた。
いや、もうこれ断れなくない? 受け取ってあげた方がいいような。
と私が心の中で呟くと、『そ、そうよね。受け取った方が、角が立たないわよね!』とどこか必死な様子で早口で言ったかと思うと、ツディーネは片手でエクランくんを包み、もう片手でツディーネの爪ほどの大きさの石を受け取った。
『あの、ありがとう、ライエゾール。大事にいただくわ』
感謝で声を震わせながら、ツディーネがお礼を言う。その姿にほっこり心を温めていると、騎士団長もにっこりと笑った。
「うーん。喜んでくれているのかは見た目では分からないが、受け取ってもらえたということは悪くもなかったんだろうか。そうだ、今度はもっと濃度の高いものを探して来よう。次の星闇の日に星鏡石を採ってくるのもいいな。喜んでもらえるだろうか?」
『星闇の日の星鏡石ですって!? もももも、もらえないわっ! やめてっ!』
ツディーネの六つの眼が混乱でえらいことになっている。見かねた真楯くんが、「通訳してあげたら?」と耳打ちしてくるので、そっとツディーネの背中側に回って通訳することにした。
「ライエゾールさん、お気持ちは嬉しいんですが、これ以上何かを受け取ると申し訳なさでいたたまれなくなります。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」
ツディーネの口調をそれらしく真似て伝えることもできたけど、どうにも可愛らしいツディーネの真似をするのは私にとって難易度が高すぎ、諦めた。
ツディーネらしからぬビジネス対応だけれど、通訳としての役割は果たせてるはずだ。
おや? 反応がない? とツディーネの背中から顔を出して騎士団長を窺うと、驚きからなのか、眼を見開いてツディーネを凝視していた。
「今のは……ツディーネ、か? ついに私は、ツディーネと会話できるようになったのか!?」
『違うわよぉ! 名を伏せしもの、誤解を解いて!』
「ああ、ツディーネと話せるようになったなんて! なんと言うことだ! エクランの言っていた通りだな、ツディーネの声は聖なる広間に響く鐘のように可憐で清らかだと。ああ、本当に、なんて美しい声だ! その上、なんて謙虚なんだ!」
……間違った方向に騎士団長が感動している。
『……名を伏せしもの。これは、大丈夫なの? ライエゾールの興奮が、すごいことになってるわ』
「おねーさんってさ、事を無駄に大きくする才能でもあんの?」
う、ツディーネの純粋な疑問と真楯くんの冷静で呆れた表情が胸に刺さる。その上、騎士団長の浮かれっぷりも傷口に塩を塗り込んでくる。
そうだよね、ずっと話したくても話せなかったツディーネとついに心を通わせたかも、なんて浮かれるに決まってるよね。ああ、何か申し訳ないことをしてしまった。
「騎士団長、申し訳ありません! ツディーネではありません。私です。おまけです」
ひょっこりツディーネの背後から出て頭を下げると、浮かれていた騎士団長の雰囲気がしゅんと泡のように消えた。
「あなたは……」
「はい、おまけです。実は、どうやら私、ツディーネと意思疎通が可能なようでして、ツディーネの意思を伝えに参ったのですが、誤解を生むような登場の仕方で申し訳ありませんでした」
「そう、か……。ツディーネと。ああ、通訳してくれたわけだな。いや、こちらこそ勘違いしてしまい、申し訳なかった」
何だか微妙に気まずい雰囲気が流れる。騎士団長がいつにも増してよそよそしい。
「ツディーネは、その、喜んでくれているのだろうか」
違った。よそよそしいんじゃなくて、もじもじしていた。
「え、ええ。もちろんです。ね、ツディーネ!」
声をかけると、ツディーネはめいっぱい頭を縦にゴルンゴルンと振っている。勢い良すぎて、ちょっとしたつむじ風が起こっているくらいだ。
そんなツディーネの必死な様子を見て、騎士団長はふっと笑った。
「良かった」
「あ、でもせいきょうせき? は、取ってこないで欲しいそうです。ご飯はここの泉で満足してるから、そんな時間があるならエクランくんと一緒にいてあげて、きっと嬉世ちゃんのことで当分は落ち込むだろうから、と」
頭に流れ込んできたツディーネの思いを伝えると、騎士団長は驚いたように目を見開き、そうして柔らかい笑みをツディーネに向けた。
「そうだな、次の遠征までは、できるだけエクランとの時間を取ろう。もちろん、ツディーネとも」
『私は次の月まで無休の予定だから、親子水入らずで過ごしてちょうだい』というツディーネの言葉はあえて伝えなかった。
きっとエクランくんも騎士団長も、ツディーネと一緒に過ごしたいと思っているだろうから。
『ちょっと、名を伏せしもの!? どうして伝えてくれないの? せっかく親子水入らずで過ごせるのに』
「ツディーネだって家族でしょ? 一緒に過ごした方が楽しいよ」
こそっと告げた言葉に、ツディーネは固まってしまっている。
追い打ちをかけるように、騎士団長がツディーネを見上げて笑った。
「ツディーネも、良いだろうか」
面と向かって言われれば、さしものツディーネも断れないらしい。
油が切れたブリキの人形みたいにぎこちなくも首肯したツディーネに、騎士団長は笑った。
そうしてツディーネからエクランくんを受け取ると、こちらを向いた。
「おまけ殿、あなたも疲労と困惑の中にいるだろうが、モトネ殿のことを頼んで良いだろうか。私たちもできるだけ気にかけるようにするが、おそらく同郷で同性のあなたの方が心を許してくれるだろう」
「はい。輪音ちゃんの負担にならない範囲で、見守りたいと思います」
「頼んだ。ああ、マタテ、少し良いか? 次の遠征での編成について相談したいことがあるんだが」
「俺も疲労と困惑のまっただ中にいる一人だけど?」
「そうか、そうだったな。では宮殿へ戻るまでの間だけでも話そう」
騎士団長の朗らかな笑顔とは対照的に、げっそりした表情の真楯くんはもう何も言うこともなく、そのまま騎士団長の後ろについて帰って行ったのであった。




