66 ツディーネと騎士団長
「王太子殿下もおっしゃっていたが、我々はあなた方の心も守りたい。あなたにとっては余計なお世話かもしれないが、頼りたくなったらいつでも頼ってもらいたい。そういう存在がこの世界にいるということを、忘れないで欲しい」
それがたとえ、救世主という役割を担っているからだとしても。
森で倒れたときにユエジンさんやアマヴェンナさんが心から心配してくれたように、輪音ちゃんもこの世界の人たちにとって大切な存在になっている。
「慰めてくださるつもりなら、大丈夫です。私の場合は団長のように死に別れたわけではありません。確かにもう二度と会えないかもしれないけれど、嬉世ちゃんが元の世界に無事に戻って生きている、それがはっきりしているだけで、私はもうそれ以上は望みません」
そうか、と騎士団長は優しい瞳を向けて、輪音ちゃんの思いを受け止めた。
「救世主様方が授かる能力は救世主個人の特性が反映されるという。あなたが授かったのが防御というのは、己が力で守りきる、そういうことなのかもしれないな。ただ、私たちもあなたを守りたい、そう思っているということは忘れないで欲しい」
救世主がこの世界で授かった力って、そういう理由があったのか。
真楯くんたちの武具は、それぞれの身体能力に合わせて授けられたってことなのかもしれない。
「それなら嬉世が癒やしを得たっていうのは……」
「キヨ殿が癒やしの能力を授かったのは、癒やすべき者に癒やしを与えるためだろう」
とおくんの疑問に、騎士団長が答えた。
「真に癒やすべき存在のため、得たものなのかもしれない」
何となく、視線が輪音ちゃんに集まっていく。
みんな心の中で考えていることは一緒のようだ。向けられた視線に気づいた輪音ちゃんは、どこか居心地悪そうに、申し訳なさそうに苦笑する。
「それは私じゃないです。嬉世ちゃんが一番癒したかったのは、私じゃない」
名言は避けながらも、誰かは見当が付いているみたいな口調に、誰もそれ以上掘り下げようとはしなかった。
「ただ、嬉世ちゃんが帰っちゃうとあの広い部屋に一人で過ごすことになっちゃうから、それはちょっと寂しいかなぁ」
「あ、じゃあここで一緒に暮らす?」
寂しげに笑う輪音ちゃんを見ていられず、とっさにそう提案するとアマヴェンナさんが動いてくれた。
「殿下には私から申し伝えておきます。了承くださるでしょう」
「え、いいの? おねーさんと一緒なら嬉しいな」
「うん、ベッド広いから一緒に寝てもいいし、個室が希望ならもう一部屋あるから、そっちでもいいよ」
「……一緒に寝てくれるの?」
え。なにこの可愛い子。
不安そうに上目遣いで聞かれたらこっちの心臓が持ちませんけど! きゅるるんって効果音が聞こえてるんですけど! し、心臓がっ!
「え、あ、う、も、輪音ちゃんが嫌でなければ、その、ぜひご一緒し」
「おねーさん、下心隠せてないよ。丸見えだよ」
ぜひ一緒に寝ましょうと手を伸ばしかけたところだったのに、真楯くんによって見事にぶった切られてしまった。
「ちょっと、下心とは失礼な。こんな可愛い子と一緒に寝られるのがうらやましいからって、ヤジは止めてもらえますかー」
「冗談じゃん! なんでそんな本気で怒ってんの!?」
「私はいつでも本気です」
「すげぇめんどくさい感じになってる!」
ついに大声で笑いだした真楯くんを睨み付けていると、ふっと笑う気配が隣でした。輪音ちゃんだ。
ふふ、と控えめに笑うその姿は、さっきまでの悲愴さを滲ませながらも、いつも通りに振る舞おうとする気丈さをうかがわせた。
たとえそれが、真楯くんが強引に作り出した空気に気遣った結果だとしても。
そんな輪音ちゃんの姿を見ながら、はるくんが何か言いたげに口を開く。けれど何も発することなく、閉じられた。
気遣わしげに瞳が揺らいで、今は何もできることはないと諦めたように視線を落とすはるくんの姿に、胸が痛くなる。
それでもせっかくの明るい雰囲気を崩すと輪音ちゃんがまた気を遣ってしまう、と真楯くんと一緒に賑やかしに徹しようとした私の頭に、声が飛んできた。
『な、名を伏せしものっ! 助けてっ!』
「ん? この声、ツディーネ?」
『そうよ! 助けて、名を伏せしもの!!』
悲鳴のような声に驚いていると、真楯くんが察したのか「ツディーネならあそこ」と指さして教えてくれた。
真楯くんが示した方に視線を向けると、そこには直立不動で万歳した両手にエクランくんを載せたツディーネがいた。
何やってるんだろう。新手のエクササイズとか?
「騎士団長ともめてんのかな? 行ってみる? おねーさん」
あ、ほんとだ。ツディーネとエクランくんにばかり目が行ってたから気づかなかったけど、ツディーネの前に騎士団長が立ってツディーネを見上げている。
「エクランくん受け取ろうとしてるのに返してくれないとか?」
エクランくんへの愛が溢れてるからなぁ、と独りごちていると、頭の中に声が響いた。
『違うのよっ! 返そうとしたら、私に話があるって返させてくれないの!』
「あ~、ツディーネからエクランくん受け取っちゃったらツディーネがすぐに帰っちゃうから、引き留めるためにじゃないでしょうか?」
『そ、そんなことしないわ! 私だってライエゾールとお話したいわ。でも、私じゃ上手く波長を合わせられないんだもの』
最後の方は涙混じりだ。こうして私と話している間も騎士団長から話しかけられているんだろう、遠目に見えるツディーネは頭を縦に振ったり横に揺さぶったりと忙しい。
「ツディーネ、お前には世話になりっぱなしだな」
『そんなことないわ!』
「相変わらず、私とは波長にずれがあるらしい。意を汲んでやれず申し訳ない」
『やめて! 謝らないで! 悪いのは波長調整能力がからっきしな私の方よ! 頭を下げないで! いやあぁっ!!』
触れるわけにもいかないんだろう、ブルブル震えてもはや恐慌状態のツディーネを前に、騎士団長は困ったように眉を下げて見上げるばかりだった。
うーん。ここはとりあえず静観してみる? と真楯くんと目配せし合う。
ちなみにとおくんの疲労がピークに達したようで、はるくんと二人で先に宮殿に戻り、輪音ちゃんはアマヴェンナさんによって部屋に案内されているところだ。
「今回もエクランが迷惑をかけた。ただ、無断でエクランという部外者をこの場所まで連れてきたことに関しては聴取の必要がある。申し訳ないが、エクランが落ち着いてから出向いて欲しい。それから、これはいつも世話になっているお前に、ささやかな贈り物だ」
そう言って騎士団長が差し出した両手の中には、キラキラとこぼれる金色の光。
どこかで見たことがある、と記憶をたどって浮かんだのは、王太子殿下の金色だった。鮮やかなのにどこか静けさを感じる、月と星と夜の光だ。
『月鏡石……。どうして』
「今回の遠征で、泉があってな。そこでちょうど良く月が出ていたから、取ってこれたんだ」
食い入るようにツディーネが騎士団長の手の中で静かに光る何かを見つめている前で、騎士団長はどこか誇らしげに朗らかに笑う。細めた目は、優しげにツディーネに向けられていた。




