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65 妖精姫と騎士団長


「伝えるべきことが多く、後回しとなってしまったことは申し訳ありません。ですが召喚された時点であなた方の帰還方法は一つしか存在しません。帰還される際には必ずお伝えする予定でしたので、ご容赦ください」


 全く悪びれずに言っちゃうユエジンさんのメンタルの強さよ。


 聖職者よりもクレーム担当か営業職に向いてるんじゃなかろうか。


「じゃあ、もし私がこの世界に残ることに決めたら、私が生まれたことも全て、元の世界ではなくなってしまうんですか?」


 不安や悲しみなどではなく、ただ事実を知りたいという目で輪音ちゃんは答えを待った。


「そうですね。存在自体が消えてしまいますから、あちらの世界におけるモトネさまの全ての記録、記憶が失われるでしょう。あなたがいなければ起こらなかったことも、人々の記憶の中で都合良く書き換えられます」

「そうですか。分かりました、ありがとうございます」

「存在まで消して証拠隠滅だけでなく関わった人の記憶の書き換えまでするなんて、この世界の神ってすげぇんだな。そんな器用なことができるなら、魔のものなんて簡単に消せそうだけどな」


 これ、不敬ギリギリじゃないかな。しかも分かってて言ってるっぽいし。


 真楯くんの煽るような言葉にドキドキしながら向かいのソファに座るお三方を見ると、三人とも憂慮の表情を浮かべていた。


「おっしゃる通りです。もしかしたらこの世界の神は、この世界を終わらせたいのかもしれませんね」

「殿下。その発言は国を統べる者としてはいかがなものかと」

「この方々はこの世界の民ではない。犠牲を払ってこの世界に留まってもらっている以上、本音で語り合うのが誠意というものだろう」


 その上で、と王太子殿下はいつもの微笑みを消して真剣な表情で私たちを見た。


「改めて伺いたい。この世界を救ってくださるおつもりはあるのかを」

「それは……命を落とす可能性もあるということですか?」


 引率担当としての使命感から、黙ってはいられなくなった。

 引率といっても一人離れに引っ込むことになって、戦線を完全に離脱しているわけだけれども。


「限りなく低いとだけ言っておきましょう。召喚は神が行ったものです。召喚された方々は召喚における契約が終わる日まで——魔のものとの戦いが終わるまでですが、身も心も傷をつけないという使命が我々には与えられています。そうした制約を我々に課す神が、あなた方をむざむざ死なせるとは到底思えない。神のなさることは卑小なる我々には計り知れませんが、無慈悲ではない。そして我々も、あなた方を決して死なせません」


 金の瞳に力強い光が見える。


 決意表明のように告げられた内容に息を飲む中、真楯くんがふっと笑った。


「そんだけ乞われちゃ、一抜けたなんて言えねーよ。もちろん初めから協力するつもりだったし、今でもその気持ちは変わらない」

「俺も。この世界が落ち着くよう、力を貸したいと思ってる」

「僕は個人的な理由も含めて、この世界が安心して暮らせる場所じゃないと困るから、できる限りの協力はするよ」

「私は初めから協力するつもりです」


 最後に告げたモトネちゃんの表情はお手本のように綺麗な笑顔で、いつもの屈託のない笑顔を恋しく感じるほどだった。


「あの、水を差すようですが、嬉世ちゃんが元の世界に戻ったってことは、癒やし手はどうなるんでしょうか」


 つ、と頭の位置まで手を挙げて尋ねると、はるくんの隣に座っていたとおくんがうなだれた。


「だよね、おねーさんそれほんと死活問題だと思うよ。癒やし手は第二騎士団にもいるけど、質も量も桁違いだもん。僕も嬉世の癒やしなしで戦えるか不安しかないし」


 意外にも嬉世ちゃんの力を一番信頼していたのはとおくんだったらしい。


 まだ疲れが取れないのか、うなだれたままソファに身体を預けている。ちゃんと座っていることもままならない状態のようだ。


 遠征から帰ってきたばっかりだし、なんとなくとおくんは召喚されたメンバーの中で一番線が細くて体力もなさそうだから回復力も違うのかもしれない。


「キヨ殿がいなくなった以上、癒やし手は第二騎士団が担うしかありません。ご不満かもしれませんが、能力はこの世界随一の者たちばかりです」


 それまで沈黙していた騎士団長が口を開いた。


 こんなに間近で見るのは初めてだけど、目元がエクランくんにそっくりだ。エクランくんと同じ、すみれ色の澄んだ瞳をしている。まぁ騎士団長の方が圧倒的に眼力強いけども。


「じゃあ本格的に終末の地へ向かうまで基礎体力作り頑張ろ~」

「では、トオ殿専用の日々のメニューを立てておこう」

「うわぁたのしみー」

「ああ、私もこれほど基礎体力のない者の訓練を任されたことがないから、どれだけ伸びるか楽しみだな」


 とおくんの隠すつもりのない棒読み具合にも騎士団長は動じない。どころか、根っから楽しみという雰囲気で言葉を返している。うーん、強い。


「キヨさまの帰還に関して騎士団をはじめ各所への通達が必要ですね。帰還の門の契約についての議論も至急必要ですし、慌ただしくて申し訳ありませんが、殿下と私は王宮へ戻ります。騎士団長、後は任せました」

「ああ。騎士団への通達が必要なら、私から伝えよう」

「そうですね、それがいいでしょう。では殿下、王宮へお願いします」


 気安い様子でユエジンさんは王太子殿下の腕に触れ、王太子殿下も苦々しくはあるもののそれを受け入れると「ではまた」と私たちに視線を向けて消えた。


 え、消えた?


「ああ、おねーさんは見るの初めてだっけ? 王太子殿下、転移魔法が使えるんだ。それで王宮に向かったんだよ」


 目を見張って固まる私に、異世界のおかん男子が答えをくれる。


 なるほど。王太子殿下も王族筆頭といっていい存在なんだし、転移魔法もホイホイ使えるわけか。てことは予想第二王子のルドも転移魔法はちょちょいと使えるのかもしれない。


 前回ルドが突然消えるようにいなくなったのも、転移魔法を使ってたのかもしれないなと平和な思考になっていると、団長が席を立った。


「モトネ殿、今回は急なことで驚いただろう」


 輪音ちゃんの前に膝をついて真摯に話しかける姿は、なんというか、団長との体格差もあって妖精姫に忠誠を誓う騎士のように見えなくもない。


 異世界フィルターがなくたって何て絵になる二人だ。


「確かに驚きましたけど、心配していただくほどのことではないですよ」


 輪音ちゃんは、心を寄せられるのをそっと避ける傾向がある。


 そう気づいたのは、この世界に来て一緒に過ごすようになってすぐのことだ。私も人と一線を引くのが得意だった頃があるから、何となく分かる。


 踏み込まれたくない領域というのを誰しも持っていて、きっと輪音ちゃんはその範囲を明確に決めている。


 そしてその範囲を超えて侵入してきた者を徹底的に避ける。嫌悪すると言い換えてもいいかもしれない。


 誰かに自分のことを気にされているというだけで鳥肌が立つような嫌悪感を、私もよく抱いたものだ。


 思春期だったな、と振り返る余裕が今はあるけれど、渦中は人との関わりや距離をうまく取れずに悩みもした。


 輪音ちゃんがそうだとは決めつけるわけではないけれど、そういう片鱗は見え隠れしている。


 輪音ちゃんの距離の取り方に気づいたのか、騎士団長はそれ以上距離を詰めることなく話を続けた。


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