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63 帰還の門


「不思議。何だか、こう弾きたいって思った通りに曲が作られてるみたいでした。エクランくん、素敵な曲を教えてくれてありがとうございます」


 弾き終わった嬉世ちゃんが、背後に佇んでいたエクランくんに声をかける。


 エクランくんは言葉に詰まったのか、ただ首を横に振って俯いたままだ。


「ありがとう、キヨ」


 絞り出すように感謝を伝えるエクランくんの姿に、嬉世ちゃんは目を丸くした。


「この曲は、母様が僕のために作ってくれたって聞いてる。もう二度と聴けないと思ってた。……キヨ、ありがとう。母様のリュージーネリアがもう一度聴けたみたいだ」


 まっすぐ嬉世ちゃんの顔を見上げて告げた感謝の言葉に、嬉世ちゃんは胸が詰まったように顔を歪めた。


「エクランく……っ!?」


 おそらくはエクランくんの肩に伸ばされるつもりだった嬉世ちゃんの手は突然動きを止め、その瞳は下に向けられる。


『エクランっ!』


 異変に気づいたのは嬉世ちゃんだけじゃなかったようで、ツディーネは叫ぶようにエクランくんを呼んで、その身を窓辺に立つ自分へと引き寄せた。


 魔法なのか、見えない手でエクランくんの身体が掴まれたようになっている。


「嬉世ちゃん!!」

「あれ何だ!? 何かの魔法か!?」

「引き寄せられてる! 嬉世、手を伸ばせ!」

「おまけさま、こちらへ!」


 輪音ちゃんは嬉世ちゃんの元へ向かうものの、見えないけれど壁のようなものに阻まれているようで、あと数十センチというところで近寄れずにいる。


 真楯くんは周囲を警戒しつつ、どこから取り出したのか、大剣で嬉世ちゃんとこちらを隔てる壁を突き破ろうと、軽く鋭い突きを繰り返す。


 はるくんは見えない壁を叩く輪音ちゃんに寄り添い、嬉世ちゃんの方から壁を破れないか探っているようだ。


 私は、といえばアマヴェンナさんに腕を引かれ、背後にかくまわれているところである。


 強く、決して離さないという意思をまざまざと感じさせる手が一瞬緩んだすきを狙って、私も嬉世ちゃんのところへと駆け寄った。


 危険な行動をするなって後でどれだけ叱られても、どうしても嬉世ちゃんの元に行きたかった。


 嬉世ちゃんは、何が起こっているのか分からない様子で立っている。

 その足下は、嬉世ちゃんを囲うように円を描いて発光していた。


 その光が、どんどん上へと広がっていく。光が広がっている部分にあるはずの嬉世ちゃんの身体は、光の加減のせいか見えない。


 それが嫌な予感を加速度的に膨らませていく。


「嬉世ちゃん、こっちに来て! 手を伸ばして!」

「くっそ、これどうなってんだ!?」

「嬉世ちゃん、身体何ともない!?」


 じわじわと広がる光は、嬉世ちゃんの腹部を覆う。


『帰還の門よ! 離れた方がいいわ! 開かれれば送り返すまで決して閉じない。キヨの帰還の門は、開かれてしまったのよ』


 ツディーネさんの声が、喧噪の中乱れた思考に飛び込んでくる。


 ドクドクと心臓が耳元で鳴っている。ざわめいた心と緊張しきった身体とは裏腹に、頭の中だけは妙に澄んでいた。


「帰還の、門」


 呟いた言葉に、真楯くんがぎょっとしたのが気配で伝わってくる。


「それって、救世主が望めば元の世界に戻れるって言ってたあれか? こんな急に現れるもんなのかよ!?」

「嬉世自身は気づいてるのか? こっちの声が届いてないみたいだ」

「嬉世ちゃん、嬉世ちゃん、嫌だよ。行かないで。ここにいて——お願い、一人にしないでっ」


 涙をこぼしながら、輪音ちゃんがすがるように嬉世ちゃんに訴えかける。こぼれる涙を拭うこともせず、一心に嬉世ちゃんを見つめ続けている。


 そのあまりの儚さに、息をのんだ。


 いつも明るく笑顔を絶やさない輪音ちゃんが、泣いている。


 そうしている間にも、嬉世ちゃんを包む光は広がっていく。

 光に覆われる自分の身体を眺めて視線を上げた嬉世ちゃんは、今ようやく気づいたとでもいうように輪音ちゃんを見た。


 はるくんの言う通り、この壁は音や気配まで遮断しているようだ。

 

 泣いている輪音ちゃんを見て嬉世ちゃんは驚いたように目をみはり、慌てたように手を伸ばすも、壁に阻まれてさらに驚いている。


「輪音、聞こえますか? あのね、私もう帰らなきゃいけないみたい」


 聞こえた声に、輪音ちゃんが首を大きく横に振る。


「いやだ……いやだよ、嬉世ちゃん、行かないで」

「ごめんなさい、輪音の声、聞こえないみたい。私の声は届いてますか?」


 素早く一つ首肯すると、その後で輪音ちゃんは「行かないで」と大きく口を開けて訴えた。


「こんなところで帰ることになってしまって、何の力にもなれなくて、本当にごめんなさい」


 輪音ちゃんと、それから真楯くんやはるくん、私に視線を合わながら嬉世ちゃんは謝罪する。


 そしてもう一度、輪音ちゃんに視線を合わせた。


 光はもう、嬉世ちゃんの首元まで覆っていた。


「輪音、あなたの力は素晴らしいです。だからどうか、私の分もこの世界を救ってください。そして、……輪音は戻らないで。この世界で、どうか幸せを見つけて」


 あなたは戻らなくていいんです、と念押しするように告げて、光は嬉世ちゃんを全て覆ってしまった。


 目を開けていられない眩い光と、輪音ちゃんの防御壁を隔ててもなお強力な衝撃がかかる。

 

 そうして光が消えたとき、嬉世ちゃんはこの世界から消えていた。






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