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60 おねえさまは乾杯します~新たな友だちと名前~


「はじめまして。僕はエクラン・フェニ。ツディーネとのこと、感謝します」


 こうして向かい合うと、その存在感の大きさに驚かされる。


 騎士団長とお会いしたのは一度だけだから、立派な体格と威厳あるたたずまいしか記憶にないけれど、確かに親子と言われれば似ているような気がする。


「とんでもないです。何だか盗み聞きしてたみたいで、申し訳ありません。あ、私は、えーっと、こちらの救世主たちのおまけで付いてきました。どうぞおまけでもおねーさんでも、お好きなように呼んでください」


 ペコリと軽く礼をして顔を上げると、エクランくんと目が合った。


「名を隠されているのですね。では、僕もおねえさまとお呼びしても良いでしょうか?」


 お、ねー、さま!!


 ものすごい破壊力。しかも美少年からにっこり微笑まれながらのおねーさま呼び。不意打ちの、心臓にとどめをさす勢いのときめきに、私は思わずソファに沈み込んだ。


「おねえさま? どうされたのです?」

「あーいいいい。ちょっと放っておいた方がお互いのためだ。そういや、あのキパールはツディーネって言うのか?」

「ツディーネという名は父上が付けた。それで僕もそう呼んでいる。ツディーネは他のキパール同様、意思疎通を図れる高等旧生物なのだが、新生物である我々とは波長が合いづらいらしく、僕以外の人間とは意思疎通が図れなかったんだ。今回おねえさまがツディーネの声を聞けると知って、心強いです」


 先ほどまでのだんまりが嘘のように、饒舌にエクランくんはツディーネの話を披露する。


 いわく、ツディーネはキパールの中でも特別感情豊かで愛情に溢れ、エクランくんにとっては母親代わりの存在なのだとか。


 なにそれ、もう相思相愛じゃないですか。


 そんなツディーネと自分だけが会話できるっていう特別感に浸るわけでもなく、エクランくんは私がツディーネと会話できることが嬉しいという。天使か。天使だ。


「ツディーネは僕以外にも人間の友だちが欲しいとずっと言っていました。だからおねえさまがツディーネの新しいお友だちになってくださると嬉しいんですけど」


 上目遣いの破壊力よ。


 頬を染めて傾げる首の角度まで完璧である。おねえさまは乾杯します。あ、間違った。完敗です。


「ももも、もちろんです。私でよければぜひお友だちになってください」

「いや、エクランくんともかもしれないけど、ツディーネとだよ。おねーさん、とりあえずちょっと落ち着こっか」

「うん、大丈夫。可愛いは無敵」

「流されてる流されてる。滝壺めがけて濁流に飲まれてるよ、しっかりしておねーさん!」

「大丈夫、今なら私、鯉にだってなれそうな気がするから」

「滝登りでもする気かよ。エクランくん、おねーさんを取り込むってことは、何か企んでんじゃねぇの?」


 緩やかに笑みを浮かべながら、真楯くんがため息を吐くように尋ねた。


「マタテを参謀にと望む父上の気持ちがよく分かるな。今回の件、父上への報告は免れない。ツディーネへの処罰もあるだろう。僕もできる限りツディーネが処罰されないようにお願いするけど、ツディーネのお友だちであるおねえさまからも口添えしてもらいたい」


 おねえさま、とさくらんぼのような唇が私を呼ぶ。


「どうか協力してもらえませんか」

「ハイ喜んで!」


 私の即答に驚きながらもエクランくんは喜びを溢れさせ、真楯くんとはるくんは呆れたようにうなだれた。


「おねーさんって権力者には慎重なのに、なんで子ども相手だとそんなに警戒心働かなくなんの」

「真楯さん、美形って部分も大きいんだと思う。可愛いもの好きだし」

「あー……」


 などと、二人で納得してはため息を吐いている。失礼な。私だって聞くべきところはちゃんと聞いて判断している!


「ツディーネの言葉を伝えれば、きっとエクランくんのお父さんも分かってくれるはずだよ。だってこんなに慈愛に溢れてるんだから!」


 今だってキパール改め、ツディーネの言葉がひっきりなしに頭の中に流れ込んでくる。


 今はなぜかこそこそとエクランくんにだけ聞こえるように話しているみたいだけど、筒抜けだ。


『ねぇ、私ともお友だちになってくれるって、言ってたわよね? 私の空耳じゃないわよね? 特技すぎて困っちゃうの。空耳。ついうっかり話の輪に入っちゃって、会話してる気になるっていう。でも今回のはちゃんと現実よね?』

「ツディーネもお話できたんでしょ?」

『ううううん? 話せたような、話せてないような? ちょっと話しかけてみてもいいかしら? でもでも、初対面の人とお話するなんてドキドキするわぁ』

「多分この会話も聞こえてる気がするけど」

『え!?』

「だっておねえさま、僕とツディーネのことずっと見てるよ。まぁ、僕の独り言かと思ってるのか、マタテたちも見てるけど」


 ぐいん、と六つの瞳が総出で私に向けられる。


 圧がすごい。どこか不安そうで、どこか期待の色を滲ませた薄緑の瞳は、ためらうように揺れたかと思うと、決意したかのようにまっすぐ私を見つめた。


 うん、目は口ほどにものを言うを地で行っている。


『あああああの、私ツディーネって言います。えーっと、私の声、聞こえてます?』


 花も恥じらう、という表現がぴったりの、胸がキュンキュンするような声。


 聞くだけで、ときめきで心臓が安静時の三割増しの活動を始めてしまう。


 私は侮っていた。


 確かに可愛い声だな、と思っていた。高くて澄んだ、清らかさを集めたような声。


 けれど、それはあくまでエクランくんに話しかけている、間接的なものに過ぎなかった。


 直接話しかけられると、こんなにはっきり、まっすぐ、届くんだ。


 バクバクと鳴る心臓を抑え、ゴクリと唾を飲み込んで息を吸う。落ち着こう。


 そっと立ち上がって、ツディーネがこちらをのぞき込んでいる窓まで向かう。ここ、ほぼ三階ってくらいの高さなんだけど、窮屈そうに身体を屈めているツディーネは、相当に身体が大きい。


 近づけばより一層、その瞳の岩のような大きさと感情豊かな彩りに驚いた。優しい瞳だ。


「はじめまして、ツディーネ。私は、おまけです。お好きに呼んでくださって大丈夫です。もし良かったら、お友だちになってもらえると嬉しいです」


 緊張しながら期待を込めて六つの瞳を見つめ、数十秒。何の反応も返ってこない。


 あれ? と思い「ツディーネ?」と首を傾げると、薄緑の六つの瞳が途端に潤みだした。


『わ、私の、声が聞こえるの?』

「はい、聞こえます」

『私と、お友だちになってくれるの?』

「はい、なりたいです」

『じゃ、じゃあ一つ質問があるの。ぜひお友だちになって欲しいけど、これは絶対に聞いておかなきゃいけない質問なの。いい?』


 はい、と神妙に頷くと、ツディーネは落ち着くように大きな身体を上下させて呼吸を整えた。


『エクランを、大切にしてくれる? エクランを傷つけたりしないで。エクランを悲しませたりしないで。エクランを、いっぱい、笑顔にしてくれる?』


 質問、一つじゃなかった。


 でも、全部エクランくんに関わることだ。ツディーネは、エクランくんが何より大切で、そのためなら欲しいと思っていた友だちさえ諦められるということなんだろう。


「お友だちは大切にするものです。お友だちのお友だちも、私にとっては大切な人です。だから、一緒にたくさん笑って過ごせたらいいなと思っています」

『お、お友だちになるぅううっ』


 六つの瞳が、親愛の情を帯びて見えるのは、きっと気のせいなんかじゃない。


 見た目は地獄の門番でも、中身は純粋無垢な女の子のよう。


 この世の春といったご様子で身体を左右に揺らしているツディーネに笑みを返しながら、私もつくづく異世界に馴染んだな、と達観した思いを抱いたのだった。


『これからよろしくね! 名を歪められしもの!』


 ……何か変なあだ名付けられた。確かにお好きに呼んでねって言ったけども。


「えーっと、響きはかっこいいような気もするんですが、恥ずかしいです。長いですし」


 呼びにくいでしょう、と気遣ってる風に言えば、素直なツディーネは再考するように頭をひねった。


『じゃあ、名を伏せしもの?』


 こうなると「おまけ」って呼ばれる方がマシな気がしてきた。


『ごめんなさいね、私の力でもあなたの名前を呼ぶのは難しいの。こう、もう少しで呼べそうな気がするんだけど、見失っちゃうというか』


 これ以上異名が増えるのは困ると訴えてみるも、どうにも呼べそうで呼べない名前が引っかかって「おまけ」も「おねえさん」もしっくりこないようで、「名を伏せしもの」と呼ばれることになってしまった。


 あだ名付けるの憧れだったの、とご機嫌に身体を左右に揺らして砂埃を上げているツディーネを見てしまえば不満なんて消し飛んで、胸が温かくなったのだった。






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