57 毛玉さん
「ねぇ、あれ! 子どもじゃない?」
「まじか、何でキパールなんかに乗ってんだ」
「助けに行く」
「待って、私も!」
さすが遠征帰りというか、訓練の賜物というか、みんなの連携は見事だった。
「おねーさんはここで待っててください!!」
私も、と一緒に部屋を出ようとすると、輪音ちゃんが強い口調で私を部屋に押し込めた。よろける私をアマヴェンナさんが受け止めてくれる。
「こちらでお待ちしましょう、おまけさま」
おとなしくしていましょう、という副音声が聞こえた気がする。心なしか私の両腕をつかむ手に力が入ってる気がするし。
「はい」
ちらり、と窓の方を見ると、真楯くんが大剣を下げながらキパールの前までそっと近づいているのが目に入った。
キパールはごてりと首を傾げている。小動物がすれば可愛い仕草も、キパールがすると戦闘態勢なのかと疑う圧を感じる。
『あらぁ? えーっと、何かご用かしら? ここ立ち入り禁止? ああ、ごめんなさいねぇ、私、どうにも波長を合わせるのが苦手で、えーっと、私の声、届いてますー? ……ああ、ダメねぇ』
どこかしょぼんとした声が頭の中に響いている。目の前ではキパールがしゅんと肩を下げているのが見えた。
この頭に響いてくる声、もしかしてキパールのものでは?
確かキパール含めた高等旧生物はテレパシーで意思疎通するって聞いた気がする。
『どうもここから出て行った方が良さそうねぇ。ごめんなさいねぇ、せっかく来てくれたんだからって連れてきたはいいけど、こんなことになっちゃって』
おそらくは毛玉に向かって言ってるんだろう。キパールの声が憔悴しきっている。
ま、待って待って、別に追い出そうとしてるわけじゃないです!
『え? そうなの? え? …………誰?』
頭の中の声に呼びかけながら、私はとっさに近くの窓を開けていた。
「私です!」
「おねーさん、出てきちゃダメです!」
「輪音ちゃん、このキパール、嬉世ちゃんのピアノ聴きにきたんだって!」
「え!? そうなの?」
『そうよぉ、リュージーネリアの音色があんまり綺麗で、少し前にも宮殿の方で聴いた気がしたんだけど、今回は泉の近くだからもっと近くで聴けるってうきうきしながら来ちゃったの。お友だちも一緒だったし』
「つーか背中に乗せてるの、あれ人間の子どもだろ? 誘拐されてんじゃないよな?」
「何でキパールの背中に乗ってるんだろう? 降りられなくなっちゃったのかな。落ちたときのために防御壁作っとくね」
「それにしてもおねーさんは何でこのキパールが嬉世のピアノ聴きに来たってわかんの?」
キパールが話している間も、真楯くんや輪音ちゃんが質問を飛ばしてくるので私の耳と頭は飽和状態になってしまった。
「ええーっと、お友だちっていうのはその背中に乗ってらっしゃる方ですか?」
とりあえず、その背中に乗せている子どもらしき存在をどうにかしなければ。
毛玉のように見えていたけど、どうやら毛皮を着込んでいるらしく、顔を隠すようにキパールにしがみついている。
『そうよ、私のお友だち。ときどき泉に遊びに来てくれるの。とぉーっても可愛いんだからぁ』
「……」
『あ、いえ、違うわ。そうじゃないの。ええ、これはただの毛玉よ。ええ、お友だちの毛玉なの。私、無機物をお友だちと呼んじゃう悲しい性格なのよ。そう、だからさようなら』
これは確実に毛玉らしき何かに口止めされたな。
キパールが突然あわあわしながら出口を探している。
「毛玉さん、もし良かったら一緒にお茶しませんか? あの、外だと寒いですし」
矛先を毛玉さんに向けてみたけれど、完全に動きを止めて無機物となってしまった。うーん、手強い。
『あの、お誘いはとーっても嬉しいんだけど、この子、人見知りなのよ。そう、無機物なんだけどね。だからごめんなさい、今日はもう失礼するわね』
慌てた様子でキパールがバサリと背中から羽を出したとき。
ふわり、と風圧で毛玉さんがコロリと転がった。
「危ないっ!」
『きゃあ、エクラン!』
地面に叩きつけられるかと思ったその直前、ふわりと何かが毛玉さんを包み込んで浮かんだ。
「よ、良かった、防御壁展開しといて」
へなへなと地面に座り込みながら、輪音ちゃんが息を吐いた。
『ごめんなさいごめんなさい! そうよ、私いっつも忘れちゃうの! あなたがこんなに小さいってこと! ああ、ほんとに、これからは絶対に落ちないように魔力でくっつけておきましょう!』
キパールも興奮して身体を前後左右に揺らして落ち着かない。
真楯くんが抱き上げた毛玉からは、むすっとした表情の男の子が出てきた。
「……えーっと、こんなところで何してるのかな、エクランくん」
「えっ、ちょっとエクランくんじゃない! 何でこんなところにいるの!?」
「俺、騎士団長呼んでくる」
どうやら真楯くんたちの知り合いらしい。
絶対に口を開くものかという強い意志を感じさせる表情は一転、はるくんの言葉を聞いた瞬間、見事に崩れた。
「ちょ、ちょっと待って! 父上には言わないで!」
ははぁーん。この子、騎士団長のご子息らしい。
「それはご説明次第ですね、エクラン様」
背後から聞こえた声に振り向くと、アマヴェンナさんがそれはそれは美しい笑顔で毛玉改めエクランくんを見ていた。
アマヴェンナさんともお知り合いなのか、エクランくんは今度こそ顔を真っ青にして、小さく「はい」と答えたのであった。




