56 救世主たちと再会、旧生物の訪問
後数時間で救世主たちは戻ってくるというルドの予測通り、真楯くんたちは昼過ぎには宮殿に戻ってきたそうだ。そして今、離れまで足を運んでくれ、広い客間で寛いでいる。
「今回の遠征では魔のものにも出くわしたけど、すごいんだよ! はるくんとか真楯くんとか、一撃なの! とおくんは弓で遠くにいる旧生物もひゅんって一瞬で倒しちゃうの! おねーさんにも見せたかったぁ」
ああ、これだ。この癒やしを私は求めていました。
可愛い。
うっとりするほどに柔らかそうなほっぺ、きゅるんきゅるんの瞳、つややかで柔らかそうな髪、ほのかに香る甘やかな匂い。女の子の可愛さ、すごい!
やっぱりあれですね、ルドも相当な美形で彫刻かってくらいでため息漏れまくりだったけど、可愛さというか、こう胸がきゅんっとくる感じは妖精姫の圧勝ですね。
うんうん、と私が一人頷いていると、それを相づちと捉えたらしい輪音ちゃんは次々に遠征話を聞かせてくれた。声まで癒やしなんて、ほんとに幸せ。
「みんな無事に帰ってこられて良かった。元気そうで安心したよ」
輪音ちゃんの話が落ち着いた頃にみんなに向かってそう言うと、とおくんはとっくに夢の中だった。
「あー、まぁ大分しごかれて行ったしなー。これで太刀打ちできなかったら厳しいなって思ってたから、とりあえず魔のものを取り込んだ旧生物には十分勝ち目あるかなって、手応え感じただけでも行ったかいあったな」
「そうですね。私の癒やしも皆さんに効果があったようでしたし、旧生物に取り憑いた魔のものもいましたけど、それらの攻撃による負傷も問題なく治療が行えたので、それが分かっただけでも良かったです」
話を聞くにハードな遠征だったみたいだけど、その分かなりの経験値を積んだらしい。何だかみんなが頼もしく見える。
「あの、おねえさん。そこのピアノ、弾いてもいいですか?」
嬉世ちゃんがそわそわしながらそう切り出したのは、アマヴェンナさんが二杯目のお茶を入れてくれた頃だった。
到着したときからちらちらと窓辺に置かれているピアノに視線を向けていたのは気づいていた。
私の方から弾いてもらうのをお願いしようと思っていたところだったから、ちょうど良かった。
「うん。とおくんはぐっすりだし、聴きたい」
「嬉世ちゃんのピアノ、久しぶりだぁ」
輪音ちゃんがうっとりしながら私の隣に深く座った。
さっきまではるくんの近くでお茶とお菓子を仲良く食べていたから、遠征中良好な関係は継続していたらしい。うんうん、青春だ。
相変わらず嬉世ちゃんのピアノの音は一音一音が美しい。
優しく穏やかな嬉世ちゃんの性格そのものの、表現豊かな音色に心と耳が喜んでいる。
異世界で、世界が終わる危機を迎えつつあるなんて嘘みたいに穏やかな時間を楽しんでいると、ふとピアノではない音が耳に入ってきた。
『ああ、こっち……わ。……も、……だも……一緒に、……』
耳じゃない。でも聞こえる。違う、音として認識できる。頭の中に音が浮かぶような、そう、ツルさんとお話するときの感覚に似てる。
『大丈夫よ、この……もの、いつも……ね』
途切れ途切れに聞こえる音は、くぐもってはっきりとは聞き取れない。
頭の中に浮かぶ音に集中しようにも、耳から受け取る音のように静かにしていれば聞き取れるものでもないから、どこにどう集中すればいいのか手探り状態だ。
「おねーさん、どうかしたの? 頭痛い?」
頭を抱えたり耳を澄ましたりする私の様子を隣で見ていた輪音ちゃんが、心配そうに私の顔をのぞき込む。
何て説明していいのか分からないまま集中するために閉じていた目を開けると、純真をそのまま詰め込んだような瞳の輪音ちゃんがいた。やだもう、美少女!
私が口を開く前に、向かいのソファに座っていた真楯くんが感情の見えない声を出した。
「なぁ、おねーさんさぁ、この離れに来てから、何か変わったことない? 変わったもの見たとかさー」
突然の質問。そしてものすごく上の空。
気もそぞろな感じが隠しきれてないけど、真楯くん一体どうした!?
「えーっと? 変わったこと? 特には思い浮かばないんだけど」
質問の内容が漠然としすぎてて何も思い浮かばない。あ、でもルドのことかな?
「そっかぁ。じゃあ俺が今見てんのって、疲れからくる幻覚かな? ちょっと嬉世に癒やしてもらった方がいいかもなぁ」
ぼんやりと視線を真正面に向けて外さない真楯くんのただならぬ様子に、その視線の先をたどってみる。そこに。
『あ~、癒されるわ、この音色! ね? すっごい穴場でしょ!?』
ゾウの五倍はあろうかという巨体をかがめながら窓からこちらをのぞき込む、六つの岩ほどもありそうな大きさの——目が輝いていたのである。
ごくり、と誰かが息をのんだ気配がした。
『あら? 何だかこっちを見てるわよ、えーっと護衛対象よね、あの人間たちは。そう、えーっとそう、ね、おそらく、きっと。だって泉の近くだし、宮殿の中だものね? あらあら? 外だったかしら? でも敵意はなさそうだし、もしかして仲良くなりたいのかしら? え、やだ、ドキドキしちゃうわ、私こんなにたくさんの人間とお友だちになるの初めてだもの』
やだーどーしよー、と脳内の声は大変に騒がしい。
目の前の、薄緑の岩ほどもある瞳を持つ生き物も、何だか動きがせわしない。
前後に揺れたり、頭を上下左右に揺らしたり、ドスンドスンと落ち着かなさげに足踏みしたりして、土埃を舞わせて館を揺らしている。
そんな中でも演奏に集中している嬉世ちゃんは強い。
「これ、キパール、だよな?」
はるくんの声に、私たちははっと我に返った。
そうだ、この生き物、門の守護をしているという宮殿所属のキパールではなかろうか。確か契約の見返りにこの泉の永年使用権を得ているとかいう噂の。
『はあぁー、癒されるわぁ。リュージーネリアが弾ける人はたくさんいるけど、こんなに巧みな演奏を聴いたのは初めてよぉ。ね、そう思うでしょ?』
思わずはい、と返事をしそうになったところで、キパールの背中の後ろからもそもそと動く毛玉のようなものが見えた。
「………」
『あらあらあら、あなたの耳は飾りなの?』
「………!」
『あらぁ、残念ねぇ。この館、確か防音機能高めなのよね。私ほどの聴力の高さなら筒抜けだけど』
うん、こちらからもその背中に乗せた毛玉らしきものの声、聞こえませんから。なんてぼんやり考えていると、辺りがざわめきだした。




