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53 救世主を導く存在



 あの日から、ルドは毎日訪れるようになった。


 まぁこの館の主っていうんだから何の不思議もないのかもしれない。


 ルドが来るときにはアマヴェンナさんの無表情がいつもより磨きがかかる。けれど予想はできてるのか、二人分の茶器やお菓子など準備は完璧だ。


「アマヴェンナ、そう警戒せずとも私がついているからチヨコを危険な目に遭わせることはないよ。仕事が残っているのではないか。席を外して問題ないが」


 にこやかに、鷹揚な主人らしくルドがそう告げると、アマヴェンナさんはさらに鉄仮面になって完璧な角度で礼を返す。


「私のようなものにまで目をかけていただき、もったいないお言葉です。僭越ながら申し上げますと、ルドレキオ様こそお忙しいことと存じます。この館の管理はわたくしが全て承っておりますので、頻繁にご訪問いただくようなお手間をおかけするのは忍びなく思っております」


 これはあれだ。丁寧な言葉に包まれた、買い言葉である。


 実のところ、和やかな雰囲気に見せかけた二人のこうしたバトルが毎日のように繰り広げられているのだ。


「ここを訪れるのはこの館の主としての責任感からだけではないのだが。チヨコとこうしてゆっくり話せる時間は、私にとって何よりも代えがたいものだ」


 後半は私の目を見て言ってくるもんだから、とっさに目を逸らしてしまう。


 こういう直球な物言いを照れもなく言えるところが、社交辞令に長けたお貴族さまっぽいよね、ほんと。


 こっちは急激に火照りだした頬の熱が当分取れず、キラキラしい笑顔を直視することもできそうにない。


 くっ、相手は少年!! 私は成人! 何をときめいているのだ!


「ルド、あのね、嬉しいけど、そういう言い方は誤解を招くというか、相手に勘違いさせちゃうこともあるからね」

「チヨコにしか言わないよ」

「うっ、いや、だから」

「チヨコは迷惑? 私はチヨコと一緒にお茶をしたい。一緒に過ごせるのが嬉しくて仕方ないんだ。こうして私と毎日一緒に過ごすのは嫌?」


 何というか、初日からこういう感じで、どういうわけかルド少年は私への好意を隠しもせずまっすぐ伝えてくるのである。


 純粋に好意として受け止めたいけれど、私は異世界からやってきた客人という立場でもある。


 ほぼゴリムレラが召喚したであろう私にここまで好意を示してくるのは、何かしら裏があるのではと考えたくもなる。


 年若く、華やかな見た目と柔らかな物腰、私よりよほど経験値高そうな思慮深いたたずまい。


 接待役として選抜されたのなら、ルドは確かに適任だろう。だからこそ、その疑いの芽を摘み取れずにいる。


「ルド……」

「なぁに、チヨコ」


 ルド、と名前を呼ばれただけで夢見るような瞳ができるなんて、小中学生くらいの年齢ながら末恐ろしい演技力である。


 どこかの王太子殿下みたいに恋愛詐欺師を地でいくようなテクニックでも身につけるつもりだろうか。それとも王族は生まれつき人たらしな天性を身につけてるのだろうか。


「な、何でもない……」

「そういえば、ユエジンが大神殿で話したいと言っていた。どうする? 断っておこうか?」

「え、なんで!?」

「なぜ断るのか、という意味での質問なら、答えは明快だ。私とのお茶の時間が短くなるだろう? 心配はいらない。ユエジンには適当に言っておく」


 いやもう絶対ルド、権力者じゃん!


 こんなホイホイ神官長の伝言引き受けて、なおかつお断り文句のぞんざいさ。


 直系王族確定の態度と台詞に内心おののきながら、慌てて首を振る。


「ユエジンさんには私から会って話したいって連絡したの。だから、会いに行こうと思う。いつが都合が良いか聞いてる?」

「ユエジンでなくても私でも答えられることかもしれないよ。何が聞きたいの?」


 もし私が滅ぼしの救世主の対応を命じられたらどうするだろう。


 まずは友好関係を築き、できる限り平穏に過ごしてもらおうと尽力するだろう。その上で、できれば余計な知識には触れさせず、可能な限り行動範囲も制限しようとするだろう。


 まさに今の私のこの状況である。


 ユエジンさんに会わせないつもりか、と落ち込みつつ、得られる知識ならばとルドに聞いてみるのはどうだろうと方針転換してみる。


 ルドがダメだって言っても、アマヴェンナさんにお願いしたらユエジンさんに会わせてもらうか手紙を届けてもらうかはしてもらえそうだし。うん、保険もバッチリだ。


「あの、救世主召喚に関する神託について……」


 うっかり話し始めてしまったけれど、これはゴリムレラがこの世界の神であるという、イヴェリーン教を否定する内容だった。


 さすがに王族かもしれないとはいえ、ルドがその辺りのことを知っていると考えるのは早計だろう。


「神託……ああ、代々神官長が受け継いでいるというあれか。内容についての詳細は聞いていないが、そもそも救世主召喚に関しては古文書に記載がある。『テュリウスの魔禍』が生じてからノーポールの魔女が封魔の人柱となったことで、いつ救世主様方が召喚されても良いように常に体勢を整えてきた。大神殿に召喚されるだろうことは、あらかじめ予想されていたことだしね」


 ふと言葉を途切れさせると、ルドは確かめるように私をじっと見つめてきた。


 アーモンド型の柔らかい金色の瞳は光を反射して金剛石のように煌めいている。


 ああ、可愛い。


「ユエジンに教えを乞うってことは、もうこれは聞いてるのかな? イヴェリーンは神ではなく、ゴリムレラが神だってこと」


 可愛さにうっとりしてたら、とんでもない爆弾が投げられた。


 何の反応もできずにいる私を見ただけで何もかも理解したようで、ルドはふむふむと頷きながら上品にカップを持ち上げてお茶を飲んだ。


「情報源はユエジンと、あとはアマヴェンナからかな? 本当は私が伝えたかったけれど、仕方ない。どこまで聞いた? この世界について、魔のものについて、ゴリムレラについて——。聞きたいことは、何でも答えるよ」


 甘やかすような、極上のなめらかさを感じさせる声が私の心を揺さぶる。


 えーっと、まだ十代前半よね? 見た目、ひげも生えてない、声変わりもしてない少年なんだけど、何でそんな色気たっぷりの声が出せるの!?


 恐るべし、異世界!


「じゃ、じゃあ、私は何のために召喚されたんだと思う? ほんとにただのおまけだったのかな?」


 うっかり雰囲気に飲まれて言うつもりのなかった本音がこぼれ落ちてしまった。思わぬことにうろたえる私に、ルドは優しく微笑んで身を乗り出した。


「チヨコにも役割が欲しい? それとも、役割がないなら帰りたい?」


 帰りたい、とすぐには口にできなかった。


 美幼女にしるしを付けられ、森で倒れている私を心配してくれたユエジンさんやアマヴェンナさんがいるこの世界が、この先どうなってもいいと言い切るような非情にはなりたくない。


 だからといって、救世主たちのようにこの世界のために奮える力もない。


 せめて、私には何の役割もなくて、ただおまけで付いてきただけで、滅ぼしの救世主ではないということをはっきりさせて安心したい。


 そこまで考えて、自分のおこがましさにめまいがした。


 ただ私は安心したいだけだ。


 この世界を滅ぼしもしなければ救いもしない存在だとはっきりさせて、魔のものもゴリムレラも関係ないところで救世主の活躍を遠くから見守りたいだけ。


 人ごとのようだ、と改めて思う。


 この世界のことを学んで、知った気になって、でも、それだけ。


「私は……」

「チヨコは、きっと救世主たちを導くために来たんだよ」


 優しい笑顔は消えていた。


 真剣な表情で、ルドはまっすぐ私を見ていた。逸らすことを許さない強い眼差しは、私の視線を捕らえて離さない。


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