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52 館の主


 座ったままぐっと伸びをし、アマヴェンナさんが机の上に軽食を用意してくれたとき、ドアノッカーの硬質な音が部屋に響いた。


 誰だろう、と首を傾げる私とは対照的に、アマヴェンナさんは表情を硬くして扉に向かっていった。そうして扉を開けることなく、素っ気なくこう言った。


「お部屋をお間違えではございませんか?」


 え、アマヴェンナさん、もしや扉の向こうにいる人が分かるんですか!? 透視能力も身につけてるの!?


「やだなぁ、この館の主としてお客人にご挨拶をと思っただけだよ。先触れを寄越さなかったのは申し訳ないと思っているけど、ここを開けてもらえないだろうか」


 おそらく前半はアマヴェンナさんに、後半は私に向けて言ってるようだ。

 いかがしますか、とアマヴェンナさんが目で訴えてくる。


「この館のご主人なんですよね!? ぜ、ぜひご挨拶させてください!」


 そうして現れたのは、煌びやかな衣装をまとった、きらきらしい美少年だった。


 一番星をそのまま閉じ込めたような金の瞳、柔らかでまっすぐな金糸の髪、そして圧倒的なオーラは、疑いようもなくこの少年が高位の存在であると伝えてくる。


 館の主っていうくらいだからもっと大人を想像してたけど、大人でもこんなオーラは出せまい。年の頃は十二、三歳くらいだけど、見た目とは裏腹に、主と言われても頷ける貫禄と美貌だ。


 美幼女のときも思ったけど、この世界、美的レベルが高すぎて、少年少女はもれなく危うい美しさを纏っているのではなかろうか。世界レベルで保護しなきゃならないんじゃなかろうか。


「はじめまして、麗しのお客人。あなたのお目にかかれる誉に、大いなる神へ心からの感謝を。私はこの館の主、ルドレキオ。どうかルドとお呼びください」


 微笑む美少年の周りに、色鮮やかな花が舞っているのが見える気がする。ほわほわとその幻想に浸っていると、何の反応も返さない私に美少年が小首を傾げた。


 はっ! いけない、うっとりしていた。えーっとまずは自己紹介を……。


「はじめまして、ルドさま。私は……」


 そこで思い至る、私の名前が歪められていることに。やっぱあれか、不本意ながらおまけと名乗るしかないか。


 私がぐるぐる考えているうちにルドさまは距離を縮めていた。


 ふと気づいたときには目の前にいて、何故だか私の両手を取っている。予想に反して骨張った、硬い手だった。


「どうぞ私のことはルド、と。敬われるのも年齢相応に扱われるのも好きではありません。あなたとは、対等でありたいのです。私もチヨコ、とお呼びしても?」

「どうして……」

「ツルからチヨコについて聞きました。私はツルとは親しいのですよ」


 いたずらっぽく笑う美少年の魅力に一瞬クラリとしつつ、どうにか大人としての面目を保った。大丈夫、多分セーフだ。


「そ、そうでしたか。えーっと、ここの主ということは、やはり王族の方でいらっしゃるのでしょうか?」

「縁がないと言えば嘘になりますね。気になりますか?」

「いえ、あの、王族の方々には大変お世話になっているので、お礼を申し上げようと」

「あなた方に強いているこの状況と重責に比べれば、まだまだ足りないくらいでしょう。お気になさらず。……ああ、こういう話をしたいのではないんだ。先ほども伝えたつもりだが、私はあなたと対等でいたい。どうかもう少し砕けた話し方をしてもらえないだろうか。他の救世主様方に接するのと同じように」


 伺うようにこちらを見上げてくる美少年の上目遣いと傾げた首の角度。少し下がった眉の角度まで、私の胸にまっすぐに突き刺さって、私は言葉も出せずに悶えていた。


 こ、これはダメだ! うっかりもちろんです、煮るなり焼くなりお好きなようにとひれ伏したくなるっ! 待て、落ち着くんだ私!


 平常心平常心と唱えながらちらりと美少年を伺うと、戸惑ったようにこちらを見上げている。


 おあずけされて「よし」を待つ子犬みたいだ。可愛い。不敬とは知りつつも、心の中だしと、ほっこり愛でる。


「あの、そういうことなら、うん、大丈夫」


 大丈夫、とは「私、ほんとに大丈夫? 鼻血出さない?」に対する自問自答の末の答えが口からうっかり出てしまったのだが、美少年はすかさずその返答に飛びつき、同時に見えない尻尾を振って私に物理的に飛びついた。


「ほんと!? ありがとう、チヨコ」

「う、うん。可愛い」


 いきなりこの世界での可愛い成分が増えた。この美少年といい、ツルさんといい……あ、そういえばツルさんどうしてるだろ。


「そういえばツルさんはお元気ですか? ……あ、えーっと、ツルさんは元気?」


 前半部分で胡乱な瞳を向けていた美少年に気づき、言い直すとニコニコ微笑んで頷いてくれた。飴と鞭の使い方を知っていらっしゃるご様子だ。


「ツルならそのへん飛んでると思う。もしくは昼寝でもしてるだろう。チヨコが呼べばいつでも会えると思うから、今日は私と二人でお茶をしよう?」


 この有無を言わせず従わせる感じ、どこかの王太子殿下を彷彿とさせる。この髪と瞳の色といい、まとうオーラといい、あの王太子殿下と血が繋がっているのは間違いないだろう。


 もしかすると弟かも。ということは第二王子。この世界の権力者、五指に入る存在だろう。


 うへぇ、と権力者アレルギーを発症させながらもおとなしく席に着き、美少年からだだ漏れる可愛い成分を堪能したのであった。






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