50 神の王
離れには私以外に滞在している人がいないため、この館で働く人は最小限だ。
警備の騎士さんらしき人が数人、後は宮殿にいたときから付いてくれているメイドさん三名。おそらく他にもいるんだろうけれど、私が起きて館の中を動き回る範囲内には他に働いている人は見かけない。
宮殿からも離れているから騎士団が訓練している声も聞こえず、周囲はひっそりしている。
この離れに来て一週間。
私はメイドさんからの「救世主様方は遠征に行かれました」という報告を二日前に聞いたばかりで、メイドさんと騎士さん以外誰とも接しない日々を過ごしている。
正直なところ、心細いし寂しい。
そんな気持ちに蓋をするように、アマヴェンナさんからイヴェリーン教について教えてもらう時間を増やした。
そのおかげで、随分イヴェリーン教についての理解が深まったと思う。
イヴェリーンは一組の男女、女性が伊蕗という名の推定日本人で、男性はなんとリーンフェルドだという。
それというのも————。
「この世界の導き手として名高い八人の王、八賢王の名が代々の王位継承者の名付けとなっており、それ以外の名が付けられることはありません」
アマヴェンナさんの抑揚を抑えた穏やかな声は、外から入り込む日差しに似て心を落ち着かせる。
「現在の王の名は、ラズヴェルト。通称を“武の王”といい、初代ラズヴェルト王は旧生物を武力によって抑え、以降棲み分けにより旧生物と良好な関係を築いたことからそう呼ばれています。先代の王はユーヴェニヒ。初代が広い知識と深い考察によりこのルヴェルシュベインを一つの国として統一したことから、“智の王”と呼ばれています。他にも“光の王”ニカトーレン、“徳の女王”オーヴィエナ、“紗の女王”エリツァローヌ、“鉄の王”アムルーゼック、“古の王”ソビデルドゥガ」
歌うように紡がれる言葉は心地よく耳に馴染んでいく。アマヴェンナさんは一つ呼吸をすると、最後の王の名を口にした。
「そして、“神の王”リーンフェルドです」
「神の王……。何だか、一番偉そうな通称ですね」
思わずこぼした言葉に、アマヴェンナさんが先を促すように視線を投げてくる。
「あ、いえ、神の名を冠するなんて、王様の中でも一際人知を越えた力を持っていそうな感じだなぁって印象を受けたんで」
「そう受け取るのも無理はありません。神、という名を通称とはいえ戴くのはそれ相応の理由があるからだと誰しも感じるでしょう。そして、おまけさまの推察は当たっています」
あ、これ、踏み込んじゃダメなやつだ。
ピコンと異世界危険察知アンテナが作動した音が聞こえた。撤収撤収!
「あ、アマヴェンナさん、そろそろ休憩したいです」
「なぜならリーンフェルドとは神そのものの名前でもあるからです。イヴェリーンの片割れは、リーンフェルドという名でした。リーンフェルドが後に王となり、神の王という通称で呼ばれるようになったのです」
慌てて離脱しようと足掻く私の言葉もむなしく、アマヴェンナさんは核心まで一息に言い切ってしまった。
察しの良いアマヴェンナさんだからこそできる、逃走不可避の機密共有である。
もうほんと、この突然降りかかってくる、この世界の極秘事項を心の準備も整わないまま暴露されるの、どうにかならないかな。身がもちませんて。
「しかし神の王という通称を知っている人は今ではごくわずかです。現在では“始まりの王”という名で呼ばれることがほとんどでしょう」
「……ゴリムレラが隠したんでしょうか」
「ゴリムレラが? そういう考えもできるかもしれませんが、どうしてそのようにお考えになったのでしょう?」
「てっきり、恋敵のリーンフェルド王に対する嫌がらせだと思ってましたが、違いましたか」
私の言葉を聞き終えたアマヴェンナさんの表情は、見たこともないほど呆けた顔をしている。ぽかーんという効果音が付きそうだ。
「こい、がたき、ですか?」
単語をさらに区切って咀嚼するように問いかけられた。知らない単語を確認するみたいに。
え、これ私、かなりとんちんかんなこと言っちゃった?
「すみません。勝手にゴリムレラと伊蕗さんの恋路にリーンフェルド王が横恋慕して、最終的に伊蕗さんとリーンフェルド王がくっついたっていう妄想が私の中で正史になってました」
「そうでしたか。いえ、これは私の説明不足でもあります。一度はじめからおさらいしましょう」
そうしてアマヴェンナさんが語ってくれたのは、ゴリムレラの一途な愛が実り、子どもまでもうけていた話だった。
衝撃である。あんな斜め上の愛情表現しかできないゴリムレラを受け入れて、相思相愛になれただなんて奇跡としか言いようがない。
まぁ斜め上でも愛情の深さと重さは比類ないに違いないから、そこにクラッときた可能性もある。
その上二人の愛の結晶、神と人間のハーフまで誕生した。それがリーンフェルドくんである。
はたして、イヴェリーンとは伊蕗とリーンフェルド、ゴリムレラにとって愛すべき妻と息子の名前を取ったものであった。
しかもそのリーンフェルドくん、そのままこの世界初の王様にまでなっちゃったのである。
「イヴェリーンとして妻と子の名前を後世まで神の名として語り継がせるって、ゴリムレラも相当愛情深いというか、執念深いというか、家族愛に溢れた神様なんですね」
歴史に名を刻むどころか、一神教の神として崇められることを求めるとは、ゴリムレラも相当である。スケールの違いが神ならではとも言えよう。
「そうですね。この世界の創造神として、ゴリムレラは世界を統一させるための神が必要だと考えたのでしょう。そして妻と子を自らと同じ神としてこの世界では崇拝させることにした。それは、神ではなかった妻と子を神にさせたかった、ゴリムレラの足掻きとも言えるかもしれません。あくまで想像でしかありませんが」
「伊蕗さんとリーンフェルドくんの話は残っていないんですか?」
「残念ながら。しかし、イブキ様の手記にはそういった話も残っているのかもしれません。失われたイオヴェ語で書かれているためこれまで解読できずにおりましたが、できればおまけさまに解読してもらいたいと思っています。ご協力いただけますでしょうか?」
「失われたイオヴェ語が日本語であるなら、ご協力できるかと思います」
「ありがとうございます。解読できれば、よりイヴェリーン、そしてゴリムレラの研究が進むでしょう」
アマヴェンナさんの目は希望で輝いている。いつもは冷静で何にも動じなさそうなアマヴェンナさんにしては珍しい表情だ。
見ている私の方までウキウキしてしまう。その表情を見ながら、先ほどの話での素朴な疑問が浮かんだ。




