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49 離れへ



 この宮殿は四方を森で囲まれている。


 それは以前イグーに乗って大神殿に向かったとき、空から見下ろして知った。宮殿の前方には大きな通りがあり、それが街道まで繋がっているようで、歩いている人がいるのも目にした。


 前方ばかりに目を向けていたから、私は知らなかった。


 宮殿の後ろ、深い深い森が広がるそこに、ぽっかりと空いた場所があり、そこにひっそりと泉が隠れていることを。その泉を背後に抱くようにして佇んでいる建物を。


 その建物は宮殿に比べればこぢんまりとしたたたずまいで、遺跡のような古めかしさと威厳を感じはするものの、淡いオレンジ色の外壁は可愛らしく映る。


 そこが、私がこれからお世話になる離れだった。


「こ、ここですか?」


 すぐ近く、というわりにグリパレが引く車に乗せられて連れられたそこは、森の中にしては明るい場所だった。


 これまでいた宮殿は外観も内装もとんでもなく豪華だったけれど、目の前の建物はゴテゴテとした装飾もなく、外観だけを言えば極めてシンプルだ。


「……プチトリアノン」

「え? 嬉世きよちゃん、何か言った?」


 メイドさん、騎士さんと一緒に嬉世ちゃんも付いてきてくれた。どうしても私のこれから暮らす場所を見ておきたいと譲らず、いつもの嬉世ちゃんにしては珍しく強引に王太子殿下に食い下がり、付き添いの許可を得ていた。


「あ、いえ、去年行ったフランスの語学研修で観光した場所に似ている気がして」

「あ~、分かる。ヨーロッパ風の世界観だよね、ここ。なのに日本人の私たちが召喚されるなんて、不思議というか、ほんと遠いところまで来たよね、私たち」


 案内されるまま中に入ると、古めかしい外観とは裏腹に、うっとりするほど優美な空間が広がっていた。


 磨き抜かれた床材は使い込まれた形跡はあるものの、手入れが行き届いていて、月日を経た木材ならではの飴色の輝きは眩しいほど。


 さすが貴人の住まう場所とあってか天井が高く、天井いっぱいに切り取られた窓は開放的で、照明がなくても部屋の隅々まで外の光が差し込んでいる。


「離れですので、ご覧の通りかなり小規模な館になっております。三階建てで、一階は食堂や談話室など公的なスペースとなっており、二階がプライベートルームです。どの部屋に入っていただいても構いませんが、二階の一番奥の階段から続く屋上階の扉は開きません。鍵がかかっているとはいえ中には危険なものもありますし、念のため立ち入らないようお願いいたします」


 食堂も談話室も、絵画や彫像が飾られた美術館のような部屋も、図書室も、どの部屋も優美で落ち着いた空間だった。


 宮殿では敷居が高すぎて正直なところ気後れしながら暮らしていたけれど、こちらの離れは一階に食堂や厨房があったり、一部屋の大きさもそれほどでもなかったりと、宮殿にいた時よりも寛げそうな気がした。


 使い込まれた家具というのも、生活感があって、うっかり汚したり壊したりしたらどうしようってビクビクせずに済む。


「最後に、こちらがおまけさまにお過ごしいただく部屋です」

「わぁ! すごい! 素敵なお部屋ですね!」


 嬉世ちゃんの声が弾んでいる。私は、息をのんで開かれた扉の向こうを見ていた。あまりに理想の部屋で、言葉も出なかったから。


 落ち着いた色調の家具で品良くまとめられた室内は、一階よりさらに日当たりが良いようで、柔らかい日差しが部屋の雰囲気をさらに明るくしている。


 過度な装飾もないシンプルな部屋なのに、細々したファブリックの色彩が豊富で殺風景には見えない。


 部屋に足を踏み入れた者をそっと温かく迎え入れてくれるような、そんな心地よさを感じる部屋だった。


「こちらはリビングとしてお使いください。続き間は寝室、こちらの扉は浴室に繋がっています。お食事はこちらのお部屋でも、下の食堂でもお好きな方を選んでいただけます」


 メイドさんが簡単に説明を終えた頃には、私たちはリビングでくつろぎながらお茶をいただき、すっかりこの部屋に馴染んだのであった。


「ここにもピアノがあるんですね」


 宮殿にあるものよりもやや小さめのピアノが、広い室内の中で調度品の一つとして優美に佇んでいる。嬉しそうに呟いた嬉世ちゃんは、私に視線を合わせるとおずおずと切り出した。


「あの、私、またおねえさんにピアノを聴いてもらいたいです。ご迷惑でなければ、また来ても良いですか?」

「もちろん! 私の方からも会いに行くね」


 約束、と小指を立てて見せると、嬉しそうに嬉世ちゃんがはにかんだ。天使のはにかみに胸を射貫かれ、思わず胸を押さえる私を嬉世ちゃんとメイドさんが心配してくれる。


 ほのかな温かさを胸に抱いて、一つ頷く。


 うん、大丈夫。


 みんなから離れても、この離れでやっていけるような気がした。


 早く魔のものとの戦いに出られるように掛け合ってみます、と意気込んで嬉世ちゃんは宮殿に帰っていった。




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